一章 件 001

[あらすじ]

御堂あやかし相談所。
そこは「あやかし」に対する依頼を受注する専門の事務所。
そこには「あやかし」に関する変わった依頼ばかりやってくるようで…?

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 御堂あやかし相談所は新宿のとある場所に位置している。古い住宅が建ち並ぶ中に、三階建てのコンクリート製の建物がそれである。
 一階がオフィス、二階と三階がそれぞれ助手と所長の住居になっている。


「……暇だ」

 御堂あやかし相談所の一室にて。
 一人の男が溜息を吐きながら、そう言っていた。
 ……というと、面白く感じてこないかね? まるで何かの物語を想起させるような。

「はいはい、そんなこと言ってる暇があったら、その積み重ねられた本、少しは本棚に戻したらどーですか」

 そう言ってきたのは、助手の綾辻くんだった。
 綾辻ナツメ。
 癖の強い人間で、癖が強すぎる人間で、甘いものが大好きで、何処かとっかかりのない少女。
 そして、何故か僕のところに転がり込んできた、謎の少女。
 まあ、雇ってる僕も僕だけど。

「聞ーこーえーてーまーしーたーかー? 良いからさっさとそのモノローグ辞めて片付けぐらいしたらどうですかって言ってるんですよこちとら? それともこの片付けを助手たる私に全部やらせるつもりだって言いたいんですか?」
「え。そういうのが助手の仕事なんじゃ」
「違います! 助手の仕事というのはもっと何か……こう……、あるじゃないですか! 例えば探偵の助手だったら探偵の仕事をサポートするだとか!」
「今僕の本棚を片付けていることも、それは仕事のサポートとは言わないのかな?」
「言いませんよ! これは給仕がやることでしょうが!」
「給仕と助手の違いが、僕には今一つ分からない訳だが……」
「少しは分かれよ、この馬鹿! あんた大学出てるんだろうが!」
「いや、大学出てることと、この使い回しが分からないという点は、はっきり言って違うのではないかな?」

 そんなことをぺちゃらくちゃらと話していたら。
 ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。

「先生! 来ましたね、来ましたよ! 依頼が! それとも何かの取り立てですかね?」
「僕は借金を抱えたことなど今まで一度もないのだが」

 そんなことは良いんですよ、と言いながらルンルン気分で玄関へと向かう綾辻くん。
 何というか、彼女は小動物みたいで見ていて飽きない。それはそれで他人に聞かれると問題のような気がしてならない訳だが。
 そんなことを考えていたら――おや、何処か浮かない顔で、綾辻くんが戻ってきた。

「綾辻くん、どうしたかね? そんな浮かない顔をして。そんなに気に入らない依頼者だったか?」
「その言い草は困るな、御堂」

 赤いスーツを着た女だった。
 真っ赤なスーツに真っ赤な髪、何というかそれだけで変人とみられてもおかしくないような存在。
 それが『彼女』だった。

「……何だ、高崎か。ということは、警察絡みの案件ということになるのか。安いから困るんだよなあ……」
「良いだろ、仕事をさせてやってるだけ有難いと思え」
「し、失礼します」
「おっ、新人?」
「須藤信二と言います。課長、やっぱり事件は警察だけで解決した方が良いんじゃないですか?」
「未だ言うか、須藤。私は彼を信用してる。本来なら警察にスカウトしたいぐらいだ。……まあ、本人が嫌がってるから出来ないんだけどさ」
「そりゃそうだ。あんな利権が絡んだ舐め腐った空間に誰が行きたがるか」
「……とだと」
「ははあ、そうですか……」

 須藤と呼ばれた男は、薄ら笑いを浮かべることしか出来なかった。
 まあ、この部署に飛ばされたということは何らかの曰く付きを抱えてるのだろうけど。
 警視庁捜査零課。
 通称、虚数課と呼ばれるその部署は、あやかしを専門にする部署である。存在しない部署と言われているから、実数ではない=虚数課と呼ばれているとのことらしい。警察にしてはユーモアセンスがあるじゃないか、と思う。

「で? その警察がいったい何をしたというのだ。何か、また厄介ごとを持ち込んできたのだろう?」
「厄介ごととは失礼だね。君のためでもあるんだぞ? こんな探偵事務所めいた場所に依頼を持ち込む人間がやってくる訳がない。それを考えれば、私が持ち込む依頼だって充分過ぎることだとは思わないかね?」
「いや……お前が持ち込む依頼って一筋縄じゃいかないものばかりだろうが。だから苦手とまでは言わずとも面倒なんだよ。報酬も安いしな」
「報酬の面については仕方ないと思ってくれ……。国から予算が出ている時点であまりこちらから予算を出す訳にもいかないのだ。それに、一応我が部署は『存在しない部署』として呼ばれている訳だしな」
「……もう、私営で何か経営しろよ、と言いたいんだがそうもいかない事情でもあるのかよ? そちらの方が儲かるぞ?」
「良いんだよ、私のことは放っておけよ。……ともかく、依頼を受けるのか受けないのか。話はそれからだ」
「……分かってるよ、受けるよ、受ければ良いんだろ。……で? どんな依頼内容だ」
「そう言って貰えて助かるよ」

 どうせそう言わないと話が進まないくせに。
 そう思いながら僕は彼女の話に耳を傾ける。

「依頼内容は簡単だ。ある占い師の裏を紐解いて欲しい」
「占い師?」
「そうだ。占い師だ。といってもただの占い師じゃないぞ」
「……占い師による被害なら、僕達が別に関わる必要がないからね。そもそも僕達の専門分野は……」
「分かってる。分かってるよ。……実はね、その占い師だが、『どんな未来でも見通す』力を持ってるらしいんだよ」

 それを聞いて、僕は耳を疑った。

「どんな未来でも……見通す?」

 少し前のめりになった僕を見た高崎は、少しだけ気分が高揚している様子で。

「どうやら、少しは興味を持ってくれたようだな」
「……まあ、気にならないと言えば嘘になるからな。だが、『どんな未来も見通せる』? そんなものを、まさかほんとうに信じてるんじゃあるまいね?」
「そんな訳あるものか。信じてる訳がない。はっきり言って、嘘吐きの証言だと思ってたよ。正直、わざと警察に連絡する人間も少なくないからな。そしてそういうものが、虚数課に回されてくる。はっきり言って、仕事の妨害になる訳……だが」
「だが?」
「実際問題、それがほんとうに有り得る話だったんだよ。話を聞いてみると……どうやら実在するらしい」
「どうやら? らしい? 何というか、胡散臭い言動だな。ほんとうに実在するんだろうな?」
「私は嘘は吐かないよ。それは長年の付き合いで分かってることだろう?」
「確かにそうかもしれないが……」

 確かに、彼女が嘘を吐いたところなんて見たことも聞いたこともない。
 しかして、それが実際に有り得る話だということも聞いたことがない。
 それが現実であり、それが真実であり、それが正しい答えなのか否か。
 分かりきっているならば、簡単に説明がつくのだけど。

「……やっぱり、信じられないな。実際に『被害者』に会ってみないと。というか、今の話を聞いた限りだと、少なくとも『被害者』なんて人間は居ないように見えるけど?」
「……それが居るんだよ、被害者が」
「?」

 僕は何を言っているのかさっぱり分からなかったけど――高崎の話を聞くことにした。
 高崎は、目を細めて、やがてゆっくりとした口調でこう言った。

「何でも『被害者』はこう言われたそうなのだ。……一週間後に、交通事故で死亡する、と」


つづく。

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