12週と3日間~稽留流産を経験して②

稽留流産の診断から2日目。
(今日手術できるのかな…。)
昨日、かかりつけ医の先生が直接国立病院の先生に電話を入れてくれたので、電車とバスを乗り継いて国立病院へ。
1人で行けるかな…と思っていたら、旦那さんが今日も仕事を休んでくれた。職場のパートさん、神対応。シフト変わってくれてありがとう!

バスの中で旦那さんが言った。
旦那「もう二度と謝らなくていいからね。あなたとは一蓮托生だから。」
 私「…一蓮托生って何?」
私はそこそこの進学高校を卒業しているが、地元のふつーの高校を卒業した旦那さんの方が数倍語彙力が高くて、日常生活でも「それどういう意味?」と一発で私に伝わらないことが多々ある夫婦。笑
ググってみたら、その意味に感動。
一蓮托生。いちれんたくしょう。…そう言ってくれて、ありがとう。

受付をして、旦那さんと一緒に産婦人科へ移動。
待合室にはお腹の大きなお母さんたちや、泣いている新生児を笑って抱っこしてお母さんの診察を待っているいるおじいちゃんとかがいて、(あぁ、私もこうなりたかったはずなのにな。)と素直に思った。
旦那さんをお父さんにしてあげられなかっただけじゃなくて、両親をおじいちゃん、おばあちゃんにもしてあげられなかったんだな、私は。

呼ばれて診察室へ入ったら、私と同年代の、とても若い女の先生が座っていた。(この人が、私を助けてくれるんだ)と思ったら急に安心して、涙が止まらなくなった。
診察してもらって、「昨日と状況は変わらないですね。お辛いと思いますけど、最後にエコー見ますか?」と言われて、お願いした。
先生「これが、頭、胴体、手、足。本当ならここに心臓が動いているんだけどね。」
昨日のエコーはぐったりしていたけど、この日は両手両足をいっぱい広げて、こっちを見てくれていた。心臓は動いてないけど。最後に元気そうな姿だけ見れてよかった。

その後、今後のことを、先生と私と旦那さんと相談した。
最初に先生が「話が長くなる」と言っていたけど、本当に長かった。
後ろで診察待ってた患者の皆様、すみません。
でも、涙目の私を見て、待合の患者さん達も不安そうに私達夫婦を見守ってくれていた。すみません。皆さん巻き込んですみません。

この”今後のこと”で、急な選択を迫られることになった。

まず「心拍が止まったのは11週3日辺りだろう」と先生が推測してくれた。
実は、11週1日の夜、ちょっとした出血があって、ちょっと心配だったけど、これくらいの出血ならよくあることらしいし、放っておこうと思った。
翌日は会社に出勤。出血は減っていたから、まぁ大丈夫かなと思ったけど、(念のため、病院行くだけ行っておくか…)と思って、会社の近くの産婦人科で診てもらった。その時は、赤ちゃんがさらに成長していて、心臓もはっきり動いていて、その時の先生も「膣部びらんからの出血で、子宮の中は出血もないし、赤ちゃんも元気だよ!ひとまず安心して、それでも出血止まらないなら、また診てもらってね」と教えてくれた。
国立病院の先生が「その時のエコー持ってますか?」と聞いてくれて、私は今朝なんとなく(今までのエコー写真、全部持って行っておこう)と思ったから、手元に持っていた。確認してもらったところ、この会社の近くで診てもらった直後に、心拍が止まったのだろうと。
その時私は(会社の近くの先生の診察が悪かったのか!?)なんて思うことなく、きっと赤ちゃんが(最後に生きてるところ、見といて!)って、私を病院へ足を向けさせてくれたのかな、と思った。本当に、最後に見た生きている時のエコーは、赤ちゃんも心拍も元気に動いていた。その後、心拍が止まるだなんて、誰も予測できなかったんだろうな。仕方ない。仕方ない。

