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15年経って、初めて逢えた文通相手。

みなさんは文通ってしたことありますか?

私は中学、高校時代にマイブームが文通でした。
文通相手を探す方法に選んだのが、某雑誌の「文通しましょう」コーナーに投稿し、メッセージと住所や本名をそのまま載せてもらう、というもの。(個人情報保護法の関係で今はもう無理なんだろうなw)

当時の私の趣味はピアノにアニメ・漫画、イラスト、創作など。
「同じ趣味を持つ人と手紙のやり取りがしたい!」と熱いメッセージを送ったのを覚えています。
そして、返事が来た人のなかから、10人くらいと文通をしていました。

文通相手がいる場所は、広島、東京、愛知、山梨、青森などさまざま。
お互いのイラストや作品を送りあったり、プリクラを送ったり、家電で話したり、直接会ったことはなくても、距離を近くに感じられる人たちでした。

そのなかで、特に身近に感じていたのが、青森に住んでいるMちゃん。
趣味が合うのはもちろん、同い年で、結婚した時期も近く、連絡手段が手紙からメール・LINEになっても、ゆるゆるとつながっている人です。
愛知に越してからは距離が近くなったので、毎年のように「会いたいね」と言っていたのですが、なかなかタイミングが合わず……。

でも、今年のはじめに絶好のチャンスが訪れました。
単身で東京に行っていたのですが、1日ちょっと予定がフリーになったのです。
予定もないしホテルでゆっくりして、仕事でもしようかなと思っていたのですが、ふと「東京からなら青森に行けるんじゃない?」と思いつきました。

陸路・空路での行き方を調べると、「行ける」と確信へ変わりました。
すぐにMちゃんに連絡を取って、予定を聞いてみました。
すると、奇跡的にMちゃんも滞在予定時間中だけ空いていると言うじゃないですか!

「これは今日行くしかない」と出発の2時間前に東京から青森行きを決めました。

ちなみに行きは上野→新青森の新幹線。
帰りは青森空港→羽田空港の飛行機予定でした。

東京での用事が終わり、はやぶさに乗って一路青森へ。
初めてのはやぶさにも心が踊り、やっとMちゃんに会えるということにもワクワクしていました。

仙台を過ぎ、盛岡を過ぎ、いよいよ青森へ。
Mちゃんとは
「仕事終わったよ、今から新青森向かうね」
「いま盛岡過ぎたよ。あともう少し」
などとLINEでやりとりをしながら、再開するそのときを待ち遠しく思っていました。

「黒いコートに帽子かぶってる。改札出たところで待ってるね」
「駅着いた!今から降りるね」
はやる気持ちを押さえながら、ホームの階段を降りていきました。

第一声はなんて言おう。
なに話そう。
そんなことを思いながら、視線をあげると、その先にMちゃんが。

会ったことはなかったけれど、すぐに本人だとわかりました。

改札を出て「Mちゃん」と手を振りながら駆け寄りました。
第一声を発そうとすると、それより先に自然と涙が。
話そうとするのですが、それよりも「会えて嬉しい気持ち」がこみ上げてきて、泣けてしましました。

「やっと逢えたね」
「なっちが青森いるよ、すごいね」
「嬉しいーー」
と改札前でしばし感動の対面タイムを過ごしました。

まずは、青森名物食べよ!と一緒にごはん。
そのあとはMちゃんの家に行き、夜中の3時くらいまで6時間以上語り明かりました。

文通を通して知り合い、15年。
趣味の話は手紙でしていたけれど、お互いの経歴や結婚話、仕事の話など、実際に顔を見ながらいろいろ話し、一気に15年逢えなかった分の時間を埋めていった感覚でした。

青森の滞在時間は17時間ほどと短い時間でしたが、思い切って行ってみて本当によかったなと思いました。
自分のフットワークの軽さを褒めてあげたい(笑)
(帰りは雪が降り、強風の影響で飛行機が飛ばず、あやうく帰れなくなるところでしたが、急遽新幹線に変更し、陸路で無事帰れました)

愛知に帰宅後は、結婚してからMちゃんにもらった手紙や、昔もらった作品などを眺めなおして、余韻に語っていました。

年賀状は毎年欠かさない私ですが、機会があれば、まただれかと文通したいなと思わせてくれるできごとでした。

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