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【日曜小劇場5】発情と女性ホルモンとインフォマニア

留守録に発情している男の声が。一体何が起こったの?

湘南の海は春の光に包まれ、霞みがかかる水平線のかなたにはノスタルジックな気配が広がる。ロマンチックな気分にさせてくれる春ですが、ぽかぽか陽気に包まれると、人は本能を覚醒されてしまうのでしょうか。“発情する人”が増えている気がしませんか。

私がアラサーだった頃のある早春の昼下がり。10歳以上年上の男性からの留守録のメッセージに、驚いてしまったことがあります。
まるで酔っ払った勢いでかけてきたように、もやもやっとした声で、「今度お酒を飲みに行きましょう」というお誘い。確かその男性はお酒を飲めないはず。シラフにしては、もにょもにょっと粘りつくような声の色合いは一体どういう意味なの?

テクニカルライターという専門性を備えた穏やかな性格の男性から予想もできなかったメッセージに、私は少し混乱しましたが、次第に「これは発情している声だわ」と気づいたのです。

私に好意があるなんて全く気付かなかったので、「ひょっとしたら間違い電話かも」と思ったのですが、男性に尋ねることはなくそれきりになってしまいました。やっぱり発情した相手を間違っていた?それとも????

女性ホルモンとインフォマニアの密接な関係

発情というと、まるで男性の特権という印象がありますが、女性も発情します。でも男性とはニュアンスが異なる事情が絡んでいると思います。
女性ホルモンも理由の一つかも。でも背景にあるのは女性本人のメンタル面の危うさも引き金になっていることもあるでしょう。

20代の頃、私の周囲には、次から次へと男性とセックスする女性が数人ぐらい、いました。
いわゆるインフォマニアと呼ばれる女性たちは、とにかく男性に絶大的な人気。
というのは、インフォマニアは男性にとって「いつか自分もさせてくれるかもしれない」という欲望を叶えさせてくれる存在だからです。

「させてくれる女=遊ばれるオンナ」に、ほとんどの女性は拒否反応を示しますが、皮肉なことに男性はインフォマニアが大好きなのです。ところが「自分を受け入れてくれる女=欲望を満たしてくれる女」を女神のようにあがめるかと思いきや、心のどこかで蔑んでいる。蔑みながら、男の欲望を刺激する女と割り切っている男もいれば、女を愛おしく感じる男もいたりと、男と女の関係は実に様々ですが、
インフォマニアの女性が「なぜ次から次へと様々な男とセックスするのか」について、男性は深く追及しないものです。追求しない方が欲望をまっすぐにキープさせるから、都合がいいからかもしれません。

でも私は「なぜ?」といろんな方法で彼女たちに質問をぶつけてみた。好奇心からですが、性に関して私が見えないもの、知らないものを彼女たちが体でわかっているかもしれないから。

女だけが住む一軒家で芽生えたインフォマニアと私の一種の共感

その当時、ある女友達は他に2人の女性と同居していて、その家での飲み会のたびにいろんな女性たちが集まってきました。
映像作家でミュージシャンの女友達は恋多き女でしたが、自分の恋愛をちゃんと肥やしにするようなタイプ。3歳下の妹はしっかり者のOLで、妹の友達のフリーター女性も同居。この女性はゴールデン街でバイトしながら、性愛小説で文学賞を受賞したそうです。ゴールデン街で知り合った男たちとのセックスを赤裸々に描く20代の若い女性は男性編集者に好かれたことでしょう。性愛小説家は自分の体験を書いて評価されることに喜びを感じていました。

3人が住む古ぼけた二階建ての一軒家は、東中野と落合の中間にあり、そこは友達の叔母さんの住まい。叔母さんがブルガリアに滞在中空いている部屋に、姪である友達と友達の妹、そして姪の友達の性愛小説家が間借りしていたのです。
ある夜、女だけの7~8人の飲み会に、ゴールデン街でバイトする性愛小説家の知り合いの20代の女性が参加しました。
セミロングヘアを綺麗に整えて、一見すると真面目そうな女性でしたが、話しているうちに精神的に不安定ということがだんだんわかってきます。
宴がたけなわとなり、お酒が回ってくると、ゴールデン街でバイトの性愛小説家がセミロングヘアの女性を「この人、インフォマニアなの」と暴露。意外に感じながらも、性愛小説家と彼女ではインフォマニアの質が異なるような気がしたのです。

性愛小説家は小説のために次から次へと男性と付き合っていましたが、セミロングの女性の場合は、理由が見えてこないのです。
そこで私が「どういう時にしたくなるの?」と女性に尋ねると、お酒が回っているせいか饒舌に語ってきたのです。
「お酒を飲んでいるとき」に始まって、「自分がどうでもよくなるとき」という自暴自棄から、「男に好かれたい」という愛され欲求、さらに「生理前のイライラしているとき」と、とうとう女性ホルモンの問題に触れたのです。

