飲食恋愛小説集1 「季節はずれの恋」vol2(全5) 男の嫉妬とカルフォルニア料理#cakesコンテスト
飲食と恋愛をテーマの小説です。3本連作を10月末のコンテストに応募します。
☆彡第一回話はこちら→https://note.mu/natsume_kaworu/n/n226d47f06f94
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★飲食恋愛小説集1「季節はずれの恋」vol2男の嫉妬とカリフォルニアワイン
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外堀周辺では、春の気配が色濃く漂っていた。
アメリカ西海岸料理のディナーを楽しもうと隆之に誘われて、真由子は夜の外堀を散歩しながら、指定のレストランに入った。
フロントで、隆之が少し遅れると告げられた真由子は、予約席に通される。
パープルとイエロー、そしてブラックという大胆な色調のインテリアは、重厚さをたたえていた。ゴージャスな店内に気後れしたが、白いテーブルクロスの隅にある小さな星形の愛らしいキャンドルを発見すると、自然に笑みがこぼれた。
席に座り、バッグからスマホを取り出す。イギリス人のリチャードからメールが届いていた。GWにロンドンに遊びに来ないかという誘いだった。
リチャードは長身で金髪の26歳。昨年MBAを取得したビジネスマンで、誠実な男性だ。修士課程の卒業論文に、真由子は大いに刺激された。研究の相談も親切に応じてくれる。研究員を目指す真由子にとって、理想の男性といってもいい。リチャードの誘いに、真由子は、ほおっとため息をついた。
イギリス経済学を専攻している真由子にとって、渡英は必要なことだった。でもロンドンでリチャードと一緒に過ごすというのは、ボーイフレンドから一歩進んだ深い関係になる。もちろん、拒否することもできるが、再会したら、きっと魅力的なリチャードと愛しあうようになるだろう。それは別の言い方をすると、隆之との関係が終わりになることだ。
真由子は古風なところがあって、特定の恋人は一人でいいと思っている。特定のステディがいる隆之を、恋人と呼べるのかどうか。いつも真由子は迷うのだが、でも隆之に誘われると会いたくなる。「これが私の恋なのかしら」。真由子は再び深いため息をついた。
「ため息をつくほど、待たせたかな」。
にこやかな笑みを浮かべてテーブル席につく隆之が、何だか憎らしい。隆之はそんな真由子の気持ちなど知らず、アペリティフを注文した。薬草の香りがする甘い食前酒が口の中に優しく広がっていった。
「美味しいわ」と呟くと、隆之がにっこりと笑った。
「よかった。コース料理も気に入ると思うよ」
特定のステディがいる隆之に反発を覚えながら、それでもつきあっているのは、「真由子が喜ぶ顔が好きだ」と微笑した隆之に打たれたのだと思う。彼の素直な愛情表現も、真由子は気に入っていた。
大粒のコーンスープと大盛りの野菜サラダに続いて、メインディッシュが運ばれてきた。ビーフステーキのパイナップル添えだった。パイナップルの上には、南国の紅い花びらが置かれ、そのゴージャスな盛りつけに思わず感嘆の声をあげた。肉は予想以上に柔らかで、ナイフで切ると、肉汁がじゅうっと流れた。スパイシーな味つけが絶品だった。
ワイルドな風味が定評のカルフォルニアワインにしては、上品な赤ワインが運ばれてくる。真由子は幸福感に包まれた。
ふと、隆之はパイナップルを残して、ステーキだけ平らげているのに気づいた。
「どうしてパイナップルを残すの。嫌いなの」
「いや」と 隆之は苦笑した。
「フルーツと一緒に肉を口に入れる気がしないんだよ」
「男の人って、みんな同じなのかしら」
真由子はリチャードも同じ発言をしたことを思い出した。
「フルーツと肉の組み合わせって、日本語でいえば、〝邪道〟だよ」。
思い出した真由子は、無邪気に笑いながら、
「リチャードもパイナップル添えステーキが苦手だったわ」
「リチャードって、誰だい?」
ナイフとフォークを置いた隆之が、真由子をじっと見つめた。
にこやかな表情が消え、隆之から険悪なムードが漂ってくる。
「誰なんだ」
真由子は少し青ざめたが、正直に答えることにした。
「イギリス人のボーイフレンドよ」
「つきあっているのか」
「まだそこまで…でもGWにロンドンに招かれているの」
「行くのか」
「決めてない。………もしかして、嫉妬しているの?」
隆之は口を閉ざした。嫉妬を認めるなど、彼のプライドが許さないのだろう。
隆之はボーイに合図して、グラスにワインを注いでもらい、無言でゆっくりと飲んだ。
「嫉妬も、素直な愛情表現なのね。隆之らしいわ」。
心の中で呟くと、隆之への慕いがゆっくりと広がっていった。
(第三話「下町のホルモン焼き屋と、揺れるまなざし」に続く)
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