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月が赤かったので、セフレに告白した


ヤリマンも、誰かを好きになったら告白する。


月を見ると、ちゃんみなの「Never grow up」という曲が聴きたくなる。LINE交換したホストが、「ちゃんみなの『Never give up』いいよな!」と言ってきたことがあった。こいつはこの曲の良さを何もわかってない。一生応援歌と思ってろと、ブロックをした。


いつかはこんなにも悲しい夜が来ることなんか最初からわかってた


最初から遊びで近づいたのは、わたしの方だった。でも、


月が綺麗だね






昼まで寝ていたが、LINEの通知音が鳴って起きる。

6月6日の明け方に見られる満月はストロベリームーンです。とてもパワーを与えてくれる月なんですよ

一度、血迷った時にLINEで恋愛相談をした占い師からの宣伝だった。

ストロベリームーン、聞き覚えがある。二年前、ある男に告白した前日の月が、ストロベリームーンだった。

ストロベリームーンを好きな人と一緒に見ると結ばれるんですよ

月や星座についての長い解説をスクロールすると、そう書いてあった。月を一緒に見ることができる関係など、もう結ばれているも同然じゃないのか。

二年前、一人寂しく月を見上げていた。赤く燃えているその姿を見て、ある男に告白をしようと決心をしたのは確かだった。それはよく覚えている。



行きつけの飲み屋で、「明日、好きな男に告ろうと思う」と、ハイボールを両手で抱えてちびちびと飲みながら隣の客と店員に話題を出した。

「今回はどの男ですか?」

これはいつも通りの会話。わたしは当時この酒場で、どんな男と出会ったか逐一報告するのがお約束のようなものになっていた。

「15回以上セックスした男」

「わりと会ってたんですね。長いんですか」

「トータル、三ヶ月くらい。だから、他の男と会わなくなったよ」

彼が、頻繁にわたしと会おうとするものだから、他の男と会う価値がわからなくなっていた。新規の男も探さなくなった。

回数を重ねれば重ねるほどセックスは良くなる。ちんこの大きさも好みではなかったのに、馴染んで仕方がない。どうして彼はこんなにもわたしを濡らすことができるのだろうと、ぴちゃぴちゃと水たまりを作るかのような手マンを魔法ように思っていた。

会うたび惹かれていくのは止められなかったし、向こうも他の女はいないのかよと思うほど何度もわたしに会いに来る。

人はそれを「セフレ沼」とでも称すのだろう。ただ、そんなんじゃないんだとは言いたい。セックスから始まった関係で、わたしは毎回感情の制御は十分なくらいかけてきた。こいつは沼らせてきているという奴ほどそっけなくしてきた。その警戒心を見事なほど解いて、恋愛感情を生み出させた人はなかなかいなかった。

彼のことを好きかもしれないと認めざるを得なくなった時、セックス以外にどこが好きかということを真剣に考えた。たとえ離れて暮らして彼とセックスしなくなったとしても、彼の「人柄」が好きだと断言できたから、正直に告白することを決意した。曖昧な関係のまま彼を失いたくなかったし、好きとも言わない関係のままでいる方が苦しいと思った。好きと言って嫌ってくるような相手ではないというのも、わたしにはわかっていた。ただ、相手が同じような「好き」かは、わからなかったし違うんだろうなとは思っていた。




初めてデートをしたのは、テラス席のあるピザ屋で、わたしはこの上ないスリルを感じながら食事をしていた。

店員に教え子がいた。よく泣いてわたしを困らせてどうしようもなかったあの子が、店員として立派に働いてるのは感動に値するが、それよりも男の人と一緒にいるのを見られたくない気持ちでいっぱいで、食事に集中できなかった。

「あと一切れ、あげる。食べて」
「いいの?俺の方が多く食べちゃうけど」

マルゲリータを申し訳なさそうにたいらげる彼の背にいる店員が、厨房に入った瞬間を見計らって、「そろそろ次に行こうか」とお会計を促す。

ジェットコースターに乗るなどのスリルを感じることを一緒に体験すると人は恋に落ちやすい。そんな吊り橋効果が最初のデートでも発生していたんだと思うと、彼に恋に落ちてしまうのは必然だと思った。ただ、向こうは何もスリルは感じていないけど。


二軒目のBARは彼の行きつけの店を紹介してもらった。わたしは今でもそこで一人で飲むこともある。彼が教えてくれたウイスキーの味も飲み方もいつまで経っても嫌いになれない。

「このお酒美味しいよ」「こっちの飲んでいいよ」

散々お互い飲みものを交換して飲んだあと、彼はわたしの家に遊びに来た。ただ、家に入れるなり彼は、ソファですぐ寝てしまった。コンビニに寄ってワインを買ったのに、結局開けていない。

