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挿絵のお仕事!『大迫力!異常存在SCP大百科2』

こんにちは。ノーチのしっぽ研究所のヨースケです。今回は2024/7/11に発売された児童書『大迫力!異常存在SCP大百科2』の挿絵制作についてのレポート記事です。


前置き

2023年11月、インターネットで大人気のコンテンツ「SCP」が児童書になりました。

知らない方へ向けて説明すると、SCPとは、2008年設立の共同創作コミュニティサイト「SCP財団」から生まれた世界観です。誤解を恐れず大雑把に言ってしまえば、創作都市伝説の投稿サイトから生まれた作品群という感じ。
自然科学を超越する異常存在を管理する財団という設定で、その独自の世界観はインターネット上で話題を呼び、最近は子供たちにも人気があるそうです。

「SCP財団」は基本的にテキストベースのサイトであり、異常存在の具体的なビジュアルは読者の想像に委ねています。しかし、この大迫力シリーズは、あえて児童書としてそこに一解釈を与え、大胆にビジュアル化を試みた書籍なのです。
多数のイラストレーターによる迫力の見開きイラストと、読みやすく再編集された文章は、SCPに興味がある子どもたちにも、原作ファンの方々にも、広く受け入れられました。SCP大百科第1弾が発売されてから、約1週間で即重版となったほどです。光栄なことに、当時僕も4点ほど見開きイラストを担当させていただきました。

※本書の掲載内容はSCP Foundation、SCP財団を原作とし、CC BY-SA 3.0に準拠しています

西東社ホームページより

大好評の第1弾発売から約半年、早くも第2弾制作決定のお知らせが入り、第1弾に続いて参加させていただけることに。おかげさまで生きております。

どんな記事のイラスト化を担当することになるのか、わくわくしながら続報を待ちました。

※注意※
当方は、発注を受けて始めて記事を知るレベルのSCP初心者です。可能な範囲でリサーチし解釈した上で絵に落とし込んでいますが、原作ファンの方のイメージを損ねるような表現があったら申し訳ございません。

怒られる前に保険も掛けたところですし、それじゃあ今回のメイキングに行ってみよう!!



担当記事

今回もエディターユニットのえいとえふ様より、担当記事とイラストのご指示をいただきました。
ノーチのしっぽ研究所が担当させて頂くことになったのは、以下の4つの記事です(添えてある文は独自解釈を含む要約)。

SCP-5912「登ることこそ生きること」

身長3センチの登山服に身を包んだヒト型実体。高さのある構造物なら何でも登ろうとし、登り始めるとその構造物の周辺は徐々に雪山のような気候になる。中国で最も小さい山「静山」で発見された。

SCP-322「キミだけのおしろをそだてちゃおうキット」

「キミだけのおしろをそだてちゃおうキット」と昔のカートゥーンアニメスタイルで描かれたダンボール箱。中にはカラフルな砂粒が詰められた瓶と説明書が入っており、砂粒を地面に埋めて毎日水をやると、7日後に立派なお城が出現する。

SCP-3092「ゴリラ戦」

動くゴリラのぬいぐるみを吐き出すUFOキャッチャー。出てきたゴリラに触れられたぬいぐるみもゴリラに変化し、仲間を増やしていく。彼らはその場にあるものを使ったゲリラ戦に長けているが、その行動は周囲に損害を与える目的と言うより、迷惑をかけることを目的としている。

SCP-858「重力の虹」

重力を逆転させる雨を降らせる、移動性の夜光雲。下層に虹色の雲を発生させ、その雲から降り注いだ雨粒や、その雨粒で濡れた路面等に触れた物体は、重力に反発して上空に落下するようになる。

これら4つの記事のビジュアル化に挑みます。



ラフ案作成

SCP-5912「登ることこそ生きること」

まず、原作記事の要素をおさらいします。

  • 身長3センチ

  • 登山服

  • 高さのあるものに登りたがる

  • 登り始めると周辺が雪山の気候になる

  • 中国で発見された

追加で、えいとえふ様より以下のような要望がありました。

  • パッと見、過酷な雪山登山のイラストに見えるが、よく見たら背景は人間が暮らす家、という絵にしたい

  • 登っている構造物は本棚や食器棚など?

