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ハハのフラダンス、娘の漫画。

もう10数年以上前のまだ独身だったころの9月、とあることがきっかけで上司と大喧嘩してその勢いで転職先も決まらないまま、会社を辞めた。

今まで会社勤めで出来なかったことを転職前にやってみよう。

それは留学。
行き先はすぐ決めた。

そうだハワイにしよう。

理由は単純で、日本にいればこれからどんどん寒くなる。大晦日たくさんの芸能人が紅白歌合戦が終わった瞬間大挙して行く常夏の島。
あそこならこれから冬になる季節でも暖かいに違いない!
なんちゅー単純な理由。

しかし、ビンボー元会社員に1年も2年も正規留学する費用はなく、計算してみた結果3か月程度が限度。その条件で10月から授業が始まる留学先の学校も検討をつけ、さてと思って往復の飛行機の値段を調べてみると、予想外というかよく考えたら当たり前のことに気づく。

年を越すと日本帰国便はやたらと高い。倍に近いくらい高い。

ビンボー留学故、結局大晦日にホノルルをたち、正月に成田に着く機上で年越しをするという帰国便を利用することになるのだが、その年1年間ずっと年号を前年で間違い続けていたのは年越しをした実感がなかったからだと思っている。

…という長い長い、小説やエッセーでいうなら目次の前の「はじめに」の部分の話をしたのは、その3か月の留学で出会ったフラダンスのことを書きたかったから。 

私のよくありそうでよくある名前と一文字違いの名前。
この留学で、たまたまホームステイ先のホストマザーがフラダンスのレッスンに通っていて一緒にくっついていったらそこの先生に

あらー、あなたの名前、シャイニングスターじゃない。

と言われた。めちゃくちゃ嬉しかった。初めてこの名前でありふれてないほうで良かったと思った。

後から調べてみたら"シャイニング”はなかったけどね(笑)

それがきっかけかどうか、フラダンスに一目ぼれした。
踊ってみたい衝動にとりつかれることになった。子どもの頃や社会人になってからは自分のお金でお稽古オタクのようにあれこれやってみてたけどダンス系というのは全く視界になかったのに。
帰国前にフラダンス練習用スカートとダンスで使う楽器まで購入。気合十分。

帰国して派遣社員の仕事を始め、どうにかこうにかお稽古にお金だ出せるようになったころ、満を持して教室を探し通い始め‥‥。

あることに突然、気づく。

どうにもこうにもフラダンスの振りつけが覚えられない。

何回教えてもらってもレッスン時間が終わった瞬間に抜けている。帰りの電車で書こうとする。ちっとも覚えてナイ。

フラダンスというのは、いわゆる昔からの民族舞踊。
キャプテンクックがハワイを発見するまで文字のなかった時代も師匠から弟子へと踊りを伝えて次へつなぐことで文化が伝承されていたそうだ。

こんな時代のフラを伝承する一族に生まれていたらとんでもなかった。

ところが見かけによらずというか、見かけ通りというか、

「もしかしたら教室を代えたら、やり方が変わったら踊れるようになるかも」

というなんとも勝手で大胆な発想、大胆に教室を替え‥‥

2回ほど、代わったでしょうか。
結局どこで習っても覚えられず。思い知る。
どうもフラダンスを踊るのは向いていないらしい。
気づくのが遅すぎる。いったい、いくらレッスン代払ったんだ、私。

心は好きでも体は覚えられない不向きってあるんですねえ。
とつらつら考えながらふと目の前の長女を見た。

下手な漫画を一生懸命描いている‥‥

全て正面しか向いていない…
全て同じ表情…
そんなところから腕は生えない…


そして、12歳だけど、とっても無垢な顔で言う。

私、デザイナーになろうかな♪

(正面しか描けないのに、どうやって横とか後ろをデザインすんねん)

幼稚園の年長とかならねえ、ニッコリ笑って応援するようなことが言える。
でも、君、4月には中学生じゃないか。
そろそろ、どうも不向きという事に気づいても良いのではないか?

否、大人でも気づかず何年も浪費した人がここにおるがな。

そして今朝も早起きして嬉しそうにスケッチブックに描いている。

果たして気づくのに何年かかるのでしょうか‥‥

ごくありふれた日常を少しでも面白く、クスっと笑えるお話を書いていきます。頂いたサポートはご縁のある横浜の子育て支援団体に寄付させていただきます。