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シラミバエ -虫屋より鳥屋の知る虫-

シラミバエは鳥や獣に付くハエです。先日、とある鳥の轢死体よりシラミバエを得ました。これを機に改めてどんな種類がいるのか調べてみました。

シラミバエ上科のハエたち

シラミバエ上科 Hippoboscoidea は、普段の生活で目にするイエバエやクロバエに近い仲間です。以下4つの科を含みます。
ツェツェバエ科 Glossinidae(日本にいない)
シラミバエ科  Hippoboscidae
クモバエ科   Nycteribiidae
コウモリバエ科 Streblidae

ツェツェバエはアフリカ中央部に生息し、疫学上の衛生害虫としてよく知られます。The deadliest animal in the world (Bill Gates 2014) では蚊に次いで「人間を殺す昆虫」と報告され、その原因は寄生性の原虫を媒介するからです。多くの種は偶蹄類から吸血するようですが、鳥を専門に吸血する種もいるようです。

他の3科は日本に生息しています。これらは外部寄生(他種の体表面に付着して生活)を行います。宿主にしがみつくために脚が発達しているのが特徴です。
クモバエコウモリバエは、どちらもコウモリにつきます。クモバエは翅と目を完全に欠き、ハエとは思えない見た目をしています。コウモリバエも翅を欠く種が多くいるようです。

日本のシラミバエ

シラミバエは体長が4~10mmぐらいのハエで、主に鳥類や哺乳類の毛皮や羽毛の中に生息して吸血します。普段目にするハエを扁平にしたような見た目をしているものから、翅が無くダニのような見た目のものまでいます。胸部は発達していますが、腹部は小さいことが多いです。脚は長く太く発達しており、素早く動くことができます。英名はシラミのハエ louse flyで、和名はこれを訳したようです。
以下、日本から報告されているシラミバエ科の11属について紹介します。11属のうち、3属が哺乳類につき、8属が鳥につきます。

哺乳類につくシラミバエ

ヒツジシラミバエ属 𝘔𝘦𝘭𝘰𝘱𝘩𝘢𝘨𝘶𝘴
翅がありません。ヒツジから報告されており、在来分布しないと思われます。
シカシラミバエ属 𝘓𝘪𝘰𝘱𝘵𝘦𝘯𝘢
有翅ですが、寄生後に翅を脱落させます。脱落後は翅の付着痕と、平均棍を残します。日本では3種が見られ、いずれもシカに付きます。ニホンジカの多い場所であれば普通に見られ、人にも誘引されます。ちなみに私は肩に無翅のヒメシカシラミバエ 𝘓. 𝘧𝘰𝘳𝘵𝘪𝘴𝘦𝘵𝘰𝘴𝘢 が付いたことがあります。飛んできて私に寄生するつもりだったんですね!
ウマシラミバエ属 𝘏𝘪𝘱𝘱𝘰𝘣𝘰𝘴𝘤𝘢
模式属。有翅です。イヌや馬から見つかっていますが、日本の野生下で何につくのか、そもそも在来分布するのかはよくわかりません。リンネの記載したタイプ種 𝘏𝘪𝘱𝘱𝘰𝘣𝘰𝘴𝘤𝘢 𝘦𝘲𝘶𝘪𝘯𝘢 は、馬を二重に主張する名前で馬や牛に付くのですが、オオタカなどの大型鳥類からも報告されているようです。

鳥につくシラミバエ

いずれも有翅です。コウモリにつく仲間が無翅に進化したのに、鳥につく時は翅が無いといけないのはなぜなのでしょう?
主に4属が見られます。Ornitho-:鳥という接頭語がついているのがいかにもです。
トリシラミバエ属 𝘖𝘳𝘯𝘪𝘵𝘩𝘰𝘮𝘺𝘢
鳥類標識調査で見られている多くはこの属か𝘖𝘳𝘯𝘪𝘵𝘩𝘰𝘪𝘤𝘢属かと思います。亜種小名にaobatoが入っているアオバトシラミバエ 𝘖𝘳𝘯𝘪𝘵𝘩𝘰𝘮𝘺𝘢 𝘢𝘷𝘪𝘤𝘶𝘭𝘢𝘳𝘪𝘢 𝘢𝘰𝘣𝘢𝘵𝘰𝘯𝘪𝘴 をよく聞く気がします。(ハエでないですが、鳥に寄生するダニで、アカコッコマダニ 𝘐𝘹𝘰𝘥𝘦𝘴 𝘵𝘶𝘳𝘥𝘶𝘴 も耳に残るためかよく聞く気がします。種小名のturdusはツグミの意。)
マルヒゲシラミバエ属 𝘖𝘳𝘯𝘪𝘵𝘩𝘰𝘪𝘤𝘢
モミヤマシラミバエ 𝘖. 𝘮𝘰𝘮𝘪𝘺𝘢𝘮𝘢𝘪 が様々な種から報告されています。
セルリシラミバエ属 𝘖𝘳𝘯𝘪𝘵𝘩𝘰𝘱𝘩𝘪𝘭𝘢
小鳥から報告されています。
𝘐𝘤𝘰𝘴𝘵𝘢属
ハトぐらいの大きさかそれより大きい鳥に付く種が多いです。クイナ類やジシギ類など水鳥に付く種や、タカ専門の種などが含まれます。タイトルの画像は本属の個体です(展足すればよかった)。

