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白虎号 ULSAN PIONEER号 衝突海難

2021年5月27日深夜、来島海峡西口2号灯浮標付近(衝突地点は航路外)にて日本船籍RORO船「白虎」号とマーシャル船籍ケミカルタンカー「ULSAN PIONEER」号が衝突し、白虎号が沈没のうえ、現時点で白虎号側に3名の行方不明者と2名の重軽傷者が発生しています。行方不明者の早急な発見を祈ります。

白虎号

神戸から苅田向け 自動車部品をシャーシにて輸送中
日本人12名乗組み
IMO番号 9883510
旗国(船籍国) 日本
船種 RORO(Roll-On Roll-Off)船
呼出符号(信号符字) JD4761
MMSI 431015095
建造 新来島どっく(日本)2020年
船級 日本海事協会(NK)
船主・船舶管理会社 北星海運(日本)
用船者 プリンス海運(日本)
全長 169.98m
幅 26.00m
深さ(上甲板) 24.60m
満載喫水 6.6m
載貨重量トン(DWT) 6,800MT
総トン数(GRT) 11,454
主機関 B&W 8S50ME-C8 14,160KW/135RPM
速力 21.6Knots

ULSAN PIONEER号

南京(中国)から大阪向け 酢酸をばら積みにて輸送中
韓国人8名(船長含む)とミャンマー人5名乗組み
IMO番号 9730969
旗国(船籍国) マーシャル諸島
船種 ケミカル・オイルプロダクトタンカー
呼出符号(信号符字) V7OH9
MMSI 538006551
建造 釜山(韓国)2016年
船級 韓国船級協会(KR)
登録船主(船籍国のペーパーカンパニー) HIDHC No.2 S.A.
実質船主・船舶管理会社 興亜海運(韓国)
全長 90.0m
幅 14.4m
深さ 7.5m
満載喫水 5.7m
載貨重量トン(DWT) 3,481MT
総トン数(GRT) 2,696
主機関 阪神ディーゼル LH41L 2,062KW/225RPM

来島海峡の航法『順中逆西』

世界唯一といわれますが、潮流によって通航帯が入れ替わります。海上交通は世界共通で右側通行が原則ですが、来島海峡は地形と潮流の特殊性に鑑みて右側通行と左側通行が切り替わるのです。
地形的に来島海峡は東水道、中水道、西水道の三水道に分けられます。
東水道は大島と武志島・小武志島の間で来島海峡第1大橋が跨いでいます。
中水道は武志島・小武志島・中渡島と馬島の間で来島海峡第2大橋が跨いでいます。特徴はまっすぐなことです。
西水道は馬島と小島・四国との間で来島海峡第3大橋が跨いでいます。特徴は「く」の字に屈曲していることです。
地形条件から大型の航洋船が航行可能な水道は中水道と西水道であり、この2水道を馬島の北方と南方で合流させて航路として延長したものが来島海峡航路であり、海上交通安全法に基づいています。大島南方、今治港沖に南東側出入口があります。そして大下島南方、今治市大角鼻北西方に西側出入口があります。
来島海峡の潮流は急流で有名ですが最大で10ノット(時速19km)となります。そして交互に南流と北流に変化します。変化の過程で流速ゼロすなわち転流があるわけです。1日に北流と南流がそれぞれ2回あるのが普通ですが、時刻はずれていきますので例外の日もあります。
まっすぐな中水道を通り抜けることは容易ですが、屈曲している西水道を通り抜けるには狭い水道の中で舵を使って変針する必要があります。その時に早くて強い潮流に後ろから押され(順流)ていれば舵効きが悪くてうまく曲がれないのです。狭い水道ですから、最悪の場合は座礁事故となります。そこで西水道は潮流を常に前から受ける(逆流)ことで舵効きを良くして通り抜けることが安全だということになりました。

北流(潮流が南から北へ流れる)の場合
 北航船(大阪から九州へ)は順流なので中水道を通航
 南航船(九州から大阪へ)は逆流なので西水道を通航
南流(潮流が北から南へ流れる)の場合
 北航船(大阪から九州へ)は逆流なので西水道を通航
 南航船(九州から大阪へ)は順流なので中水道を通航

順中逆西の誕生です。そしてこれは水道部だけではなく来島海峡航路全域に適用されますので、来島海峡航路の航法は順中逆西なのです。つまり、北流時は右側通航、南流時は左側通航となっているのです。
問題は大島南方と大下島南方の航路出入口付近です。航路の外は世界共通の右側通航です。南流時は航路出入口外側で右側通航と左側通航の変換が行われることになります。そして北流時は変換がありません。変換を始める・終わるタイミングは転流時の前ということになります。
さらに、変換は瞬間に切り替わるものではありません。航路内には変換前に進入した船がたくさんいて、彼女たちは変換前の通航のままで出てきます。なので、出入口外側の通航流は整流されずに非常に危険な時間帯が生じます。
海上保安庁は今治に来島海峡海上交通センターを設置して交通管制をしています。航路入航船には中水道か西水道かの指示をいちいち出しています。また追越し禁止区間の監視や潮流情報なども出します。

事故状況

潮流は南流5ノット(下げ)の23時50分ごろ(不祥)、航路西口の南端を示す灯浮標(来島海峡航路第2灯浮標)西側付近で、左側通航で航路を出たばかりで西航していた白虎号の左舷船腹(機関室付近)に、航路に入ろうと北東航していたULSAN PIONEER号が船首を突っ込む形で衝突した。白虎号は約2時間40分後に沈没し水深70mの海底に逆さま(天地逆、船底が上になっている)に着底している。ULSAN PIONEER号は海上で停止した。白虎号の乗組員12名のうち9名は救助されたが船長を含む3名は行方不明(現時点)。ULSAN PIONEER号の人的被害発生は報告されていない。