問題はここから。
11週までの流産は手術で子宮の中身を出してしまう方法をとるのだけれど、今回心拍停止の確認したのが12週。12週以降の流産は、陣痛促進剤を使って通常の分娩と同じように、赤ちゃんと胎盤を外に出す方法を取るという。
先生「今回の流産は11週に起きたと思うけど、あくまで推測。それに、12週と数日違うだけで、手術一択にするのもどうか…という思いもある。手術か、お産か、どちらにしますかという相談です。」
前日から旦那さんは、「母体が一番安全で負担にならないようにしよう」と言ってくれていたので、どちらが安全で負担が軽いのか聞いた。
①まず、手術を選択した場合。
メリット)全身麻酔で眠っている間に手術が終わるので、精神的な負担は少ない。
デメリット)赤ちゃんが成長しているため、1度の手術ですべてが取り除けるかわからない。子宮に取り残してしまう可能性もある。子宮も大きく柔らかい状態になっているので、手術の器具で子宮に傷がついてしまったり、穿孔の可能性もある。結果、次の妊娠に不利な状況になる場合もある。
②続いて、お産を選択した場合。
メリット)手術と違い、子宮が傷つく等の心配はない。
デメリット)数日かけて、陣痛促進剤を使って、陣痛を起こして、通常のお産と同じ工程で赤ちゃんを出す。簡単そうに聞こえるが、大変な思いをするし、精神的負担は尋常じゃない。
「母体が"安全"で"負担にならない"」を両立するのは難しかった。

(え、どっち?今決めるの?)
「11週だったから…と割り切って」と先生と旦那さんは手術に傾いていたけれど、私はどこかで(産んであげられないのか?)と引っ掛かった。だって、ここまで大きく、ちゃんと人の形に育っているのに、手術でぐちゃぐちゃにされるのはかわいそう…。
そう私が口にしたわけではないけど、黙っている私から何か感じ取ったのか、「どちらを選択しても、想像しているようなご対面にはならないと思います。」と優しく教えてくれた。

そしてその場で、私は「手術にします」と決めた。
私の場合、赤ちゃんと子宮の状況から見ても、リスクが高いことを再度確認された。それでも、手術を選択した。きっとこの先生なら大丈夫。うまくやってくれるはず。それと、急に家で、会社で、外出先で1人いるときに、大量出血して流産が始まるのが怖かった。その方が、私も赤ちゃんも辛いと思った。かかりつけ医の先生も、それを1番心配して、手術を勧めてくれていたことを思い出した。
私「先生、できるだけ早く。早くお願いします。」
その場で、先生が入院とオペの手配をしてくれて、翌日昼から入院。夕方に子宮口を開く処置をして、翌々日の朝にオペと決まった。
私は、「ハイ、ハイ、お願いします、わかりました」と答えておきながら、全くスケジュールが頭に入っていなかった。旦那さんが全部スケジュールを把握して、入院に必要なものもリストアップしてくれていた。旦那さんに来てもらっていてよかった。

よく考えたら今朝は、今日手術して今日帰れるかと思っていた。だから朝から私は何も食べていなかった。まさかの1泊2日の入院。術後の経過が心配だから2泊3日かもとも言われた。13時過ぎから入院に備えて血液検査、心電図、レントゲン、入院手続き…気づいたら終わったのは15時だった。お腹空いた。てか、こんな時でも人間お腹空くんだな。そういえば3日前くらいから、つわりがピタリと止まっていた。自分は人間なんだなぁというか、動物なんだなぁと思った。