なんだ、せっかく家に入れてやったのに抱かないのか。とても好きな顔だったので、今日は楽しい夜になると思ったのに。わたしはシャワーを浴びて、一人でベッドに入る。

朝方、四時頃。もぞもぞと布団の中に侵入してきて、背中から抱いてくる。始まるのかな?と思いきや、背中に手が入れられただけで、まだ彼は寝ぼけたままだ。

後ろから抱っこされたままで三十分ほど経って、結局今日は抱かないんだと思っていたら、じわじわと手を胸のところまで持ってきた。キスが始まって、「ああ、これこれ。欲しかったのはそれ」と思いながら、わたしはやっと始まったセックスを、出勤時間の六時になるまで噛み締める。



飲み会が終わって遅くなった日。電車に乗っていると彼から「今何してるの?」と連絡があった。こんな終電間際に連絡してくるとか、クソ男すぎると通常は思うが、やりとりをしていたら同じ電車に乗っていることがわかった。ホームに降りて、「おう!」と彼は声をかけてきた。

コンビニでカタ焼きそばを買って、家に帰って二人で分けた。海老が、三つしか入っていなくて、一個ずつ食べて、最後の一個を彼があーんしてくれた。



彼とは何回もお互いの家を行き来した。ベッドに入るといつも二人とも普通に寝る。シャワーを浴びて、パジャマを着て、セックスする準備は万端なのに、二人とも布団に潜ると寝る。

「今日はしないの?」
「いつもするじゃん」

とは言いつつ寝る時もあるが、今日こそ何もしないのかな?と思いながらも、毎回結局、朝方始まるのが彼とのセックスの定番だった。

週末にゆっくりするときもあったが、会う頻度も高かったので平日は遊びに来た方が始発頃に家に帰って、出勤する。

楽しかった。遊びとはっきり割り切っていないところもあるような、でも遊びなんだと割り切ってもみる大学生のように、幼さと大人じみた部分が共存している。久しぶりにやって来た青春のようだった。


何度も何度も会ったある日の朝、彼の家から出ようとわたしは着替える。まだ仕事が始まるまで彼の方は時間があるので、ベッドで寝ているのを起こさないように、わたしは部屋を出ようとした。彼がわざわざ起きてきて、半分も開いていないとろけた目をしながら玄関でキスをした。「行ってらっしゃい」と言う。

何気ない動作だったが、ときめく心を抑えられはしなかった。「わざわざ起きなくてもいいのに」と抵抗するのが精一杯だったが、エレベーターの中でにやけが止まらなかった。

あとで、「ごめんね、さっき寝ぼけてて」と、LINEがあった。




告白が、成功するとはあまり考えなかった。セックスから始まった関係、わたしだって向こうだって非があるし、「付き合いたい」という気持ちはもちろんあったが、ちゃんと「好き」だと伝えたいという思いの方が強くなっていった。

わたしは負けてしまった。セフレを好きになることもあるのだと、観念した。ここまで好きになるように落ちてしまった、自分への覚悟は決めようと思った。今まで他の、テキトーに出会った人と比べて、彼への想いの深さは段違いだった。

彼とは、ほぼ三ヶ月一緒に過ごしたが、実際彼は出張でわたしの住む地域に一時的に来ているだけで、任されている仕事が終われば、地元に帰ってしまう。だから、マッチングアプリで出会った時も、短い関係でありがたいなんてことを思って、わざとマッチしたのに。最初から遊びを望んでいたのは、確実にわたしの方だった。


当時はいろんなものに迷っていて、普通の友達を頼っても「頑張って告白しなよ!」と人ごとのように言うだろうし、裏垢の友達を頼っても「それはセフレ沼だよ。落ち着け」と言われるのもわかっていたので、ふと目に入った占いに頼った。こういう時は、確実な解決策などないのだから、第三者の言うことに背中を押されてみた方がいい。

彼と離れるのを拒みなさい。地元までついていくつもりでいなさい。

笑えることを言われたが、ナイスアイデアだと真に受けた。


ストロベリームーンが味方してくれたのか、そうでないのかはわからないが、赤く赤く燃える月は、力が湧いてくるようで本当に綺麗だった。「綺麗だね」なんて画像を送ろうと思ったが、わたしは明日告白するのだから、いいやと思って我慢した。自分の言葉で「好き」と言う。



彼が新幹線に乗ると言うので、見送りをする約束をした。

「見送りされるなんて初めて」

と嬉しそうに喜ぶ、そんな彼の笑顔の意味が分からなくてわたしは不安だ。

新幹線の改札で待ち合わせをする前、「今どの電車に乗っている?」と連絡をしたが、同じ電車に乗っていることが判明して、電車を降りてホームを探したらすぐ出会えた。前も同じことがあったなと、どうしてこんなに運命を感じることばかりなんだと、わたしは喜んでいいのか騙されるべきではないのか、この人との相性のよさに困ってしまう。

