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心浮き立つとんかつ日和

とんかつってなんて優美な食べ物だろう、と自分で揚げるたびに思う。小麦粉、パン粉、卵の衣をつけて、さらに油で揚げるんだから。

銘柄豚がお値打ち価格で売っていたのを見かけ、無性にとんかつが食べたくなった。それも、お店のじゃなくて我が家のとんかつ。本日は餃子の予定だったから少しだけ迷ったけれど、すでに頭の中でじゅわじゅわかつが揚がっている。よし、餃子は明日にしよう。冷蔵庫のしなしな白菜くん、頑張って耐えてくれ。

ピンク色の豚肉を軽く広げ、ゴリゴリと黒コショウのミルを回す。コショウはやっぱり挽き立てが好きで粒コショウに奮発してしまう。ぱらぱらっと多めに塩すればこれで肉の支度は整った。小麦粉、とき卵、パン粉をそれぞれジップロックに用意したらコンロをつける。

とんかつをするときの問題点、その1、洗い物。三段階の衣のせいで洗い物が増えてしまうのが億劫で、最近すっかりジップロック頼みになっている。卵とパン粉のつけ加減が調整できないのが惜しいけれど、小麦粉はむしろジップロックのほうがムラなくきれいに付けられる気がする。すべて一つのジップロックで済ませる究極に簡単なやり方もあるけど、一息に揚げられないとパン粉がどんどんしっとり水分を含むのが難点であまりやらない。

全部の豚肉を小麦粉のジップロックに投入しパタパタ手で揉み込んでまぶし、次いで一枚だけ抜き出して卵、パン粉へと進ませる。
小麦粉で真っ白すべすべになった豚肉は卵を纏ってトゥルンと艶めき黄色く染まり、そしてパン粉でまたモサモサッと白くなる。大小サイズの違うパン粉は卵を透かせて薄黄色、パン粉が強くて真っ白な部分とモザイクのよう。本当に、なんて手間暇かける料理だろう。この工程でまたしみじみ思う。ジップロックのおかげでだいぶ楽をしているのだけど。

ここでコンロに火をつけて、きゅ、きゅ、とパン粉を軽く押さえつける。ザクザク衣のパン粉の時は離れやすいから入念に、さらさらと細かいときはつけすぎないよう慎重に。とんかつのコンディションを整えながら、鍋からチリチリした熱気が伝うのを待つ。

とんかつをするときの問題点、その2、油。跳ねるし、油のにおいが残るし、処理も大変。これは逃れられないので、せめて少ない油で揚げ焼きすることにしている。最後に残った油を新聞紙で吸わせて捨てられるくらいの数センチ。

さて菜箸で油の温度を確かめて、第一陣、いざ参る。
ジュワワワッ………!!細かな泡と軽快な音が華やかに立ち昇る。油が少ないから半面は浸かっておらずちょっとだけ間抜けな見た目。そのうち音が落ち着いてきて、真っ白かったパン粉がだんだんキツネ色に変わっていく。茶色になるかならないかくらいでひっくり返し、散らばったパン粉くずをちゃっちゃとさらう。うっかりしがちだけれど意外と大事なコツで、焦げたパン粉がくっついちゃうと見た目も味も悪くなる。カスあげでちょいちょい回収し、火の通ったとんかつを引き上げ休ませておく。こんがり揚がったかつはほのかなキツネ色、ぴちぴちぴち油が小さく鳴いている。

ジュワジュワ~ッ……!!と第二陣を揚げながら、焼け石に水、コンロ回りを軽くふきんで拭いてみたりする。にょい~、と伸びるような油飛沫の感触に掃除の覚悟を固めていく。仕方がない。美味しいものには代償がつきものだ。
揚げ始めの油はきれいな薄黄色でいい匂い、カロリーなんて知らないよ、というくらい善良な顔をしている。仕方ない。美味しいものにはカロリーがつきものだ。

さて第二陣を引き上げて、ベンチタイムを終えた第一陣を再び油へ戻す。しゅわわわわ……と少し控えめな音に耳をすませ、衣が茶色くなったくらいで引き上げる。さてさて、揚げ加減はどうだろう?油が切れるのもそこそこにかつをまな板にのせて包丁を構える。サクッサクッ、軽妙で愉快な音が響く。うう、たまらん。六等分し終えた断面をひっくり返すとフレッシュなピンク色だった豚肉はしっとり蒸され、パステルピンクとコーラルベージュのグラデーションへと華麗なる変身を遂げていた。じわ、としたたる肉汁が透き通っていることまで見て取ったらもう、我慢の限界。

はぐっ!一切れつまみあげて噛り付く。ほわわわっとあふれる熱気と肉汁。うんうん。これ。これこれ。粗目のコショウがピリッと効いて、しっかり下味が豚肉の甘みを引き出して、揚げたてならではのふくよかな柔らかさ、サクサク、サクサク、ぴんぴん元気の良いパン粉が食感の幅を広げてくれる。ごくん、飲み込んだ後鼻を抜ける心地いい香りと喉元の満足感。

はっ、そうこうするうち第二陣が揚がってしまう。味見した一枚をいそいそとお皿に盛りつけ場所を開け、油のはじけるとんかつを取り出す。ここからは耐久レース。早く食べたい気持ちV.S.用意した分を揚げきりたい気持ちの攻めぎ合い。やっぱりこういうところはお店にかなわないなぁ。でもこの味のとんかつが食べたかったんだよなぁ。揚げる時間は暇でもあって、サクッ、サクサクッ、第一陣につい手が伸びる。おいしいからどんどん減っていく。味見が一番おいしいから仕方がないな。

ふふふ。そしてあえて苦労して大目に揚げたのは、翌日のしんなりしたとんかつもお目当てだから。パン粉がしっとり馴染んだ衣はとんかつとしての一体感を増しまして、また別格の食べ物だ。かつ丼にしてとじるか、あえて温めずにソースで食べるか、あ、かつサンドという手もある。

本当に、とんかつって、なんてすてきな食べ物だろう。