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カボタージュ

 JR九州高速船が新造高速船クイーンビートル号の国内営業航海の特例許可を取得するとのニュースがあります。これはクイーンビートル号がパナマ籍船だから生じた問題です。

船舶法

明治三十二年法律第四十六号

第一条 左ノ船舶ヲ以テ日本船舶トス
一 日本ノ官庁又ハ公署ノ所有ニ属スル船舶
二 日本国民ノ所有ニ属スル船舶
三 日本ノ法令ニ依リ設立シタル会社ニシテ其代表者ノ全員及ビ業務ヲ執行スル役員ノ三分ノ二以上ガ日本国民ナルモノノ所有ニ属スル船舶
四 前号ニ掲ゲタル法人以外ノ法人ニシテ日本ノ法令ニ依リ設立シ其代表者ノ全員ガ日本国民ナルモノノ所有ニ属スル船舶
第二条 日本船舶ニ非サレハ日本ノ国旗ヲ掲クルコトヲ得ス
第三条 日本船舶ニ非サレハ不開港場ニ寄港シ又ハ日本各港ノ間ニ於テ物品又ハ旅客ノ運送ヲ為スコトヲ得ス但法律若クハ条約ニ別段ノ定アルトキ、海難若クハ捕獲ヲ避ケントスルトキ又ハ国土交通大臣ノ特許ヲ得タルトキハ此限ニ在ラス

 古い法律ですが、船の世界の基本的な法律です。ここに挙げた条文は「日本籍船の特権」として習います。つまり日本籍船は、日章旗の掲揚・日本国内の関税上の不開港への入港・国内輸送の3つを実施する権利を持つのです。これは外国籍船には原則として認められません。これをカボタージュ規制といいます。第3条は但書で特許による例外を認めていますので、外国籍の外航貨物船も不開港に入港していますが、都度その前に関税上の開港に寄港して不開港への入港特許を受けています。国内輸送の特許は珍しいです。武漢肺炎の社会状況下で新造船が予定していた日韓航路での営業を開始できず、経営上の問題となっていることを考慮したものであって、将来の武漢肺炎の終息による日韓航路再開に伴って終了する特許でしょう。

 そもそもJR九州高速船がクイーンビートル号をパナマ籍としたことには何ら不思議はありません。日韓航路は国際航路つまり外航船ですから、日本籍船である必要はありません。営業の判断として低コストの船籍を選択することは民間企業としては至極当然です。
 よく誤解されますが、船の安全基準は国際海事機関IMOで条約化されていますので、パナマであれアメリカであれ日本であれ、IMO加盟国はそれらの基準を全て満足しています。そのうえで自国籍船にはどの程度の上乗せを課すかという違いです。車を買うときにトヨタかスバルかを比較するとします。スバルにはアイサイトが搭載されているが、トヨタは別方式の支援システム。トヨタにアイサイトじゃないと批判しますか? 国交省の安全基準は満足しています。そのうえで各社それぞれ上乗せをしています。そして排気量や搭載能力や使用目的が同等の車でも値段は違いますし、値引きも違うでしょう。
 しかし外国籍船は日本籍船ではないので、不開港への就航や国内輸送はできません。想定外の武漢肺炎による航路休止でJR九州高速船は、外国船籍選択が裏目に出たということになります。せっかく導入した本船、稼働見込みが立たず建造費55億円を含む関係費用61億円を損金処理したようで、本船を手放す検討をしていたと思われます。今回の特例許可で本船は将来の日韓航路就航が実現する可能性が高くなりましたし、会社も頑張れる、社員も一安心、ということになれば良いですね。
 もちろん、日本籍船で営業している内航業者を圧迫して良いということでは全くないので、そこは誤解されないよう。

 内航船には外国人船員は就労できません。在日コリア問題等もあるため表現としては難しいのですが。。。船舶法ではなく、外国人労働者の問題や移民政策の問題などの切り口で理解するほうが良いと思います。飛鳥IIやにっぽん丸・ぱしふぃっくびいなす等の日本籍クルーズ客船は内航資格と外航資格を切り替えてクルーズを行います。国内クルーズは内航船で、国際クルーズは外航船です。ですが乗組員は乗り替わりません。外国人船員が乗務しています。内航船なのに外国人船員が就労している状態になるわけです。これは船舶法の問題ではなく、外国人労働問題や労働組合問題として議論され、特例として認められています。

 国内輸送と内航船を日本籍と日本法人そして日本人船員で維持するカボタージュ規制は、これまで幾度か緩和要請(例えば沖縄航路)が出されては却下されてきました。外国資本や外国企業の参入は国益に反するという判断です。国内産業の保護や労働の保護もありますが、最大の目的は安全保障の確保にあります。国内物流の柱である内航海運は我が国の安全保障の柱であるということです。この考え方は国際的にみても一般的なものです。アメリカやEUはもとより中国も、世界の主要国の悉くはカボタージュを維持するだけではなくむしろ厳格化しています。アメリカは過去、日本に非関税障壁の撤廃要求を突きつけましたが、内航カボタージュは何ら問題化されていません。
 産業界は国内貨物の輸送コスト低減のために、韓国の釜山にワンタッチさせる抜け道(例えば新潟から博多の貨物、新潟―博多直行内航ではなく、新潟ー釜山ー博多の外航積替えのほうが運賃が安い)を使ったりしていました。しかし、いまの武漢肺炎による国際物流の停滞などを一つの例として考えると、カボタージュは国家安全保障上の柱であると改めて思います。

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海洋政策・船舶科学 吉野研究室
実務海技士が海を取り巻く社会科学分野の研究を行う先駆けとなれるよう励みます。