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色づき芽吹くエロス…

小学4年か5年の頃の夏
ある晴れた昼下がり
また川辺の湿地帯の探検に出かけた
でも今度は大きな長い橋を渡った隣町側
初めての川辺は大きな木々や背丈以上の草に覆われた
未知の世界だった
川沿いの雑木と雑草の茂みに
吸い込まれるような一本の砂利道があった
…どこに続いてるんだろう…
…この先には何があるんだろう…
わたしは怖さに少し負けながらも進んでみることにした
葦かススキなどの萱や雑木の葉っぱが風で揺れる音と匂い
青空の雲と汗ばむ陽射し
誰も通らない道を随分と歩いた
道から少し外れた萱の陰に灰色の車のお尻が見えた
…どうしてこんなところに?…
わたしは恐る恐る車に近づきそっと中を覗いた
…誰もいない…
…釣りに来たのだろうか…
周りを見渡すと川側の藪の中に獣道のような筋が見えた
わたしは進んでみることにした
でも背丈の高い萱が子どものわたしの邪魔をする
諦めて引き返そうとした時
少し高く甘えたような啼き声が茂みの向こうから聞こえた
野鳥などの聞き覚えのあるような鳴き声ではなかった
その微かな啼き声は
なぜか身体中をザザザと駆け巡った
息を潜めてじっと聞き耳を立てた
しばらくすると
 あぁっぁっ…
今度は子どものわたしにも女の人の啼き声だとわかった
そして子供心にもいけない何かが起こっているように感じた
咄嗟に身をかがめ息を止めた
わたしは啼き声の姿を見てみようと近づいてみることにした
まるでスローモーションのように忍足で草ぐさと触れる音も殺しながら
目の前の葦の茂みが少し開けて見えた
そこは小さな沼のようになっているようだ
でも人影は見えない
かがめた身体を少しだけ起こし沼の辺りを見てみようとした
 ぅうぅ…ぁっ…ぅっ
わたしは反射的に身を縮め固まってしまった
ジリジリジリ…とアブラゼミが鳴いている
首筋を汗が流れ落ちていく
勇気を出して顔を上げ静かに揺れる葦と木の葉の隙間から
その得体の知れない啼き声がする方向を見つめた
沼の辺りの草むらの陰
白い脚がまるで蛇のようにゆっくり蠢いていた
そして啼き声と共に苦しそうな息遣いと
囁くような低い男の人の声が聞こえた
…何だろう…
…どうしたんだろう…
…何が起こってるんだろう…
怖かった
でも大きな野良犬に飛びかかれそうになった時の恐怖とは違う
…大丈夫だ怖くない…
…何をしてるんだろう…
…見たい…
思い切ってもう少し見渡せそうな場所を探した
右の湿地のぬかるんだ所に葦に囲まれた木陰があった
わたしは獲物を狩る動物のように水音を殺して足を進めた
木陰に着くと水面スレスレの低い枝と葦の陰から眼を凝らす
目の前に大きな女郎蜘蛛の巣が木漏れ日にキラキラ輝いていた
そしてその煌めく糸の間には生々しい肉色の塊が蠢いていた
まるで蜘蛛に捕えられた芋虫のように
いや…草の上に敷かれた白い布と色鮮やかな衣服が羽根のように広がり
それは蝶の姿を思わせ美しかった
よく見ると女の人は何も身につけておらず
胸からお腹を真っ赤な縄で縛られ
そしてゆるく蠢く股にもくい込んでいた
えっ…
わたしの周りの景色が白く消えていき
呼吸が止まりそうで息苦しいのに熱い何かが湧き上がり
そしてその塊はどくどくと脈打ちながらお腹の下へと流れた
何が起こったのか
自分の身体で何が起こったのか
突然恐怖に襲われ
わたしは息を殺してその場から逃げ出した
車があった方向とは反対側の湿地帯を無我夢中で走り
鬱蒼とした林の薮の中に逃げ込んだ
顔を流れ落ちる汗を拭きながら見上げると
そこにも大きな蜘蛛の巣がキラキラとして
大きな女郎蜘蛛がじっと佇んでいた
身体中の血が…まだ熱い…
さきほど目にしたが幻のように蠢く赤縄の姿が離れず
わたしの蕾は羽をひろげた


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  蜘蛛はすっかり安心して又葉のかげにかくれました
  その時下の方でいい声で歌うのをききました
  「赤いてながのくぅも
  天のちかくをはいまわり
  スルスル光のいとをはき
  きぃらりきぃらり巣をかける」
  見るとそれはきれいな女の蜘蛛でした
  「ここへおいで」と手長の蜘蛛が云って
  糸を一本すうっとさげてやりました
  女の蜘蛛がすぐそれにつかまってのぼって来ました
  そして二人は夫婦になりました
        (宮沢賢治『蜘蛛となめくじと狸』より)

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宮沢賢治の詩や小説になぜかエロスを感じるのは
わたしだけだろうか…

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