上記を踏まえた上で、とりあえずイメージだけでアイディアスケッチをザクザク描いてみます。

線ラフ

主役の異常存在は身長3センチとかなり小さいので、前景に置いて大きく見せます。「例えば食器棚など」というアイディアをいただいたので、雪山に見立てた皿の山を登っているというシーンにしてみました。
原作では中国で見つかったという記述があったので、舞台設定は中華料理屋の厨房としました。厨房の熱気と吹雪の対比が面白くなりそうです。
見開きイラストになる予定なので、本の綴じる部分(ノド)付近に大事な要素を置かないこと、本文が入るスペースを考慮することなどに気をつけてレイアウトしています。

色ラフ

線を少し整えて、着色したラフがこちら。
遠景はぼかす予定なので、本画に近いニュアンスにするために線画を非表示にしています。
スケッチ段階の構図から左右反転させたのは、タイトル「登ることこそ 生きること」がページを跨いで組まれることを想定し、登山中の小人と「登ること」というテキストを被せた方が自然になると考えたからです。
また、雪山の寒さと厨房の熱さの対比を強調するため、皿の山は寒色かつ低彩度、背景は暖色かつ交渉彩度めに配色しています。

SCP-322「キミだけのおしろをそだてちゃおうキット」

要素のおさらい

  • カートゥーンアニメ風デザインのダンボール箱

  • 箱の中には説明書と瓶に詰まったカラフルな砂粒(城の種)

  • アメリカ人の少年が城の種を植えようとしている

依頼内容

  • 背景に城が写りこんでいて、少年が2個目の種を植えようとしているシーンにしたい

アイディアスケッチはこんな感じ。
タイトルが長く多くのスペースを取るので、ほとんど右ページのみで状況説明が完結するようにレイアウトしています。
穴掘り中であることが分かりやすいように、少年の傍らにスコップを置いてみました。

色を塗ったラフ。
箱とお城を際立たせるために、それ以外の要素はかなり色相を絞っています。

余談:色数を絞るための技法

余談ですが、「色相を絞る」ということについて、少し深堀りしてみます。

古典絵画を見ると、国や時代によってなんとなく色味が異なってみえますが、その原因のひとつは、使える絵の具の色に制約があったから。今では科学が発達して様々な色の絵の具がありますが、当時は高価な鉱物を使った絵の具を使えない経済的事情や、保存の問題等があり、おのずと色数が絞られていました。

擬似的にその状況を作り、使える色域を絞るために役立つのが、「ガマットマスク」という技法です。
ガマットマスクとは、色相ホイールの特定領域を三角形で囲み、その中の色だけを使うという方法で、無尽蔵に色数が増えて画面が散らかるのを防いでくれます。

ガマットマスクで絵を描く技法
(ジェームズ・ガーニー著『カラー&ライト』より引用)

今回はそれの簡易版。この絵における三原色+白を決めて、それらの絵の具を混ぜて出来た色だけで塗る、ということをやっています。

アナログで描くのに慣れている人にとっては、パレットの上で色を作ってから塗るのは当然と言えば当然ですが、デジタルだと無限に色を選べてしまうので、あえてこういう縛りを作ることでまとまりがうまれます。
深く考えずとも、勝手に色に統一感が出るのでオススメです。適宜アクセントとしてここから外した色を載せるのも効果的。大事なのは、絵の基準となる色域が決まることだと思っています。

SCP-3092「ゴリラ戦」

要素のおさらい

  • UFOキャッチャー

  • 複数のゴリラのぬいぐるみがいたずらをしている

  • 発見場所はアメリカのゲームセンター兼レストラン

依頼内容

  • いたずらに驚く人たちも入れたい

  • 武器はリアルすぎないようにしたい

記事中ではゴリラのぬいぐるみ達は可愛げあるキャラクターとして描かれており、えいとえふ様の要望に「武器はリアルすぎないようにしたい」とあるため、コミカルな雰囲気にしてみました。
荒くてちょっとわかりにくいですが、右下のゴリラは、フォークを改造したパチンコでミニトマトを飛ばしています。
また、記事の関連リンクを辿っていくと、このゴリラたちの活躍によって、テディベア型の異常存在SCP-1048の鎮圧に成功するというスピンオフ的な記事(『ぬいぐるみ狂騒曲』)が存在することも分かりました。SNSでリサーチしたり、複数の二次創作を参照したりして、原作記事のどんな部分が愛されているのかをできるだけ理解しようと頑張ります。

