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サスペンダーズ単独ライブ『㫪』を観るとのこと

早稲田大学で俺が仲良くなれたごく少数の人間には、ある共通点がある。なんというか、物事を斜めから面白がろうとする姿勢、みたいなものを皆が持っていたとでもいうか。

同じ空気感を感じたのが、「馬場歩き(高田馬場駅からキャンパスまでのおよそ1.5kmを徒歩で往来するという早大生ワード)」というタイトルでラジオをやっていた芸人「サスペンダーズ」からだった。

過剰な規範意識の強さが垣間見える依藤、反面、社会規範からの逸脱ぶりをユーモアのある詭弁で正当化する古川。センス溢れる言葉づかいが特徴的(なのか?)な彼ら2人がつくりあげた単独公演「㫪」。

これを配信で見てみたところ……至極よかった。

白眉だったのは、学生時代、ほのかな想いを寄せ合っていた男女が同窓会で邂逅する場面を舞台にした「本」というコント。

互いの距離感を縮めたいという恋慕から、苦手な純文学を読み、感想を語り合う関係を築き上げた男性が、時を経て同窓会で彼女に再会した際、女性が東京で作家として生計を立てていることを知る。

地元に残っている男性は、憧れの対象でもあった女性の順当な成長に驚きながら、彼女の成功を我がことのように喜ぶ。そして当然ながら、男の頭には一つの疑問がよぎる。

「いったいどんな本を書いているのか?」

著作について尋ねると、女性は「え〜? 教えたら買ってくれる?」と男性に対して意地悪そうな笑みを浮かべながら……。

「『儲かりたければ金を使え』とか、『人気がほしければ嫌われろ』とか『成功したければ失敗しろとか』かな」

と、宣う。

まさかの方向性に尻餅をつく男性。

逆張りの過激な断言を利用して、意志が弱い人たちを惹きつけるだけの本を書いている……。

想定外の事態に震えはじめてしまう。

「依藤さんは直木賞とか芥川賞とかを取るような小説を書きたいと思っていた」だけに、そんなはずはないと思い込もうとするのが男心だ。

「あ、わかった。そういう本を書いてお金を稼ぎつつ、本当に書きたい本を書いている、みたいな? 他のジャンルの本は書いてないの?」

藁をも掴む思いで尋ねると、返ってきた答えは

「『受験は睡眠が9割』とか『営業は挨拶が9割』とか『会話は相槌が9割』とかね」

割合で逆を言うだけの本を書いている……。

「それ同じジャンルだよ?」

「時が経つのを忘れて小説の感想を語り合った、あの依藤さんはどこに行っちゃったんだよ……」

昔、憧れていた女性がダークサイドに堕ちてしまった事態に対する深刻な嘆き……。これだけでも十分笑える。のだが、落ち込む男性が、その理由を深掘っていくにつれ、さらにその先の展開、オチへとコントが突き進んでいく。

「私、東京に殺されたのォ!」

目標を叶えられなかった上京組の惨状が、地方と東京の相対化によって語られていく。あるあるなナラティブではある。しかし、それでも俺はこのコントを新鮮で面白く感じられた。ひとえに彼らの巧みな人物描写、それを支える演技力。そして、冒頭でも触れた、物事を斜めから面白がろうとする姿勢ってのが、その所以なんじゃねえのかと思い至る。

実際、書店の自己啓発書コーナーには、そんな本は多数陳列されている。売れてもいる。『人は見た目が9割』は100万部超の売り上げを記録した。でも「アレって実は変だよね?」。そんな風に“面白がる姿勢”ってのが、俺にとってはなんとも親近感がある。

ラーメンズの小林賢太郎が、自身のコントについて「非日常の中の日常」を描いているというのに対し、バナナマンのコントが「日常の中の非日常」がみられると指摘されるのはよくある話。そういった枠組みをサスペンダーズにはめてみると、彼らは「日常に潜む違和」を皮肉的に描いているとでもいえよう。

当たり前として享受されているものの、その実、多分な違和がある/違和を覚える余地があるトピックについて、それがいかに気持ち悪いのか、なぜ気持ち悪いのか。底意地悪く、それでいて切れ味のあるツッコミで回収していく。その、カギカッコ付きの「批評性」に、俺はおもしれえじゃねえの、となる。

他、今回の公演では以下のようなトピックが取り上げられる。

陰謀論、押し付けの親切心、ホモソーシャルな関係における男根主義、童貞の意地……。

それぞれの問題は深刻に取り上げることもできるが、言わずもがなアウトプットのかたちはお笑いのコントであり、各トピックが“正しい”か否かは問題視されない。あくまで個人の主観をベースとした瞬発的な感情としてツッコミで、物事を斜めから面白がろうとする。そのバランス感覚がなんとも素晴らしいじゃねえの。

最後に話は変わるが、コロナ禍において古川が日銭を稼ぐべく肉体労働に従事していた際のさまを記したnoteは絶品。令和のプロレタリア文学として、後世に語り継いでいきたいと思わされる魅力に溢れている。

才能にベタ惚れといったところ。

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