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琉球新報・落ち穂掲載エッセー「色にチカラ」

はじめて、この島に降り立った日のことを、
よく覚えている。 

季節は4月。今でいう、うりずんの頃だった。
瞳に飛び込んできた、輝く海の色。
日本海しか知らないわたしは、あまりにも彩度の高いエメラルドグリーンに心を奪われた。
この島の光の強さに圧倒された瞬間だった。

幼い頃から絵を描くのが好きだったわたしは、小学校〜高校の終わりまで、絵画教室に通っていた。小中、いじめられっ子で、絵を描くことに没頭する時間が唯一、心の拠り所だった。

高校卒業し、介護学校や演劇にと励む中でもイラストや、絵を描いて過ごしていた。

使う色は、白黒や彩度の低い青や緑。
モチーフは、泣いている瞳や描き殴った線だったり、鬱屈した心をそのまま描いたようなものだった。

綺麗な色が使いたいのに使えない。
どうしてだろう・・・。
将来にも自分自身ににも悩む中で、次第に描けなくなっていった。

そんな時見つけた、紅型の色。
沖縄の風景を布に写したようだと表される鮮やかな色に惹かれたのは、こんな色を使えるようになりたい、変わりたいという憧れがあったか
らかもしれない。目下に広がったエメラルドグリーンは、希望の色そのものだった。

紅型を一人でするようになってから、あなたの色は少し暗いね、と言われることが、多々あった。自分の中では、紅型の色を作っているつもりなのに、確かに彩度が低い。
その答えは、わたしの育った故郷にあった。

山陰と呼ばれるその地は、名の通り曇の日が多い。中間色に囲まれて育っていたのだが、それに気づいたのは、沖縄に住んでからだった。
そんな色の違いについて、身に染みて感じたことがある。

2016年、里帰り出産のため、秋から冬にかけて久々に長く滞在したのだが、散歩しながら見る風景に、この色がわたしのアイデンティティなのだと強く思ったのだ。

沖縄の溢れる色彩に、心身共に救われた感覚がある。しかしながら、自身の染める色には少しだけ、故郷の色が混ざっている。
致し方ない、わたしだけの色なのだ。
色のチカラを信じている。




毎日見飽きることのない空。
南国沖縄もちゃんと四季があり
空の色、風の匂いや、湿度で
季節の変わり目を知る。

もうすっかり
身体も心と沖縄に馴染んで
わたしの生まれ持った色彩感覚も
沖縄の色と溶け合っているような気がします。

SNSにちゃんと記事を載せたところ、
ご好評いただき嬉しい限りです。
noteにはこぼれ話も載せつつ、両方楽しんでいただけるようにしましょうね。