原因推定

衝突に際して適用される航法は横切り船の航法と思われる。その場合、相手を右に見ていたULSAN PIONEER号が避航義務を持つ避航船、相手を左に見ていた白虎号が保持義務を持つ保持船となる。また、ULSAN PIONEER号が航路内左側通航への対応(通航帯変換)をせずに逆走してきたことも留意される。

白虎号
 見張り不十分と最終的な避航遅れ。現場は小島の陰を出て広く開けた海域であり、目視とレーダーともに視野に地形的な障害はない。AIS(船舶自動識別装置)も稼働しており、相当事前からULSAN PIONEER号の存在と動向を看視・把握できたはずである。またVHF無線電話や音響信号・昼間信号灯等での警告や避航についての意思疎通を図ったかどうか。さらに保持船の義務である最善の避航協力動作をとったかどうか。寸前に右舵を取っていたようですがそれが適切な時機と方法であったかどうか。VDR(航海情報記録装置)を引揚げ回収のうえ解析が必要。船体が逆さまになっているので船体引き揚げをしない限り、VDR回収は困難かもしれない。乗組員が退船時にVDRの記録HDDを持ち出していることを願う。

ULSAN PIONEER号
 避航義務違反。見張り不十分と航法知識欠如。現場は航路を出てくる船を把握するためには十分に広く開けた海域(航路第4灯浮標から西方を把握できれば十分)であり、目視とレーダーともに視野に地形的な障害はない。AIS(船舶自動識別装置)も稼働しており、相当事前から白虎号の存在と動向を看視・把握できたはずである。衝突の恐れをどの程度正しく理解していたか。変針及び機関使用(船速変更)による避航動作を適切にとっていない。VDRを回収のうえ解析が必要。少なくとも船長は業務上過失致死の有罪判決となるものと思われます。

来島海上交通センター(くるしまマーチス)
 事故後にULSAN PIONEER号からの連絡で事態を認識したと報じられている。交通管制業務をできていない。衝突危険を事前に察知して主にVHF通信を用いて注意喚起、衝突リスクをなくすのが業務である。実際に通常はそれら業務を実施しているが、今回は事後認識だったとの報道が正しいならば問題である。管制業務記録の解析が必要。

沈没原因
 ULSAN PIONEER号の船首は水面下に球状船首(バルバスバウ)がある。またその損傷状況からみても白虎号の船腹水面下にバルバスバウが大穴を開けたことに疑いはない。昔の軍艦の衝角と同じ。船は水面下に大穴を開けられると浮いていられない。特に左右アンバランスであればあるほど(戦艦武蔵は左右に魚雷を受け続けたため沈没まで時間がかかったが、同型の戦艦大和は左舷に集中攻撃を受けたため短時間で沈没した。)。RORO船はPCC(自動車専用船、牛乳パックを浮かべたような形の船)と同じで、船内は立体駐車場と変わりなく、浸水には弱い。一方でULSAN PIONEER号のようなケミカルタンカーは非常に多くのタンクを持つため副次的に水密隔壁が多く浸水には強い(参考:第十雄洋丸海難事故)。また、船首はパンチング構造といって船の中では最も強い部分である。船腹は最も弱い。すなわち、船の大きさにかかわらず白虎号は短時間で沈没し、ULSAN PIONEER号は沈没危険なく浮いている。

事故調査など

刑事
 海保が関係者(少なくとも両船の船長(代理船長)、必要なら当直航海士など)の身柄を押さえて捜査、送検、起訴、刑事裁判へと続きます。

民事
 人的被害が出ているので民事裁判が起こされる可能性はあります。

海難原因究明と再発防止策策定
 国交省の運輸安全委員会の船舶事故調査官がすでに現場入りしているので調査終了後に公表される。約1年後か。

海難審判
 日本の海難審判は船員懲戒が目的であり、対象は日本の海技免状による海技士のみ。つまり水先人と日本籍船の海技士のみ。従って白虎号の乗組員は対象となるが、ULSAN PIONEER号の船長以下乗組員は対象とはならない。もし審判が開かれた場合、結審後に公表される。

課題

来島海峡航路の航法
 順中逆西をやめる検討はこれまでもされてきましたが、海技的検討の結果、維持となってきました。再度検討の機運が高まる可能性があります。また、通航帯変換についての海域や方法を整理する必要はあるでしょう。例えば通航帯変換も船ごとにマーチスの管制下に置くなど。

水先対象の変更
 強制水先の対象を拡大することは検討されるべきと思います。しかし、水先人不足の中、内海水先人会が要請船の増大をどの程度まで受容できるかという問題があります。

管制方法
 通航帯変換海域等のリスク海域では巡視船艇を常駐させてマーチスと連携しての現場直接対応を可能とするなど。これは東京湾で実施されている。また、マーチスが今回どのような管制をしていたのか、あるいは管制していなかったのか。マーチスの管制能力の改革と向上。

さいごに

海難はおさまりません。内地でも外地でも。今もスリランカ沖コンテナ船火災(硝酸コンテナの発火)、島根沖の北朝鮮船座礁、ナイジェリアでの沈没などなど。
海技士の安全意識と技量向上などは言わずもがなですが、海難の8割程度は人的要因が関与し、4割程度はヒューマンエラーによるものと確定しています。無人化の流れは海難を大きく減らす手段としては大きな柱の一つと言えますが、それも確実な技術とフェイルセーフのシステムがあってこそです。また全てが無人化船であれば良いですが、有人船との混在が最もリスキーでありかつ法的にも技術的にも困難なものです。その混在期がすなわち過渡期というのが無人化へ移行する上でのヤマなのです。
本質安全な海事社会の実現を祈ります。関係各所人々の安全への努力を多として。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。