羅生門 続き
再稿
外には、ただ、黒洞〻たる夜があるばかりである。
下人はその夜の中を駆けていった。どこに行けば良いのか、どこへ行くのが正解なのか。わからないまま、足を進める。
ぽつり、ぽつりと雨が降る。下人は、老婆の身ぐるみを合羽がわりに自身を覆った。どこで雨宿りをしようか。そう悩んでいると傘が差し出された。
「よければお入りください。」
可愛らしいく、か細い声が聞こえる。寒いからか、緊張しているのかわからないが、震えていた。
「ああ、ありがとう。」
下人は名前が聞きたいと思った。だが、名を聞けば、自身の身分も明かさないといけないような気がして嫌だった。あえて何も言わない沈黙を続ける。
「あの、なぜここに?」
「なんとなく夜風に当たりたくなって。」
当たり障りもない返事をした。
「君こそ、なぜここに?」
「私は、月が見たくて。」
「月?」
下人は聞き返した。
「そうです。それを悪だと思いますか。」
「いや、素敵だと思う。」
こんな雨の日に月なんて見られないだろう。その言葉をそっと封じ込めた。
「良い月は見られたかい?」
下人は聞いた。
「いいえ。見ることはできませんでした。」
「そうだろう。家まで送ろう。こんな時間に一人で出歩いていたら危ない。」
先ほどまで、盗人になるか悩んでいた男とは思えない言葉だ。これは、良い人に部類されるのかもしれないが、生憎自分は良い人ではない。先ほどまで常人とは思えない老婆と話していた。私は、ぼんやりとした不安を抱えている。女性に打ち明けたいわけでも、その雰囲気を纏いたいわけでもない。
「ええ。では、送ってもらいましょうか。」
続けて、
「私、実は一目惚れをしてしまったのです。貴方に。」
ぷるりとした唇が動く。下人はハッとして女性と視線を合わせる。
数年後
下人は、また羅生門に舞い戻ってきた。
あの後、あの女性とは一度結ばれた後、別れた。女性は下人には綺麗すぎたのだ。盗人になろうか悩んだ。その挙句、自分のターニングポイントである、ここにも戻ってきた。
ここには、思い出がある。ここで老婆に出会わなければ、女性に会うことはなかっただろう。上へ上がる。この腐臭に少しばかりの懐かしさを感じる。何か金目のものがないか探す。
その時、どこかで物音が聞こえた。
「おのれ、どこへ行く。」
慌てふためいて逃げる下人を見下ろしながら、男は罵った。
「何をしていた。」
その言葉に下人は覚悟して、太刀に手をかけられるのを待った。
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