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スピリチュアルなトーンで

年明けに友人Mが亡くなった。彼女は高校時代の同級生で、東京に暮らす数少ない函館の友人だった。子どもは小学校6年生と1年生の息子2人。やはり子どものいる何人かの同級生たちと年に数回集まってはおしゃべりをする仲だった。

そんなMが入院したのは、昨年4月に花見をした後のこと。進行の早い小細胞肺ガンで、いつまで生きられるのかわからないという知らせに愕然とした。しかし、こういうときの女達の行動は早いもので、早速同級生の一人で保育園の園長をしている友人が窓口となり、抗がん剤治療を受けるMをサポートするLINEグループが立ち上がった。

8か月ほどの闘病期間中、私たちはお見舞いに行き、梅雨の時期にはMの息子たちを誘って餃子パーティーを開き、料理の作り方を教えたりした。しかしできたことといえばそれくらいで、あとは彼女の気を紛らわせるためにLINEを通じておしゃべりをするくらいだった。

Mはとても気を遣う人だった。頼まれた品物を持って病院に行くと、「忙しいのにごめんね」と見舞いに来た私たちに院内のスターバックスで飲み物を奢ろうとするので、私が手土産で持っていったのは家にいくつもある黒曜石だけだった。

「これ、最強の魔除け石だから」と冗談混じりに黒曜石を渡したとき、いつも遠慮するMがハッとした表情で手を差し出した。彼女は理系出身で論理的に行動する人だし、私の知る限りではパワーストーンへの興味もなかったと思う。それなのに大事そうに手に持って安心な顔をしたのだ。あのとき彼女は、わらにもすがる気持ちで石を握っていたのではないだろうか。

Mは大きな不安と闘っていた。いつまで自分は生きられるのか、そして幼い子どもを残していくことへの不安。余命宣告を受けていた彼女が高額で副作用の苦しい抗がん剤治療を選んだのは、決して自分のためだけではないだろう。家族のために少しでも時間を稼がなければならないとと考えたのだと思う。その後もMはたびたび黒曜石を握っていることを教えてくれた。私もみんなも黒曜石を持ち、見えない力とつながるための通信手段のように握りしめて回復を祈った。

抗がん剤治療の経過がよいと聞いていた。夏に退院もして、その後治療や検査のために短期入院を繰り返し、9月の終わりにはMの息子たちの運動会へ行き、みんなで応援もした。

しかし、11月末に再入院した時点でガンの転移がいくつも見られ、Mは急激に体力を落としていった。年末に見舞いに行った時は声を出すのもつらそうで、10分くらいしか面会することができなかった。

自力で食事がとれなくなり、LINEでの会話もスタンプが多くなった。年明けに保育士の友人が見舞いに行き、翌日私ともう一人の友人も病院に行く予定だったが、弱ったMから体力を奪うのが怖くて、結局会いに行くのを辞めた。彼女が亡くなったのはその2日後だった。

大学病院の霊安室でMは薄く目を開け、口も少し空いた状態で横たわっていた。しばらく抗がん剤を止めていたため頭や眉や目元には産毛が生えそろい、整った顔を美しく見せていた。

額に手を当てるとまだぬくもりが感じられたが、ひと泣きして再びさわったときには冷たくなっており、彼女の中で流れていたものが完全に止まってしまったことを実感した。それでも、もしかしたら魂がこの辺に漂っているのかもしれないと、泣きながらMの頭上の空間に話しかけたりした。それくらい目の前の彼女は抜け殻のようだった。

スピリチュアルなことを嫌う人がいる。目に見えない世界や宇宙とつながるような感覚を持つ人を「スピ系」と呼び、自分は違うと一線を引きたがる。かくいう私も以前はそうだった。でも、友人の死に直面したとき肉体と魂の関係を思わずにはいられなかった。きっとMは見えない魂となって空を彷徨っているに違いないのだ。そして、そう思ったのは私だけではなかった。

不思議なことが起こった。彼女が亡くなった朝、Mを支えるために最も奔走していた保育士の友人宅前に小さな鷹が弱々しくうずくまっていたのだ。友人の家族がスマホで送ってくれた写真を見た私たちは、迷うことなくその鷹にMの魂を見出した。なぜならMが住んでいたのが三鷹だったからだ。

ダジャレのような出来事なのに、後から遅れて到着したもうひとりの友人と3人で「M、鷹になって知らせにきたんだね」と納得し合ったあの日、私たちは人生でもっともスピリチュアルな時間を共有し合った。

通夜、告別式に出席し、北海道から駆けつけた同級生もいてみんなで火葬に付き合った。いよいよ最期のお別れというときに、私は黒曜石のカケラを彼女の頭の上にそっと置いた。黒曜石は焼けば真っ白なパーライトになってお骨と見分けがつかなくなるだろう。死後の旅に出た彼女を守ってくれるように黒曜石に願いを込めた。

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写真:Soichiro Ura

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