「わかる、わかる」という賛同の声が上がったのは、意外でもなんでもなかった。「生理前」にはいつもの自分ではない、別人が存在することを他の女性も感じ取ったのでしょう。私も、そうだから。

既婚男性や、同棲した経験がある男性は、生理前や生理中の妻や女性に対して、まるではれ物に触るような気分になるそうです。
私も生理前に、予想できないことをやっちまったことがある。男がらみのこともあれば、女性の友人に対して、別人のような言動をしたことも。思い出すたびに羞恥心でいっぱい。
生理前や生理中の女性の異常な行動(普段とは異なるという意味)は、女性ホルモンの分泌や女性ホルモンに左右された行動が多いか少ないかによるので、全ての女性から共感されるかどうかはさだかではないけど、あの時の飲み会参加の女性達は全員「わかる、わかる」と頷いたのです。

でもインフォマニアをかきたてる理由が女性ホルモンのせいだけなの?
主催者の友達とその妹が、飲み会の締めの冷うどんの準備のため部屋を出たときに、私はセミロングの女性の隣に移動して「お母さんとの関係はどうなの?」とこっそり聞いてみたのです。すると不意打ちを食らったような表情を浮かべた女性は「最悪」と一言。
そして「あなたは?」とすぐさま同じような質問を遠慮なくぶつけてきたのです。

「うちもあんまり。私に期待しすぎているのよ」とため息をつくと
「うちの母親と正反対。母は私が何をやっても無関心なの。自分のことしか興味がないから」とぽつんと答える。とても寂しそうだ。
ひょっとしたら、母親の愛情が不足しているから、寂しさを埋め合わせるように男を求めているのかもしれない。それは安易な発想になるのだろうか。

親から期待されていることが重荷の女と、親から放置されていることが寂しい女。

生まれも年齢も環境も異なるのに、インフォマニアと呼ばれている彼女と、これからどうやって生きていくかという迷いにある私とは、「そのままの自分を母親に受け入れてもらえない」ことが一致していた。
友達でもなく、同士でもなく、たまたま同じ時間と同じ場所で話をしただけの私たちの間に、互いを受け入れられるような不思議な空気が流れていく。

「自分が母親になったら、きっと落ち着くよ。愛情いっぱいに子供を育ててあげたら、いま悩んでいることなんか忘れるよ、きっと」と私。

すると彼女がちょっと考えてから無言で深く頷く。

「冷うどんだよ~」と笊いっぱいの冷うどんと薬味と出汁入りの小皿を盛ったトレイを運びながら部屋に入ってきた女友達の騒々しさに、私たちの会話が中断された。それでも私たちの間には、わかりあえたという安堵な気持ちが残存している。
女だけの飲み会は締めのうどんを食べ終わっても夜が深まるまで続き、最終電車で私たちは、それぞれの住まいに帰宅した。

自分の居場所を見つけてインフォマニアから卒業

「インフォマニア」と言われた女性は、一年も経たないうちに結婚した。男の部屋に転がり込んで、同棲するうちに子供ができたという。
でき婚の女性は、母親になってとても幸せだと、ゴールデン街でバイトする性愛小説家が教えてくれた。
彼女とは互いの連絡先を教え合っていないので、想像するしかないけど、
母親になったことで、自分の居場所を見つけたのだろう。
そして母親からあまり与えられなかった愛情を、自分の分までたっぷりと子供に注いだことで、彼女のトラウマを乗り越えたと信じたい。
一つ心配なのは、子供が育った後に、再びインフォマニアになってしまうのではないかということ。でも昔と違って彼女も大人の女。もしそうなったとしても、心配無用かもしれない。

3人の女たちが住む一軒家は、2年も経たないうちに女たちの同居生活が終焉を迎えた。
理由は友達の妹の彼氏を、性愛小説家が自分の部屋に連れ込んでしちゃったとか、女友達が付き合っていたミュージシャンの男性が妹や性愛小説家に色目を使ったなどなど、女同士の友情にもひびが入り、自然にできあがったという同居のルールも破られていったという。
20代の男女関係が入り乱れてくるうちに、まず女友達の妹が家を出た。続いて性愛小説家、そして女友達と次々と出ていった頃、その家の持ち主でブルガリア在住の叔母さんがブルガリアで結婚することになったため、家は売却されたという。

女友達はその後、女だけの家をかく乱させたミュージシャンの男性と別れて、30歳を過ぎてから、女友達に従順な年下のミュージシャンと結婚した。
恋多き女だった彼女は、私に「父親が亡くなって精神的に楽になったから結婚できた。きっとマリちゃん(私の本名)もいつかわかるよ」と結婚式の当日の控室で、ウェディングドレス姿で私にエールを贈ってくれた。
私が父のことでも悩んでいることを知っていたからだ。その父も、10年以上経ってから他界した。

女友達は年下の夫と共にて定期的にライブに参加、子供がいなくても夫に愛されて幸せだ。

子供が好きだけど子供に縁のない私は、女性の愛と性について、男と女の機微について、今でも書き続けている。

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