他に𝘖𝘳𝘯𝘪𝘵𝘩𝘰𝘤𝘵𝘰𝘯𝘢属がツツドリなどから、𝘗𝘴𝘦𝘶𝘥𝘰𝘭𝘺𝘯𝘤𝘩𝘪𝘢属がドバトとキジバトから見つかっています。

ツバメとアマツバメにつくシラミバエ

翅が細く尖る仲間で、前述した鳥につくシラミバエとは区別して紹介します。宿主が空中を速く飛ぶ鳥なので、翅が大きいと飛ばされやすくなるのかもしれません。一方で集団営巣する種に付くため、飛行性能が落ちても宿主間を分散できるとも考えられます。
イワツバメシラミバエ 𝘚𝘵𝘦𝘯𝘦𝘱𝘵𝘦𝘳𝘺𝘹 𝘩𝘪𝘳𝘶𝘯𝘥𝘪𝘯𝘪𝘴
翅が著しく細いです。イワツバメとショウドウツバメから報告されています。
アマツバメシラミバエ属 𝘊𝘳𝘢𝘵𝘢𝘦𝘳𝘪𝘯𝘢
アマツバメから2種が報告されています。
なお、ツバメから報告されているのは 𝘖𝘳𝘯𝘪𝘵𝘩𝘰𝘮𝘺𝘢 𝘤𝘰𝘮𝘰𝘴𝘢 で、この種はツバメ科につくようです。憶測ですが、ツバメは集団営巣していないので、飛翔能力のあるシラミバエでないといけないのではないでしょうか。

日本産シラミバエの同定

属までの同定は、単眼の有無や翅脈によって、検鏡すればできます。文献さえあれば、外部形態で種が同定できると思われます。

シラミバエの採集

シラミバエを得るには、宿主の体から捕ることができるなら理想的で、鳥類標識調査はその良い場となっているようです。新鮮な鳥の死骸からも得られます。
また、人に寄ってくることを利用して捕まえることもできるようです。哺乳類に付く種はなおさらで、鳥に付く種であっても人に寄ってくることがあるそうです。
羽毛の中を素早く動き回る昆虫がいたらシラミバエです。慣れていないので良い採り方はわかりません。

シラミバエ以外に鳥に外部寄生する昆虫

シラミ小目のハジラミと呼ばれる昆虫群は、鳥の羽根によく見られます。ハシボソガラスの風切羽を拾った時に、数十匹のハジラミが羽枝の隙間に入り込み、頑張って洗おうとしてもなかなか取れなかったことがあります。主に羽根を食べるようです。翅は無く、鳥どうしの接触やシラミバエに便乗することで分散するとのこと。
ノミ目のトリノミなどと呼ばれる種も鳥に外部寄生し、吸血します。

シラミバエとの付き合い方

ここまでシラミバエとはどんなハエかを紹介してきましたが、ハエが鳥に付いているなんて気持ち悪くて嫌じゃないかと思われていたら残念なので、名誉回復のためにシラミバエの良いところを書きます。
私は双翅目に疎いですし、嫌いな虫を聞かれたらノミバエは本当に嫌いなので、それぐらいの拙い理解での話だと思ってください。

シラミバエは実にかっこいい昆虫です。
形態が好いです。大きな頭に大きな複眼がついており、比較的かわいい顔に見えます。脚は太く筋肉質で、相手を離さない意志を感じます。
生態がおもしろいです。なんたって動物にしか付かないのですから。私が初めてシラミバエを知ったのは、昆虫の写真集に載っていたイワツバメシラミバエだったのですが、あんなに飛び回るイワツバメにしか付かない昆虫が存在するなどにわかに信じられず、感動したものです。
普段の生活では目にしない珍しさも魅力なのかもしれません。仮に、山に行けば服につくぐらいの頻度で見られたら良い昆虫だと思っていなさそう。

外部寄生するという生態から忌避されるかもしれませんが、外部寄生するにしては比較的大きくて目に付き、もぞもぞと動くのでもし自分に付いても気がつけるという安心感があります。考えられる危険性としては、哺乳類に付く種が哺乳類共通の病原体を血液に持ち込む可能性がありますが、基本的には種特異的に吸血し、一般的にヒトに対する危険性は無いとされています。

シラミバエは、見たくとも見られないぐらいで、心配するほど関わる機会は無いだろうと思いますが、ペットに付着することや、鳥の調査時に得られることはあるでしょう。
そこに現れた扁平な昆虫がシラミバエだとわかったら、宿主にとっては嫌な存在なのでしょうけど、しがみついて頑張っている存在だと思って親しい目で見て頂けたらと。

参考文献

Motoyoshi MOGI, Tohru MANO, Isamu SAWADA, 2002. 衛生動物. Records of Hippoboscidae, Nycteribiidae and Streblidae (Diptera) from Japan
Masahiko Sato, M. Mogi, 2008. Rishiri Studies. Records of some bloodsucking flies from birds and bats of Japan (Diptera : Hippoboscidae, Nycteribiidae and Streblidae) 
Maa TC (1967) A synopsis of Diptera Pupipara of Japan. Pacif Ins 9 (4): 727-760. https://archive.org/details/pacific-insects-9-727/mode/2up(ネットで読める日本産シラミバエの検索)
一寸のハエにも五分の大和魂・改(ネット上で唯一の日本語でシラミバエが属まで落ちる情報のあるサイト)
http://diptera.jp/usr/local/bin/perl/dipbbs/joyful.cgi?list=pickup&num=4079
The deadliest animal in the world
https://www.gatesnotes.com/Most-Lethal-Animal-Mosquito-Week
鳥類標識マニュアル 財団法人 山階鳥類研究所 鳥類標識センター

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