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チーズ

フランスに住んでいる時は毎日悪夢を見ていた。夢日記をつけていたが、沈没船に閉じ込められる夢とか、子供が1人ずつ燃やされる夢とか、オーソドックスにゾンビに追いかけられる夢とか、とにかく散々だった。
内なるストレスの露呈だったのかもしれないが、私としては、これはチーズのせいじゃないかと睨んでいる。

フランスに行く少し前に、なんかのチーズの食べ過ぎが悪夢を誘発するという眉唾物の記事を読んだのだ。アメリカではその情報を逆手にとって悪夢を見れるチーズバーガーなんてのを売っていたらしい。留学中、私は毎日何らかのチーズを食べていた(なんたって、フランスではデザートと同じ感覚でチーズが出ますから)。ブルーチーズ、モッツァレラチーズ、ミモレット、山羊チーズ、とにかくチーズを食べまくる生活をしていたので、どれかが悪夢のトリガーになっていても不思議ではない。

私の場合、悪い夢を見ている時には「これは夢だ」と何処かで気付く。必ずそういう瞬間がある。こんなに悪いことが起こるわけがない、と突然冷静になり、そうなると後は悪いことに身を任せてどこかで現実の自分が目を覚ますのをじっと待つしかない。起きている時よりもよっぽどしんどい時間だ。
目を覚まし、自分がきちんとベッドの中にいることを確認する。冷たい水を飲んで、チーズのせいだなと心の中で呟くとようやく現実の感触を掴むことができる。帰国後は流石に夢見は改善されたが、悪夢の後の習慣は体に刷り込まれていて、気分があまり良くない朝は昨晩食べたものの中にチーズが入っていなかったか?をまず思い出すようになった。

電車が来るのを待っている時なんかは特に、その境目が分からなくなる。
ホームに並ぶ誰も彼もが汗ばんでいて、肌に纏わりついた湿気に眉を顰めている。
しょうもない悩み事、直近の不安について考えたり、視界に入った広告を眺めたりして、一生こんな感じなのかなぁ、とかそういう感じを全てを切り裂くように電車がものすごい勢いでホームへ滑り込んでくる。乱れた前髪を直しながら、チーズのせいかもな、と思う。

この文章はほとんど意味のないうめき声のようなものだと思う。

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