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万有引力

しまったっと思うより先に、2日前に買ったばかりのパンツがベランダから落ちていった。

曇りが多いこの地域で、久しぶりに日が差していたため急いで洗濯物を干していたがための事件だ。

この地域の日差しは貴重だ。30分でも日が差せば、布団を干しに部屋に帰ると地元の人間も言っていた。

その言葉は、私にとってかなり大きな衝撃だった。と同時に、教訓として一人暮らしを始めたばかりの私の頭の中に刻まれた。

それ故、このたびの日差しも一秒たりとも無駄にはしないと意気込んだものの、勢い余って手が滑りパンツがベランダから落ちてしまったと思われる。

パンツは中庭に落ちればいいものを、風の影響は一切受けず、まっすぐ落下した。しかも、運悪く1階の住人の洗濯物に引っかかっていた。

タオルくらいなら諦めたのに、よりにもよって買ったばかりのパンツとは。

放置するにも、他人のパンツが、自分のTシャツの肩に引っかかっているのは一階の住人にとっては気味が悪いことだろう。

中庭に入って、パンツだけ気付かれないようこっそりと回収しようかと企む。しかし、そのためには、7部屋のベランダの前を通り抜けなければならない。運悪く1階の住人に見られたら、完全に泥棒の中の最下層、下着泥棒の汚名を着せられるのは間違いない。

この事件の解決策を考えようと、冷静になるため部屋に戻った。

やっぱり恥ずかしながらも「洗濯物が落ちたので、取らせてください」って素直に言おう。人間素直が一番だと、心に決めたとき、外から声がした。

「パンツ落ちてますよ!」

ベランダに出て下を見ると、真下の住人が大きな声でまっすぐ私を呼んだ。

急いで玄関を飛び出し、1階の部屋に向かう。

(別に、でっかい声でパンツって言わなくてもいいじゃん)と心の中で毒づきながらも、インターホンを鳴らして、扉が開くのを待った。

ゆっくり扉が開き、私より少し年上だと思われる女性が、右手にパンツを持って出てきた。

「窓の外を見てたら、黒いものが落ちてきて。見たらパンツでした!」とハキハキと状況と語り、笑いながら私にパンツを渡してきた。

私は、顔の真っ赤にしてうつむきながら「あっありがとうございます」とこれ以上ないくらい早口でお礼を唱え、パンツをむしりとったと同時に一礼をして、扉を閉めた。

これからは、パンツは部屋の中に干そう。

そして、しばらくは下の住人に気配を悟られぬよう息を殺して暮らしていこうと心に誓った。

その誓いが功を奏したのか、私と彼女が面と向かって言葉を交わしたのは、その一件だけだった。

私がその部屋に住んでいた4年の間に、いつの間にか下の住人は変わっていた。誰が住んでいて、いつ出ていったかもわからない。

しかし、パンツが落ちたことをきっかけに、言葉を交わした人がいたということは、まぎれもない事実だ。

そのパンツはいつの間にか捨てたので、今となってはどんなパンツだったかもわからない。拾ってくれた彼女の顔も、覚えていない。

彼女は今も、パンツが落ちてきたことを覚えていてくれているのだろうか。

覚えているなら、早く忘れてほしいものだ。

そう思いながら、今日もパンツを部屋に干した。

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