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【SS】お前は馬鹿だと言われて喜んだ

偏差値30くらいの男に、馬鹿だと言われて嬉しかった。頭を撫でられると酷く安心した。抱きしめられると泣いてしまいそうだった。

「馬鹿って言った人が馬鹿なんだよ」と、泣いている女の子を苛めた男の子へ捨て台詞を吐いていた幼少期のわたしは、いつも男子から優等生やらガリ勉と言われていた。顔は可愛かったので、偉そうなことを言っても疎まれてはいなかった。

論破されるので、男子はわたしに特に逆らわなかった。いつも100点をとるので、誰もわたしのミスを見つけようとはしなかった。

わたしが付き合うのに相応しいのは、クラスで一番成績のいい男の子だと思って告白したのに、見事振られて、その子が好きだと言っていたのは、馬鹿そうなコアラみたいな鼻の女の子だった。

たまたま家庭科の実習でコアラと隣の席になったので、顔が引き攣った。「なつみちゃん、何か怖い~」と、何でも口に出す馬鹿丸出しのコアラ。こんな子にならなきゃあの子に好かれないのか。正直に嫌だなぁ、無理だなぁと思った。

ずっとピリピリして生きていたのかもしれない。優等生とか聡明であることがわたしの個性であり、そこを認めてくれる人がきっといると信じてこれまで貫いてきた。

だが、そもそもわたしは馬鹿だった。

鞄のチャックはよく開けっ放しにしてしまうし、暗算は不得意だし、車の運転は怖くてできないし、躓いて階段から転びそうになることはしょっちゅうで、相手がイク時いつも名前が思い出せない。

馬鹿になりたかった。馬鹿でいたかった。

クラブでテキトーに弄んで、わたしの素性を保育士と勘違いしていた最終学歴偏差値30の高校中退の男が、子どもをあやすかのようにわたしの頭を撫でる。

「本当に、しゃべり方も顔も阿呆っぽいなぁ」

頭が悪い前提で来られて今までカチンとくるばかりだったのに、偏差値が倍以上違う男に阿呆呼ばわりされて居心地がよすぎて、お母さんの子宮に帰りたくなった。


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