見出し画像

イスについてのカス論考




イスっていいっすよね。

フックはこの辺にしておいて本題に入ろう。

読者の皆様方はイスというものについて興味をもったことがあるだろうか。

あるという方もいれば、自分のケツが汚れないために使う木材(たまに鉄)の集合体に興味なんて湧くわけないだろと言う方もいるだろう。かく言う私も後者に属していたが、近ごろその信条が揺るがされている。


『ル・コルビュジエの家』という映画を観た。20世紀を代表する建築家ル・コルビュジエが設計した南アメリカ大陸の邸宅クルチェット邸が舞台となっている。


そこに暮らす主人公のレオナルドと、隣家の住人ビクトルとの隣人トラブルを描いたブラック・コメディー映画である。

正直に言うと、映画というより103分の映像インスタレーション作品を観ているような感覚に陥った。レビューサイト等を覗くと「シュールな笑い」というキーワードが散見されたが、笑いどころはドコ?と思ってしまう場面が多々あった。

如何せんアルゼンチン映画には全くと触れてこなかったので、自分でもうまく消化しきれていない部分がありつつ、そういうものかと割り切るしかなかった。

この映画の主人公ビクトルは椅子のデザインで世界的な成功を収めている。弟子のデザイナーが作った椅子に対して好評を行う場面や、特徴的な椅子が作中に多く見られた。ここまで露骨にアピールされると私も調べたくなる性分である。

鑑賞後すぐsafariで、「イス おしゃれ」で検索をかけた。ところが出てきたのは陳腐な素材でできた「映え」そうな椅子ばかりであった。

違う。私が求めているのはこういうものではない。

しばらくインターネットの海を揺蕩っていると、劇中の椅子たちは所謂「デザイナーズチェア」と呼ばれていることが判明した。検索上位にあった「有名デザイナーズチェア~選」といういかにも初心者向けのサイトに、吸い込まれるように手が伸びていた。

実際、多種多様なデザインや素材の違いなどに目を向けるのがとても面白く、自分も欲しいと思いつつも値段を見て実現できないと感じた。
一通りサイトを閲覧して2つの考えが頭をよぎった。「なんで建築家がイスを作ってんだよ」と「見たことあるぞ」である。

まず前者の問題解決に尽力した。建築家がなぜイスに魅力を見出しその制作なんかしてんだよという疑問だ。これに対して明確(私にとっては)な回答があった。

建築家である伊東豊雄の『建築の仮設性』からの引用であるが、「椅子ひとつで場所が発生する」という言葉がある。

このことを踏まえると、椅子自体が空間を形成してしまうほどの存在感を醸し出しており、椅子をデザインすることと建築を設計することが限りなく等しい関係にあると感じる。

椅子は「ちいさな建築」と呼ばれており、空間に調和したデザインが求められる。その一方で、椅子は椅子という機能を果たすことで成立しうる。そのため、座り心地や機能性というものも考慮する必要がある。

建築家は理想のデザインを追求しながら、強度を保った椅子を創造するという相反するように思える信念と格闘しなければならないというわけだ。


奥が深い。この言葉自体浅すぎると思うが、自分の背丈の半分にも満たない大きさのモノにここまで引き込まれるとは正直考えてもいなかった。


ここでもう一つの疑問について考えてみる。私はこのデザイナーズチェアというものを実生活の中で見たことがあるのである。一見私の人生とは無関係に思えたのだが、実際に見たことがあるのだ。

私はよく名古屋久屋大通沿いにあるセレクトショップに足を運ぶ。マジで月1回は行っている。そのせいでお金が貯まらないことは本題から逸れるので、この話はまた今度にしよう。

その店に目を引く椅子があった。木材と藤でできた椅子は、その店では服が整然と積まれており、靴の試着時には実際に座ることができた。(ちなみにその椅子は数種類ほどあり、肘掛けがあるもの、はたまた無いもの、ベンチ状のもの等が見られた)

妙に興味を惹かれる椅子だったが、デザイナーズチェアについて調べているときにその正体が判明した。スイスの建築家で、ル・コルビュジエの従兄弟であるピエール・ジャンヌレの作品だったのだ。

ここからは、ジャンヌレのプロダクトの再生産プロジェクトを行っているインドの工房「ファントム・ハンズ」社の日本版ホームページからの引用になる。

引用: ファントム・ハンズ日本版ホームページよりhttps://pierrejeanneret.jp/about/

ジャンヌレは1950年代初頭にコルビュジエと共にインドはパンジャーブ地方の新都市チャンディガールの計画に参加した。コルビジュエがチャンディガール都市計画を引き受ける条件の一つとして、ジャンヌヌレが現地で監督を行うことを挙げた。

ジャンヌレはこれに承諾し、都市空間、建築物、さらには家具までを総合的にデザインするという重要な役割を担った。コルビュジエが去った後も、インドの近代建築の発展に大きく寄与してきた。

当時、大量の家具を必要としたため、ジャンヌレは現地インドで入手可能な材料を用いて図面と大まかなアドバイスのみで制作可能なデザインを考案した。

主にはチークの無垢材を採用し、様々な工房の職人に制作されたため、同じ図面から作られたのに、大きさや比率、部材の太さや角度等が異なる作品が多く生産された。

引用: https://pierrejeanneret.jp/product/ph45/

おそらくそのセレクトショップに置かれていたものはリプロダクト品だと思えるが、何の気なしに座った椅子にこのような背景があるのを知ると、得も言われぬ気持ちになる。


ここまで考えを張り巡らせてみると、デザイナーズチェアに限らず、「椅子」というものに何か愛着というものが湧いてくる。

卒業式等の式典用に体育館にきれいに並べたパイプ椅子、ショッピングモールで歩き疲れた際にオアシスのように感じる小さなソファー、どの美術館に行っても必ずと言っていいほど置いてあるバルセロナチェア。(このバルセロナチェアはこれまでに座ってきた椅子の中で一番座り心地が良かった)

ミース・ファン・デル・ローエのバルセロナチェア

椅子という言葉一つで纏めることができないほど奥行があり、そこに物語が発生しているように思える。

読者諸君も椅子を見かけたら、ぜひ思いを馳せながら腰かけてほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?