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満月

雨続きの毎日で、久しぶりに見た月は、いつの間にか三日月から満月へと変わっていた。

帰り道に空を仰ぐのが好きだ。
家までのいつもの道、高架下を抜けると一気に視界が開け、新月でもない限り低い位置にある月も一望できる。

「月が綺麗だね」
と言われたことがある。
かの有名な「月が綺麗ですね」なんて架空の世界の話だと思っていた。
いざその場面に出くわすと動揺してしまって、"上手い返し方"なるものを知っていたはずなのに、
「そうだね」
なんてユーモアの欠片もない返ししか出来なかった。
自分のつまらなさには失望するばかりだが、その月は本当に綺麗だったからしょうがない。
きっとあの日見た月の綺麗さを忘れることはないだろう。


「月を眺めることは、遠くで同じ月を眺めているかもしれない人に思いを馳せることだ」
そうやって月の眺め方を教えてくれた人がいる。
素敵だと思った。
自分が帰り道に月を見上げるようになったのは、この言葉がきっかけだ。
あの人は、今どこで何をしているのだろうか。
元気にしているだろうか。
この月を見ているだろうか。
どうか幸せであってほしいと願う。




「月明かりには心が見透かされる」らしい。
自分の尊敬する方たちが口を揃えてそう言うのだから間違いない。
まるで月明かりのように物事を見透かし、月が似合うあの人には何度も泣かされた。
あの人の言葉は鋭いのに、その中に優しさがそっと隠されていて、それに気がつく度に心が洗われ、救われた。
こんなことを考えてしまうのも、月明かりのせいなのだろうか。


あれこれと物思いに耽る帰り道、月がクタクタの心を癒してくれる。
今日の満月もまた、神秘的な光を灯して美しかった。

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