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メガコンテナ船海難

 ONE(Ocean Network Express社)の発表(日本時間2020年12月9日12時00分現在)によれば、2020年11月30日から翌12月1日にかけての夜間に、ハワイ北西方約1600海里(=約2960㎞≒3000㎞ 日付変更線付近)の北太平洋上において、中国の塩田港から米国のロングビーチ港に向けて航行中の日本籍メガコンテナ船「ONE APUS」号が荒天航海の結果、暴露甲板上の積載コンテナの荷崩れを起こし、1816本を流失、そのうち64本が危険物コンテナ(54本:花火 8本:電池 2本:液体エタノール)でした。本船は、倒壊したコンテナの修復、破損状況の精査および正確な流出本数の確認、船籍国(日本)政府や管海官庁その他当局・関係各所による調査・処理のため反転し、12月8日に神戸港に到着しました。
 運輸安全委員会の事故調査、海上保安庁の捜査(業務上過失について 日本籍船ですから問答無用で捜査対象です)、船級(Class)である日本海事協会(NK)の調査、海上保険会社の調査、船主(CHIDORI SH)及び船舶管理会社(NYK SM)による調査、用船者(ONE)による調査などなど大忙しです。当然ですが、建造造船所(JMU呉)も協力を求められます。日本籍船ですから、外国人船員(海技士は日本の承認免状を所持)であっても海難審判が開かれるならばその対象となります。

 本船の概要は次の通りです。
船名:ONE APUS
IMO番号:9806079
船名符字:7KEG
船種:ギアレスコンテナ船(14,000TEU型)
船籍国:日本
船籍港:東京
建造(竣工)年月日:2019年4月19日
建造造船所:ジャパン マリンユナイテッド株式会社 呉事業所
国際総トン数:146,694
純トン数:85,850
載貨重量トン数:138,611MT
最大搭載コンテナ数:14,052TEU 船倉内18列×11段、暴露甲板上20列×9段
 (TEUは20フィートコンテナ換算 40フィートコンテナ1本は2TEU)
 冷凍冷蔵コンテナ搭載容量:800TEU
全長:364.15m
幅:50.60m
深さ:29.50m
夏季満載喫水:15.79m
最大船速:22.5knots
主機:DU-WinGD W9X82 ディーゼル 1基
最大出力:42,750kw(=58,140馬力)
登録船主:チドリ・シップ・ホールディング合同会社
船舶管理会社:NYK Shipmanagement
用船者:ONE (Ocean Network Express)
 ONEは日本郵船(NYK)・商船三井(MOL)・川崎汽船(KL)の定期コンテナ船部門を統合して誕生した定航コンテナ専門の邦船社です。世界のコンテナ船社ランキングでは6位(市場シェアは6%)であり、特筆すべき影響力はありません。

 メガコンテナ船というのは10年ほど前から出てきた船型で、超大型タンカー(VLCC)を超える長さにまで大きくなりました。それまでのコンテナ船とは異なり、船橋・居住区が前方に、煙突のある機関区域は後方に位置しています。それまでのように、船尾船橋では前方の視界が確保できないのです。

 船は歴史的にみると、大型化を果たす時期があります。近年でいえば、第二次世界大戦のころの船と昭和後期の船は全く大きさが違っています。戦争のころの大型船は1万総トン。それが国威でもあったわけです。具体的に言えば、横浜港に浮かんでいる氷川丸。当時の太平洋航路の客船(正確には貨客船)です。内装は今では豪華なクラシックインテリアと言われますが、当時の氷川丸は一流というよりは二流程度だったようです。それは置いておいて、大きさでいえば現在の外航商船でいえば非常に小さいです。戦艦大和も大艦と言われますが、現在の商船の大きさからみると、どうということはありません。
 戦後、船が巨大化した時期があります。鋼板や溶接その他の造船技術の進展と輸送需要の拡大が相まって船は一気に大きくなりました。そうなると、法規面が置いて行かれてしまいます。それまでの基準を拡大解釈したり、流用したりして大きな船を造りました。その結果、海難が多発します。象徴的に言われるのが、ぼりばあ丸海難、かりふぉるにあ丸海難、尾道丸海難等です。多くの生命の犠牲があって、大型化に伴う構造や強度の問題点洗い出し、気象海象との相対運動の検証などが行われ、法規面が大型船に追いつきました。
 近年、客船やコンテナ船の大型化が急に進んでいますので、歴史は繰り返されている可能性は否定できません。
 メガコンテナ船が出始めた10年ほど前に、私はベルギーのアントワープ港で初めてメガコンテナ船を見ました。それから欧州では頻繁に出会うようになり、今ではアジアでも珍しい船ではなくなりました。日本では珍しいですね。日本にはメガコンテナ船が商業寄港できる岸壁が少ないので。
 当時、欧州で某船級検査官(欧州人)が教えてくれました。「キャプテン、おれの同級生がメガコンテナの機関長で乗っているが、降りたい、もう二度とメガコンには乗りたくないと言っている。なんだかはっきりとは言えないらしいが、これまでの船とは揺れ方やらなにやら違和感がすごく、得体のしれない怖さを感じるんだそうだ。」
 これは実はすごいことです。前述の連続海難時代も乗組員は船のしなり方や揺れ方などに違和感と得体のしれない恐怖を感じ、救命胴衣を抱いて寝ていた者もいたとの記録もあったといいます。私は欧州人検査官の話を聞いてから、メガコンテナには縁を持つまいと思って海上生活をしていました。

