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鹿島沖衝突海難

 亡くなられた方に心からお悔やみを申し上げます。また、お怪我をされた方の早い回復をお祈りいたします。

 498総トンの内航貨物船はやと号と小型船舶である遊漁船第五不動丸。衝突に至った経緯は今後の捜査で明らかになると思いますので、今の段階で妄想含みの推測を申し上げることは控えます。
 ポイントは適用航法の検証とその履行状況の検証になります。
 適用航法は衝突座標が鹿嶋港内か港外かで変わります。港内と港外の境目は港界といって港則法施行令で定められています。防波堤と一致するとは限りません。
 港内では港則法が適用されます。第3条第1項で第五不動丸は「汽艇等」となります。第18条第1項で第五不動丸ははやと号を避ける義務が課せられています。
 港外では海上衝突予防法が適用されます。どちらも「動力船」として対等であり、見合い関係によって適用航法が異なります。つまりどちらに避ける義務や保持する義務が課せられるか異なるということです。
 現時点で報道を見る限り、海難座標が港内か港外かは判然としません。港内じゃないかなという気はしますが。。。
 鋼鉄船とFRP(ガラス繊維)船が衝突して、勝負になるわけはありません。実際はやと号の映像を見てもどこに衝突傷があるのかわかりにくいです。擦過傷(塗装の剥離や擦り傷)があるんだろうと思いますが。

 はやと号を大型船とするコメントが散見されますが、498総トンというのは内航船では極めて標準的なサイズであり、商船の世界では小型船です。内航船は標準的なサイズがいくつかあり、199総トン(いちきゅーきゅー)、499総トン(よんきゅーきゅー)、699総トン(ろっきゅーきゅー)等が代表的です。はやと号はよんきゅーきゅーです。空船だったようですから、船橋からの死角範囲はやや大きい状態ですが、商船の中では視野は広いほうといってよいと思います。私のような外航出身者からすれば、見えすぎるというほどの感覚です。運動性能も商船の中では良いほうです。もちろん、小型船舶とは比較になりませんが。

 わかりやすい例えとして、自動車の世界を用います。第五不動丸のような小型船舶や漁船・プレジャーボートは原付バイクや小型自動二輪です。はやと号のような小型船はリッターカークラスの小型四輪です。199クラスは軽自動車、699クラスから内航の大型船あたりは普通自動車ですね。ちなみに外航船は1~2万総トンクラスが小型トラック、5万総トンクラスが中型トラック、8万総トンクラスが大型トラック、10万総トンクラス超は大型トレーラーという感じでしょう。原付や小型二輪のライダーから見た安全距離感覚と、乗用車から見た安全距離感覚は違いますよね。信号待ちしていて横にバイクがぴったり止まったとします。信号が青になって発進します。ライダーはあまり危ないと思いませんが、ドライバーはバイクが気になって仕方ない。その程度には安全間隔は違うのです。船の世界も同様です。ですから港則法は狭い港内での交通安全を確保するために、優先順位を船のサイズを基準に規定しています。

 報道の中に気になる証言がありました。第五不動丸の船長さんのコメントの聞き伝えかなと思われるものです。
「気がついたら目の前に貨物船がいた(らしい?)」
というのです。
 これは見張りをしていなかった、周囲を全く気にもしていなかったということを告白していることに他なりません。自動車運転でいえば、前も横も見ず(外を全く見ず)に運転してましたということです。なんか気配がした?のでしょうか、ふと目を上げたら・・・ということになります。
 いまや漁船はもちろん、プレジャーボートもレーダーを装備しています。第五不動丸はレーダーを装備していたのでしょうか。装備していたならちゃんと使っていたのでしょうか。少なくとも適切な使用はしていなかったのでしょう。はやと号に気が付いていなかったのですから。
 はやと号はどうだったのでしょう。レーダー(できればARPA(アルパ:自動衝突予防援助装置)も)使用の上で、もしECDIS(エクディス:電子海図情報表示装置)が搭載の上使用されていれば、もしVDR(ブイディーアール:航海情報記録装置)が搭載されていれば、電子的に海難状況が記録保存されているのですが。VDRは船橋内の音声も記録されるのですが。はやと号はECDISとVDRの搭載義務船ではないと思います。

 海難はその対策装置の発展を促してきました。しかし経済的負担を主な理由として装備義務船は大型船や国際航海船に偏りがちです。環境対策の先端装置の搭載促進も必要でしょうけど、それよりも海難対策や記録にかかわる装置の搭載義務化や促進政策のほうがより優先されるべきではないかと考えます。

 先日の瀬戸内海、与島沖の海上タクシー座礁海難に引き続き、乗客を海に投げ出す小型船舶の海難が起きたわけです。そしてどちらも操船者の過失の可能性が強く疑われます。
 同じことをまた言わねばなりません。情けないことです。
 小型船舶や内航船の運航管理実態に正しくメスが入らなねばなりません。

実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。