「ぬいぐるみ狂騒曲」には、「黒シャツ」や「迷彩」と呼ばれる固有の個体が登場していたため、今回描く絵にもそのような見た目のゴリラを登場させてみることに。
また、UFOキャッチャーの中にSCP-1048によく似たテディベアを紛れ込ませることで、後の闘いを暗喩できないか…などと考えながら、構図を組んでみました。(解釈違いだったらすみません…)

更に塗りすすめたものがこちら。
文字が入るところのスペースがごちゃついていると可読性が下がるため、ケチャップが画面にかけられたようなエフェクトにしてみました。

SCP-3092は“ブラック・タイ・トイズ”ブランドのアーケードUFOキャッチャーであり、高さ1.8m、幅0.8m、奥行き0.9m、補充されていない状態での重量は144kgです。

SCP-3092の記事ページより引用

ちなみに、アーケードUFOキャッチャーの筐体の寸法については、原作記事には上記のような記述があります。
幅80センチくらいなので、日本のゲームセンターにあるような筐体よりもコンパクトで、レトロな感じの見た目であると推測されますが…
今回のオーダーでは、UFOキャッチャー内のぬいぐるみも大きく見せる必要があったため、原作設定よりも幅広な現代風の筐体にしてしまいました。

UFOキャッチャーを描くことになったので、よく行くイオンで撮ってきたもの。こっちの形状の方が原作設定に近そう。
絵的にはこっちのほうが映えるので、泣く泣くこっちの筐体を採用しました。

SCP-858「重力の虹」

要素のおさらい

  • 彩雲を伴い重力を反転させる雨を降らせる

  • 雨に触れた物体や生物はすべて空に吸い込まれるように落ちていく

  • 壊滅的な被害が出る

依頼内容

  • 見上げる構図でダイナミックに虹を見せたい

  • 色鮮やかに

  • 上空に落ちていく人やものを入れたい

鉛直方向のパース線が彩雲に集中するように物体を配置して、注目が集まるように仕掛けています。ただパース線に沿って配置してしまうと単調になってしまいそうだったため、ちょっとだけ螺旋を意識した配置にしてみました。
左ページの下半分にはトラックの底面を大きく配置することで、文字スペースを確保してみました。

空を見上げる構図は強めの逆光になります。
逆光下では各オブジェクトの陰影や固有色は目立たなくなるので、シルエットだけで何が描かれているのか伝わりやすいように気を配っています。
また、このモチーフの魅力は、彩雲という美しい自然現象が壊滅的な被害を引き起こすギャップにあると思います。鮮やかだけど不気味、吉兆のようで凶兆というアンバランスさを表現するべく、配色にもこだわって進めていきます。

ラフ修正

ここまでだいたい1週間くらい。
個人的な事情ですが、平日はフルタイムワーカーなので、挿絵のお仕事は会社の昼休み+平日夜+土日で頑張っています。今回は他の案件も同時進行しており、かなりの頑張りをやり遂げました。偉い。
短い期間でジャっと描きあげる対応力は鍛えられたと思います。結構粗いままラフ提出の日を迎えてしまったのは悔やまれますが、それでも明けない夜はないし、締切はやってきます。

期限ギリギリのところでなんとかラフを提出し、手を離れた隙に他の案件を進めつつ…校正結果を待ちました。

数日後、修正依頼メールが届きました。

「登ることこそ生きること」修正指示

  • 背景の雰囲気が町中華らしいが、料理人が若く小綺麗な感じに見えるので調整したい

  • 前景の料理がオム焼きそばっぽいので天津飯らしくしたい

「キミだけのおしろをそだてちゃおうキット」修正指示

  • もう少しお城の種を見えるようにしたい

  • パンフレットを2つ折りに修正

  • 背景の城が最初からそこにあったように見えるので、地面から生えてきたと分かるようにしたい

上記2点以外はほぼ修正なしでOKでした。(よっしゃ!!!!)
戻りの修正指示を反映し、必要なものは再提出。ゴーサインが出たものから清書へと進みます。


清書

前回のSCP本では、「清書の時間配分が上手くいかず、描き込み量が足りなかった」という反省がありました。
時間が足りないのは常ですが、限られた時間で品質を保たなければいけないのが仕事というものです。
もっと端的に言えば、「力の抜き所と入れ所がわかっていなかった」ために、自分が納得のいく仕上がりまで持っていけませんでした。

