テーマは「平家物語の3人の女性たち」──現代アメリカの作曲家と、日本の箏&チェロのデュオによる新録音『平家組曲』
アメリカの現代音楽の作曲家が『平家物語』を音楽化し、日本人の箏とチェロのデュオがそれを奏でる──。
個性的な現代音楽作品のアルバムを定期的にリリースしているNAXOS(ナクソス)レーベルより、新たなアルバムがリリースされました。
現代音楽、邦楽、歴史、古典文学などが好きな方にご注目いただきたい作品です。
『平家組曲』(2015-2022)
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「デュオ夢乃」の箏奏者である木村伶香能(きむら・れいかの)さんに、本アルバムに関するお話を伺いました。
デュオ夢乃・木村伶香能さんインタビュー
2024年2月
場所:東京 ナクソス・ジャパンオフィス
聞き手:ナクソス・ジャパン
●ニューヨークでの音楽活動が、『平家組曲』に結びつく
────木村伶香能さんは現在、ニューヨークに在住し、アメリカと日本を拠点に箏・三味線・箏歌の奏者として活動中です。チェリストの玉木光さんとは、「デュオ夢乃」としても世界各地で活躍されています。このような国際的な音楽活動に至った経緯をお伺いできますでしょうか。
(木村伶香能…以下、木村)私が日本以外で本格的に活動をはじめたきっかけは、2004年のワルシャワ秋の音楽祭に出演したことでした。その後2008年に、アメリカ・インディアナ州のフォートウェインという街で開催された「桜祭り」に招待されました。このイベントのオーガナイザーさんの提案で、当時すでにアメリカで活動していたチェリストの玉木光とはじめて共演することになりました。オーガナイザーさんが「2人、いい感じだよ!」としきりと褒めてくださり(笑)、それが縁で結婚して、音楽も生活も共にするようになって今に至ります。
私はずっと日本で活動していたので移住にはためらいがありましたが、「これも人生だ」と思い切って、2010年からフォートウェインに住みはじめました。その数年後にニューヨークに移り、おかげさまで演奏の仕事が増えてきていまに至ります。玉木も私も、デュオだけではなくソロや他の演奏団体での活動も行っています。
────そうしたご活動が、このたびの『平家組曲』の録音に結びついたということでしょうか。
(木村)はい。『平家組曲』は、私たちデュオ夢乃が、現代音楽の作曲家であるダロン・アリック・ハーゲンさんに委嘱した作品です。
ハーゲンさんはNAXOSレーベルでもすでに多数の録音がありますが、すばらしいオペラの作曲家で、また親日家でもあります。彼との出会いのきっかけは、2013年に彼の作品『箏コンチェルト:源氏』の十三絃箏版を私が演奏したことでした。実はこのコンチェルトも、ハーゲンさんの勧めで近いうちに録音を予定しているのですが、私はこの作品ですっかり彼の作風に惚れ込んでしまい、玉木とも相談して、『平家組曲』の作曲をお願いするに至りました。
『平家物語』のような日本の長大な文学作品を、日本人ではない方が音楽にするのは難しいです。ですがハーゲンさんはアメリカの歴史に深くかかわるオペラ作品の数々を手掛けており、物語や歴史を音楽にすることに長けていらっしゃるので、思い切って依頼をしてみました。
本作は、箏、チェロ、そして歌のアンサンブルによる作品ですが、最後の曲である第5番「アポセオシス」には、ハーゲンさん自身のエレクトロ・アコースティックが加わっています。これは私たちからのオーダーではなく、彼自身のぜひやりたいというご希望に準じたものです。
────この作品は、ハーゲンさんとデュオ夢乃さんの間でディスカッションしながら作られていったのでしょうか。
(木村)若い作曲家の方への委嘱ですと、楽器上のアドバイスをしながら作品づくりを進めることもあるのですが、ハーゲンさんはもうベテランの方ですので基本的にはお任せいたしました。
