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(21)創作は野垂れ死に防止

おえかきの後ろめたさ

絵を描くというのは孤独な行為だ。
アイディアを組み立てて絵に起こす作業は、自分の脳と目と手だけが頼り。
だれかと共有するのは難しい。
そうやって孤独を吸い上げて出来上がったものが、大層みっともないものに見える時がある。

小学校の学年が上がるにつれて、自由帳を卒業するクラスメイトが増えても、絵を描くのを辞められなかった。
お絵描きが好きだったからと言えばそうなのだが、校庭で楽しそうにボールを追いかける集団に、自分は相応しくないと思っていたのも理由だったような。
「外で遊びなさい」「友達と仲良くしなさい」という言いつけに反して、電気の付いていない教室の窓から、陽光に輝くグラウンドと友達を眺めるほうが好きだった。

大人になってからも、お出かけや買い物や飲み会よりも、家に籠って絵を描いている方が好きだ。
表面では社交的に振る舞うことも上手くなったが、振る舞いが明るくなるほど内面は暗くなる。
精神のバランスを取るために、仕事の休み時間をわざわざ割いて陰気な文章をしたためなければならない。

そんな後ろめたさが無意識下にあるもんだから、時に絵を描いたってしょうがないと思ってしまうこともある。
自分は何を夢中になって、こんなにエネルギーをつぎ込んで絵ばかり描いているんだ。
部屋の窓から外を眺めて、楽しそうな人たちを羨むような生き方の、言い訳を求めているだけなのではないかと。
その時間を労働の回復にあてて、最高のパフォーマンスで仕事をした方が、よっぽど社会の為にはなるはずだ。

忘れがちな「絵の力」

しかしときどき、嬉しいこともある。
自分の絵で誰かが感動してくれることが、思った以上に多い。
結婚や誕生日のプレゼントとしてお祝いの絵を頼まれて描くと、1年分くらいの感謝を浴びる日がある。
亡くなった家族やペットの絵を頼まれて描くと、涙を流してくれる人がいる。

普段の生活で、自分の行いによって他人にこんなにも喜んでもらえる経験は、そうそうできるものではない。

自分にとっては絵を描く行為は当たり前のことで、自分の平凡な日常の上にある。
しかし、そうして生まれた絵は、誰かの特別になりうる。
特別な日を飾るかもしれないし、周囲にたくさん自慢してもらえるかもしれないし、何かの記念として長年大切にされるかもしれないし、毎日眺められ元気を与えるかもしれない。

それを忘れているので、毎度のこと期待以上の反応にびっくりする。
自分の絵にはこんなにも人の心を動かす力があったんだと愕然とする。

親しい人から絵を描いてほしいと頼まれるのも嬉しい。
人の為に絵を描くのは楽しい。
制作中はその人のことを長時間考えることになり、親しくなったきっかけや、楽しかった会話のやり取りを思い出す。
どんなものが好きだったっけ、こういうのはちょっと違うかな、などと考えながら絵を描くうちに、自分はとてもその人の事が好きだったんだなと気づく。
人と関わるのを避けるように絵を描いているはずだったのに、結局は人が好きなんだなと思う。

絵を描く生き方

自分語りがしつこくて申し訳ないが、僕は絵を描くことでメンタル不調から立ち直った成功体験があるので、絵を描くという生き方を肯定せざるを得ない。

うつになって1年半社会生活から離れ、何もできなくなった時期に、次に始めた事が絵だった。
学生時代のことだったので、幸い家族にも頼ることができ、全てのタスクから解放された休学期間だった。
何にもやることが無くなった時、自然に絵を描き始めた。
絵を描いているうちに社会から肯定され、外に出ることができるようになり、復学も就職も結婚もできた。
今の生活は、あの時絵を描いていなかったら1つもなし得なかった。

これは、僕が今後ずっと絵を描き続けるのに十分すぎる成功体験だ。

「絵なんか描いていても…」と「自分にはこんな力があったのか…」を繰り返しながら、なんだかんだで描き続けられそうだ。
例え禁止されても絵を描く気がする。
それこそが自分のアイデンティティになってしまった。

思春期〜青年期は自分が何になりたいか、何をして生きていきたいかがわからなかったが、ようやく収まるところに収まったのだと解釈している。
絵を描ける能力自体は、誇示する程のものではない。
しかし、その能力を使って誰かを感動させたことに対しては、卑下しすぎても感動してくれた人への失礼に値する。
自信を持った方が良い。

他者に影響を与えることができる能力は存分に発揮して、せっかく生まれ堕ちたこの世で、好きなものを作って大暴れしたい。

僕も家族も友達も仕事仲間も愛した人も、どうせいつか死ぬ。
死んだ後にも焼かれない絵を、どこかの誰かが忘れたくないと思ってくれるものを、少しでも残したい。

絵の完成を待っている人の存在が、今すぐに死ねない理由になる。
だから描く。
愚かで弱い動機だが、この火種は様々な感情を巻き込んで大きなエネルギーになりうる。
消えないように大切に囲っておきたい。

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