病院を出て、私は入院準備。旦那さんは入退院と手術の立ち会いで休めるように、最低限の仕事を片付けに職場へ。

私も職場へ10月いっぱい仕事を休むことを連絡した。部長と、一緒に仕事をしている先輩の2人だけには、「何かトラブルがあったら迷惑をかけるかもしれないから」と妊娠の報告をしてあった。本当にトラブるとは思わなかったな。
部長が電話の向こうで涙声で「そうかー。そうかー…。んー…」と、私にかける言葉に迷ってくれていた。会社の人まで辛い気持ちに巻き込んで、申し訳ない。申し訳ない。「こっちはうまくやるから、自分のことだけ考えや!」と言ってくれた。
先輩は女性なんだけど、「えーーーー!」と驚いたあと、普段と変わらないテンポで今の私の状況を確認してくれて、「こっちは任せて!自分の身体を1番に考えて!」と言ってくれた。これはまた心強かった。先輩にまで落胆されると、私のせいで周りに辛い思いをさせてしまったと自分を責めたと思う。いつものテンポで優しく話してくれたのは、先輩なりの配慮だったのだと思う。感謝。

私は本当に人に恵まれているのだけれど、それをまた再確認できた。私と旦那さんの周りには、家族に職場の人に、本当に温かい人たちばかりだ。それなのに、どうして私たちの赤ちゃんは、生まれることをやめて帰っていったのかな。うち、優良物件だと思うんだけどなぁ。ねぇ、どうして生まれることをやめて帰っちゃったの?というか、亡くなっているのに、どうして私のお腹にとどまってるの?居心地いいからじゃないの?なんで心臓止めちゃったの?

なんでなんでと思いながら、耐えられなくなって、友人1人にだけLINEで話をしてしまった。1人で抱えて、感情がマヒし始めたら危険だと、うつ病でどん底に陥った時に学んだ。「迷惑な友人だな、私は」と思いながら、友人に連絡をしたら、すぐに返事をくれて、電話までかけてきてくれた。こんな重い話するんだから、できるだけ明るく、「自然淘汰だから仕方ないんだけどね~!てか、入院するの!手術なの!超ビビってるんだけど!」と話した。そしたら友人が「あなた、詰めば詰むほどハイになるんだから」と言ってきた。「元気そうにしてるけど、あなた今危ないからね、それ。」この友人は私より私のことを知っている。「このことは簡単に処理できないし。こんな辛い話に周りを巻き込むわけにいかないと思って、明るく振舞わなくていいんだからね。その、人に明るく振舞う行動も無意識だろうし、あなたの性格だろうけど。決して無理はしなくていい。」と言ってくれた。あと、手術にあたって、「すべて医療従事者にお任せする気持ちで向かえ」という心構えも教えてくれた。もう私は自分で、自分の身体とこの赤ちゃんをどうすることもできない。だからもう自分を責めることはせず、「先生、看護師さん、頑張ってください」という気持ちで行けと。この教えは私の支えになって、入院と手術への不安が軽くなった。最高の友人だ。私は友人にも恵まれた。ね、なのにどうして君は生まれなかったのかね(笑)生まれて来たら、たくさんの人があなたの誕生を祝福してくれただろうに。

電話を切ったら旦那さんが帰ってきて、一緒に入院準備。
書類にいっぱい署名した。こんなに自分の名前を書きまくったのは、入籍したとき以来だ。結婚して1年半。こんな辛いことが起きるとは、結婚式の時、思いもしなかったよね。一緒に私のうつ病乗り越えて、もうこの先幸せしかないと思ってたのに。でも、手際よく家事を片付けていく旦那さんを見ていて、「この人と結婚してよかった」と心の底の底の底から思った。私が言うのも変だけど、あなた、私を護るために産まれて来たよね(笑) さだまさしさんの「いのちの理由」という歌の最後の歌詞、そっくりそのままその通りだわ。流産して悲しみの中にいるけれど、旦那さんと結婚してよかったという幸せな気持ちも並行しているという、不思議な夜だった。

明日はいよいよ入院。
晩御飯は病院食でるかな?術前だから絶食かな?それだと、お昼ご飯が最後になるから、何食べる?…なんて言いながら、寝たのは夜中2時半だった。

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