ただ、作曲前の段階で私たちの希望はお伝えしました。制作の上でのフックとして楽語をお伝えしたらわかりやすくなるかなと考え、「アパッショナート」「カンタービレ」「ミステリオーソ」「グランディオーソ」の4つの作品を作ってほしいというお願いをしました。最終的には、第1番から第5番までの5つの作品になったのですが、5つ目の「アポセオシス」は彼からの提案によって追加されました。
●『平家物語』の3人の女性たちにフォーカス──建礼門院、小督の局、巴御前
────楽語以外には、どのようなテーマ性を含む作品なのでしょうか。
(木村)本作は、平家物語のなかでも特に女性たちに焦点を当てた作品です。第5番以外は、それぞれ特定の女性をテーマにしています。
第1番「アパッショナート」と第2番「カンタービレ」は、建礼門院(けんれいもんいん)をテーマにしています。平清盛の次女として生まれ、安徳天皇の母となり、平家が滅亡した壇ノ浦の戦いで天皇とともに入水した人物です。「アパッショナート」は清盛の娘である彼女のドラマティックな境遇、「カンタービレ」は京都の大原で隠遁生活を送っているときのよりプライベートな姿をイメージしています。
第3番「ミステリオーソ」は、小督の局(こごうのつぼね)をテーマにしています。小督の局は美人でお箏が上手で、高倉天皇に愛されるのですが、それゆえに清盛に妬まれて嵯峨野に身を隠し、若くして尼にさせられてしまうという悲しい生涯を送った人物です。
第4番の「グランディオーソ」は、有名な巴御前(ともえごぜん)をテーマにしています。武将の木曽義仲の妻で、戦場で義仲とともに戦っていた強い女性です。
3人とも境遇や性格は異なりますが、戦乱の世に生きたあとに俗世を離れて出家しました。現代では考えられないほどつらい境遇に生まれた人たちが、最後は心の平安を求めていった……というのがこの3人の女性たちの共通点です。
────『平家物語』の登場人物から、この3人の女性たちを選んだ理由は何ですか。また、どのようにハーゲンさんに題材を理解してもらいましたか。
(木村)私自身の専門である邦楽からインスピレーションを受けて選んだ女性もいます。たとえば小督の局は、山田流箏曲の作品にも登場する人物です。こうした既に世にある優れた『平家物語』関連の作品を、ストーリーとともにハーゲンさんに紹介して、理解を深めてもらったりもしました。
建礼門院は、平家物語の繁栄と没落というテーマを象徴しており、やはり外せない人物だと考えて選びました。曲としてもスッと入りやすい作品に仕上がっていると思います。
巴御前に関しては、実はハーゲンさん自身が見つけてきた人物です。実は私の方からは違う女性を候補として挙げたですが、彼が「巴御前がいい!」と。そこで、謡曲の「巴」から、私が感銘を受けたある詞章を引用することをおすすめしました。
もともと彼が『箏コンチェルト:源氏』を書いたのも、高校生くらいのときに英訳の『源氏物語』を読んで、これを音楽にしたいと思ったのがきっかけだったそうです。彼はそのようにいつも文学や歴史上の人物にアンテナを張っている作曲家です。
邦楽器はさまざまな制約があり、作曲家にとって扱うのが非常に大変な楽器だと思うのですが、結果として、伝統的でありながらハーゲンさんのチャレンジングな精神が反映されている、すばらしい作品に仕上がったと思います。
────次回のご帰国ではリサイタルもご予定されているとのことですが、『平家組曲』も演奏されるのですか?
はい、今回リリースする『平家組曲』から「カンタービレ」を演奏予定です。チケットはライブポケットより発売中です。
────作曲は現代アメリカの作曲家、演奏は日本の箏とチェロのデュオ、題材は『平家物語』という非常にユニークな作品をお届けできることを楽しみにしております!
●デュオ夢乃よりメッセージ(第1弾/第2弾)