うまくいかないのなら、こんな偶然いらないのに、神様はどうしてこんな悪戯を仕掛けてくるのだろう。簡単には恋に落ちないわたしを、運命というものはわたしのままで居させてはくれなかった。


新幹線の切符を買おうとする彼に対して、わたしは衝撃の一言を発した。


「わたしも、一緒に乗る」


普通に考えれば、気持ち悪い。普通に考えなくても、気持ち悪い。占いで言われたから従うというわけでもなくて、何となく断られる気もしなかったので言ってみた。彼の人柄をわかっているから、わたしは彼を好きになったのだ。ここで彼は、おそらく拒否はしないと思った。

案の定、「え?いいの?じゃあ、指定席にする?」という反応だった。

あまりにもすんなり受け入れられたので、わたしの方がびっくりしている。わたしがお前の地元に行って何をすると思っているんだ。


新幹線に乗る前に、コンビニで買ったサンドイッチを、座席で開いて半分こしてくれる。こういうところが好きだし嫌いだった。

いくら酔っ払っていても彼はいつも、自分一人で食べることを考えず、わたしとご飯もお酒も半分こしてきた。最初のデートでピザを分けた時も、多めに食べるのをとても申し訳なさそうにしていた。カタ焼きそばの海老をくれる、そんな優しさでさえ刺さってしまうわたしは弱い人間だろうか。そんな優しさをいつまでも忘れない、ただ情の深い人間だと誰か捉えてくれないものか。

わたしのことを好きじゃないなら、自分のことだけを考えていればいいのに。いつも半分こにしないで、セックスだけしに来てくれて全然構わなかったのに。


それなりに緊張していたので、どうやって告白したかって、正直あんまり覚えていないけれど、新幹線の車両の中で、筆談で会話していたのは記憶している。周りにも乗客がいるので、こっそり話せるように、わたしがノートを持って行った。彼のいいところを書いたり、今までの楽しかったことを確認したりした。

指定席の、二人掛けのシートが取れなかったため、三人掛けを選んだが、降りるまであと一席誰も座らないでくれと祈るばかりだった。今までたくさんの時間を二人で過ごしてきたくせに、たった数分でさえ惜しい。この短い、あと少ししか居られない彼との時間を独り占めしたかった。


わたしが「好きだ」とか「付き合ってほしい」という言葉を言った時、彼は返事っぽいことを全く言おうとしなかった。完全に、濁すとか逸らすという方向に持っていきたがっていた。

結局、「気に入ってはいるけど、付き合うことはできない」という結論をなんとか絞り出した。そんな感じの答えがくるとは思っていたし、それでよかった。溢れて止まらなかった想いを人に伝えたのは久しぶりで、わたしはとてもスッキリしていた。

付き合えないのは自分の問題だとか、傷つけてしまうからとか、彼は自分を主語にして、わたしに対しての言葉を選ぶようにはしていた。そこまで無理しなくていいのにと思ったけれど、数多くの男に出会ってきた中で、こんな風に表現できる人は少ないなと感じたので、彼の感情を傾けさせるほどは夢中にできなかったのは自分の魅力不足だけれど、彼のことを好きになった自分は何も間違えていないと思った。

マッチングアプリで、いろんな男性と知り合って、ふらふらと遊んで、恋愛感情なんかもう持たないかもしれないと思っていたところに彼が現れた。お気に入りなどという言葉では足りない、「好き」という感情がふさわしいほどになってしまったが、間違いなくわたしは彼のセックスが好きだったんじゃなくて、彼の「人柄」が好きだった。これだけは誰にも否定されたくない。沼なんかじゃない。何年も経った今でも、ちゃんとそう思える。


彼と、おそらくわたしも降りる駅が近づいている。彼はわたしをフったくせにイヤホンをまた半分こして動画を一緒に見ようとする。のど自慢大会みたいに韓国の歌手が歌唱力を競う番組だったが、わたしには誰がうまくて誰が下手なのか分からなかった。ただ、彼はわたしをどうしたかったんだろうと、思うばかりだった。セフレでいいなら、ここまで優しくしない方がいいのに、彼は最後まで優しかった。本当は馬鹿なのかもしれないと、決めつけることにした。少しは嫌いにならないとやってられない。

一緒に降りた駅で、彼とバイバイした。わたしは改札を出た瞬間、この地域にいるフォロワーに、「男にフられた。オフ会開いて」と頼んだ。何人も集まってくれた。わたしは幸せ者だ。




玄関でキスをされたあと、「寝ぼけてて、ごめん」という言葉の真意を理解したのは、フラれてからだった。その時は、寝ぼけてキスをするほど気に入られてると、そんな勘違いもしてしまった。

「寝ぼけてて《誰かと間違えた、好きにならないで》ごめん」と、言ってくれればよかったのに。曖昧さと優しさの区別をつけられるように、なりたい。




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