 ま、それはそれとして、

 今回の海難原因がメガコンテナ船の構造や強度にある可能性は低いと思います。その理由はこれまでメガコンテナ船の構造上の問題や強度の不足などが船級規則や国際基準の変更を要する程度に露呈したことはないからです。すでにメガコンテナ船はレアな船種ではありません。世界各地で建造され、世界各地の海で様々な荒天航海を経験しています。ONE APUS号も本船構造の破壊は情報としては出てきていませんし、画像や動画でも可能性は低そうです。あくまでもいまのところ、ハードとしての船そのものには問題はないのだろうと思われます。
 今回の海難画像や動画を見て引っかかったのは、右に倒れている列と左に倒れている列が交互(完全に、ではないとしても)にあることと、かなり大規模に崩壊が起こっていることです。
 またONE社が現時点(日本時間2020年12月9日12時00分)で公表している海難時の気象海象は、

 英文:Wind force BF 4, Seas – North-westerly, 5 to 6 meters, long high swell.
 和文:有義波高が6mだったとの気象情報だが、実際はそれよりも高い波だった可能性がある。

となっています。和文と英文で異なっている理由はわかりませんが。
 英文を訳しますと、「風力はBF(ビューフォートスケール)で4、海面状態は波高5~6m、うねりは長くて高い」となります。
 風力4は、風速5.5~8m/s(11~17ノット)であり、英文では「moderate breeze」、和文では「和風」、説明としては「波の小さいもので、長くなる。白波がかなり多くなる」とされます。風力4は極めて平凡な状態であり、大洋航海の日常の多くは風力4か5です。船の世界では15m/sを警戒の目安とすることが多く、それは風力7「moderate gale(強風)」です。多くの管理会社は管理システムで荒天航海を風力8以上としています。風力8は17.2m/s以上の風で「fresh gale(疾強風)」です。
 波高5~6mは、風浪階級6(0から9のうち)であり、英文では「rough」、説明としては「波がかなり高い」とされますが、「荒れている」には至りません。
 うねりは一般的には観測者の主観に依存してしまいますが、長く・高いをそのまま用いると「heavy swell」となります。

 つまり、ONEが公表している気象海象データでは荒天とはいえません。風力と風浪の数値は通常同じか一つ違いといわれますので、風力が4ではなく5「fresh breeze(疾風)飛沫が飛び始める程度」の可能性や、風浪が6ではなく5「rather rough(波がやや高い)」だった可能性はあります。いずれにしても荒天ではないとの判定に変わりはありません。
 ただし、うねりだけは別です。うねりは遠くの荒天が伝搬してくるものであり、その場所の気象には依存しません。ですから、荒天ではないが、うねりだけが高かった可能性はあります。そして船の揺れはうねりに大きく依存しますので、タイミング的に過大な横傾斜を生じて、荷崩れを起こしてしまった可能性は否定できません。

 気になることがあります。ONEの公式発表にもありますが、同型船の荷崩れ海難が連続していることです。すでに報じられていますが、ONEの同型船の荷崩れは連続して発生しています。このあたりに海難原因が潜んでいる可能性はあります。他社のメガコンテナ運航船隊では発生しておらず、ONEの運航船隊でだけ発生しているなら、運航管理システムの中に原因を探る必要があります。
 ・コンテナの積付けプログラム(コンテナ船の積付け計画は陸上で専用プログラムを使って行われます)の計算前提条件に無理がないか。重量配分や位置バランスなど。
 ・コンテナの固縛方法や固縛状態の確認・調整手順や基準に問題がないか。

