いってらっしゃい

いってらっしゃい、という言葉が好きだ。

言うのも言われるのも好きだ。

自分がいってらっしゃいと言う時は、自分がその場に留まり、相手がどこかへ行く時だ。

その場所は、家だったり、会社だったり、そのへんのカフェだったりするかもしれない。(トイレ行く時とか)

私がいってらっしゃいと言う時、もしかしたら言った相手は二度とここには帰ってこないのかもしれない、と思う時がある。

大袈裟かもしれないが、その可能性がゼロあるとは誰にも言えない。

行った先で事故に遭ってしまうかもしれない。何かトラブルに巻き込まれるかもしれない。別に死にはしなくても、私の元に帰ってくることを選ばない選択をするかもしれない。

このいってらっしゃいが、その人と交わす最後の言葉になるかもしれない。

だから願わくば何事もなく、無事に私の元に帰ってきてほしくて、私はいってらっしゃいと言う。

そして、おかえりと言えた時、ようやく安堵する。

また、私がいってらっしゃいと言われる時、私はいってきますと必ず言う。もし言われなくても言う。

必ずここに帰ってくるぞと、決意をするのだ。

私には放浪癖というほどではないが、時々行先や思考が迷走して、どこへ行って何をしたかったのかが分からなくなる時がある。

また、何かしんどい場面にぶちあたった時は、このまま投げ出して逃げてしまおうか、なんて妄想をしてしまう時もある。

だから、帰る場所があるのはとてもありがたい。

待っていてくれる人がいるのはとてもありがたい。

結果はどうあれ、とにかく、とりあえず、帰る。これだけは絶対なのだ、と思えるからだ。

心配してくれる人がいるから、帰ろうと思える。

もし誰もいなかったら、流浪の民になっていただろう。それはそれで楽しそうでもあるが。

行ってきます、と言って出かけ、ただいまと言って帰る。ただいまも、必ず言う。

ただいまと言えて、ようやく安心できる。家に帰るまでが遠足、なのだ。


そういえば、とふと思った。

いってらっしゃいを英語では何と言うのだろうか?

調べてみた。

結論から言って、なかった…。

まあ、調べれば色々出てはくる。

しかし、私のこのせつなさを、祈りを、覚悟を、願いを表現してくれるいってらっしゃいではなかった。

See you later.(また後で会おうね)

私のいってらっしゃいは、もう二度会えないかもしれない可能性を孕んでいる。それでもなお引き留めない、送り出す、こちらにも覚悟が必要なのだ。後でまた会えるとは限らないのに、後でね〜なんて、何の葛藤もなく発する言葉ではないのだ。

Take it easy.(直訳すると「無理しないでね」らしいが、別れの際の挨拶にも使われるらしい)

だからそんなお気軽な言葉ではないのだ。そんなeasyに言っちゃったら相手もeasyにどっか行っちゃいそうな気がする。帰って来ないような気がする。

Good luck.(幸運を)

Enjoy. / Have fun. / Have a good time.(楽しんでね)

Let me know how it goes.(どうだったか後で教えてね)

プレゼンや試験など、何か達成すべき目的がある時に相手を送り出す言葉らしいが、これも違う。何か特別な目的がある時はいいかもしれないが、相手が散歩に行く時でも私はいってらっしゃいと言う。散歩するのに幸運を祈るとは、どうにもちぐはぐだ。100万円でも拾って来いというのか。散歩はenjoyすればいいが、それもちょっと違う。enjoy過ぎて、fun過ぎて、帰ってこなかったらどうするつもりなのか。どうかここへ帰っておいでという祈りが感じられない。また、相手が外で何をしてきたかとか、そんな根掘り葉掘り聞きたいとは思わない。ただ無事で帰ってきてくれさえすれば、それでいいのだ。

Break a leg.

「うまくいくといいね」と言われると相手は余計に緊張して失敗してしまいそう、というジンクスを逆手にとって、「脚を折ってきてね」と言うことで逆に「うまくいくように祈っている」というメッセージを表す慣用句らしい。

いや、それは英語圏だから成り立つジョークでしょ?日本はほら、言霊とかあるから、本当に足折っちゃったら大変だしね。そもそも、うまくいくかどうかなんて、私のいってらっしゃいには含まれない。成功しようが失敗しようが、ただ帰ってきてくれさえすればいいのだ。

Come back in one piece.(無事に帰ってきてね)

五体満足で帰ってきてね、つまり、無事に帰ってきてねを大袈裟に表現したフレーズらしい。

いや、確かに、無事に帰ってきてほしいが、ここまで重くはない。五体満足って…戦場に送り出す時に使うのだろうか?one pieceで帰ってきてってあなた、バラバラ前提???いや、私のいってらっしゃいは、そこまで物騒ではないのです…。


というわけで、いつも何気なく言っている「いってらっしゃい」に日本語の妙を感じたのでした。

I'm home(ただいま)は違和感ないのにな…

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