そこで今回は、「必要以上に描かない。必要なところだけ描き込む」という目標を立てて、清書作業に臨みました。

まず完成品を見てください

御託は良いとして。まず頑張りの成果だけお見せします。

自己評価的には「やれることはやった」と「もう少し詰めたかった」との間くらい。
今回もたくさん頭を捻って、力の入れどころと抜きどころを見極めつつ、最善手を指したつもりです。我ながら良く描けているなと嬉しい部分もあります。

しかし。やはりもっと上手くなりたい。

世に出てしまった以上、それはもう自信を持って100点満点の傑作だと言い張るべきなのですが、なかなかそうもいかないものです。
過去に自分が作ったものを世間で見かける度に、「あの時の僕は頑張ったな〜」と思いつつ、当時の自分の技量の足りなさを恥じる気持ちが、一生着いて回ってきます。
仕事でものを作っている限り、この悔しさは一生消えないのでしょう。

「描きすぎない」ために気をつけたこと

また技術的なお話。
今回は動きのある絵が多かったため、モーションブラーを強めにかけています。
モーションブラーとは、残像のように方向性を持った「ぶれ」を表現する技法です。ペイントソフトの機能でも再現でき、動きを表現出来るかつ、描き込みを減せます。ぶらす方向や度合いを細かく指定できるので、少ない労力でダイナミックな絵に仕上げることができます。

1枚目の雪や、4枚目の背景の木など、ちょこちょこ使っています。


「必要以上に描かない」を実現するためのテクニックとして、背景を単にぼかすガウスぼかし(下図)も選択できますが…

ガウスぼかしは一律に上下左右全方向にぼかす機能なので、思考停止で使いすぎるボヤボヤした印象の絵になってしまいます。

一方でモーションブラーは、任意の方向に「ぶらす」効果です。動きを表現のほか、光の回折による影のボケなども適切に表現でき、今回はかなり重宝しました。



見本が届きました

データを納品してからしばらくして。
発売に先立って、刷り上がった見本をいただきました。自分のイラストがどんな風に紙面になっているかも気になりますが、他のイラストレーターさん達の力作を見られるのが楽しみで、毎回見本が届く度にはしゃいでしまいます。

書影。
前回は僕の担当した子も表紙にちょこっといましたが、今回は選ばれなかったようです。残念ですが、こういうものは巡り合わせなのでしょうがない。
早速ぺらぺらとめくって、自分が担当したページを確認。

本文を読みたい人は買ってね!

おお〜!
今回は想定した範囲に文字組も収まっていて、本の形に仕上がってみると、なかなかカッチョイイです。この情報量をまとめあげるデザイナーさんの力量がすごい。
実はイラストを書く時には原稿の文量は確定していない(知らされていない)ため、どのくらい絵が文字で隠れるかは、仕上がってみないとわからないのです。
ラフの時点で描いていたアタリは、あくまで絵を描いた僕からの希望。実際には編集さん、デザイナーさん、DTP屋さん等が苦労しながら、レイアウトを決めてくれます。本当にありがたい。

色調整の難しさよ…

他のイラストレーターさんたちの目を引くイラストと比較して、思ったよりコントラストが落ちているのが反省。
RGB→CMYK変換するとどうしても全体が沈むので、暗い領域が真っ黒になってしまわないように調整したつもりでしたが…
一応入稿の前に印刷してみて色の出方を確かめたものの、僕が用意できる出力環境は、印刷機も紙の種類本番とは異なります。試しに印刷した紙は「上質紙」という普通の紙でしたが、本番はマットコートが施された紙っぽい感じで、思ったより発色が落ち着いています。
それに、絵を描くのに使ったiPadのディスプレイと、色を補正するのに使ったMacBookのディスプレイでも色の見え方は違いますし、入稿した後の本番の印刷所のパソコンでも同じ見え方にはならないでしょう。しょうがないっちゃしょうがないですが、明るさ調整は失敗だったかな〜と悔いが残っています。普段印刷関係の仕事をしているだけに、変なこだわりが裏目に出ました。次に活かしましょう。

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書影

最後に真っ直ぐな宣伝です。
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ぜひ買ってください!買ったら読んでください!読んだら感想を教えてください!

以上、最後まで読んで頂きありがとうございました。

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