 もし、同型船にのみ発生していると断定できるなら、同型シリーズ船特有の原因を探る必要もあります。
 ・固縛装置の位置や強度に問題がないか。
 ・復元性能の再検証と積付けプログラムとの相性。復元性は良すぎても悪すぎてもダメです。良すぎると起き上がりこぼしのようになり、船上搭載物にダメージを与えます。
 ・共振の可能性検討。

 日本時間2020年12月9日12時00分時点での報道を見ただけの私見ですが、大きなうねりと船首方位や速力との合成結果として固縛強度を超える横傾斜を生じた可能性と、風浪うねりと固縛装置或いは船体・機関(巨大うねりに突っ込んで異常振動した??)・プロペラ(レーシング(空中露出や空転)した??)の共振によって固縛装置が破壊に至った可能性を挙げます。後者の可能性は極めて小さいとは思いますが、完全に否定する材料も現時点ではありません。特定の列のみが倒れたのなら重量コンテナが上部に置かれた可能性もありますが、今回は圧倒的多数の列が倒壊していますので、共振で多数の固縛が一斉に破壊された可能性を極めてレアな確率でしょうが、念のために挙げておきます。

 そもそもコンテナ船ではコンテナをどのように固縛しているかを説明します。
 コンテナを何段か積み上げていますが、船体と直接的に固縛されているのは下から3段目までです。4段目以上は下のコンテナと4隅を金具(ツイストロック)でつながれているだけです。
 ONE APUS号もですが、メガコンテナ船は暴露甲板上8段積みをしています。そして船体の固縛ポイントを高くするためにコンテナ2段分の高さのラッシングブリッジを設けています。そこから上に向かって3段を固縛しています。つまり、甲板上5段までは船体と直接固縛可能です。6から8段目は4隅を下のコンテナとつないでいるだけです。
 わかりやすいように画像を挙げておきます。これらの画像はすべて船級協会である日本海事協会の「コンテナの積付け及び固縛に関するガイドライン (第2.1版) (2020年7月)」から引用しています。


 メガコンテナ船ではありませんが、クレーンを持たないギアレスコンテナ船のコンテナ積載の基本形です。メガコンテナ船は船楼が前のほうにもあります。ONE APUS号の報道画像などを見ていただければお分かりになるかと思います。

ギアレスコンテナ船

コンテナの基本的な固縛の概念図


 固縛をダブルにしたり、取る位置を変えたりといった応用形もありますが、基本のシングルの図です。甲板上6段積みですが、左はラッシングブリッジなし(3段目までが固縛、4段目以上はツイストロック金具を介して載せているだけ)、中央は1段のラッシングブリッジあり、右は2段のラッシングブリッジあり(5段目までが固縛、3段目までは直接固縛されてはいないが、上部コンテナが固縛されているので間接的に堅固に積載されている)
 ONE APUS号は2段ラッシングブリッジ、8段積みですから、6・7・8段目が金具を介して載せているだけの状態となります。

クロスラッシング(シングル)

ラッシングブリッジ


 船体内のコンテナはセルガイドと呼ばれる鉛直方向の4隅のレールに沿って積まれていますので、固縛の必要はありません。

セルガイド構造の概念図


 だったら、セルガイドを暴露甲板上にも伸ばせばよいとの発想でオープントップコンテナ船が造られました。しかし、風雨密かつ作業性の良いハッチカバーを設置できず、風雨波浪が入るに任されますので、復元性維持のためにはそれを上回る排水能力が必要となります。また、船体強度問題や整備の問題もあり、マイナーな存在として終わりました。

オープントップコンテナ船

 このように見てくると、「コンテナ船のコンテナ、そりゃあ落ちるわ」と思いませんか?
 実際はというと、、、
 環境系団体の調査ではコンテナの海上紛失数は万本単位だったりしますが、世界の主要定期船社が参加している世界海運評議会の報告書によると、航海中の紛失コンテナ数は
 2008~2010年の3年間 年平均350本
 2011~2013年の3年間 年平均733本
沈没事故を含めると
 2008~2010年の年平均は675本
 2011~2013年の年平均は2683本
ですから、輸送量が増加している現在では、沈没なしでも年1000本くらいは航海中に紛失していると思われます。今回の事故は大規模です。しかも紛失に至らず船上で破損しているコンテナがかなり見受けられます。

 今後の調査進展と再発防止策の策定が重要です。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。