死んだ妹が座敷童になって帰ってきた件について

 エクトプラズムって知っているかい?

 隣に座っている座敷童はそんなことを言いながらスマートフォンを操作していた。実際問題、それは俺のスマートフォンであってプレイしているゲームは一部有料のコースを遊ぶことが出来るレースゲームであって悉く有料のステージばかり遊んでいるわけだが!

「ちょっと待って、今ユーフォー出現したから。こいつを思いっきりアクセル踏んで轢くとポイント五倍になるんだ。こんなキラーアイテムを逃さない手はない。だから放っておいてくれ」

「だからそれは俺のスマフォだって言っているだろ! いい加減にしろ、通信制限に引っかかって苦労するのは俺だぞ!!」

「Wi-Fiルーターはもっていないのかしら?」

「Wi-Fiだって金がかかるんだ。毎月定額で済むLTEのほうが十分だ。もっとも、通信しすぎると制限がかかってしまってスピードなんてまったくもって出ないがね。……だから、急いでさっさと返せ。俺のスマフォを使うのなら、お前もスマフォを持てばいい」

「なんて名案! さっそく和樹のスマフォを使って新しいオレンジフォンを……」

「いい加減にしろ! そんなことをしたら俺の負担がさらに増して死んじまう。そんなことで俺はまだ死にたくない。だって俺はまだ高校生だぞ」

「バイトで稼いだ金を使い込まれるのならばその批判も甘んじて受け入れるけれど、あなたの場合は親の金でしょう? 正確に言えば親が提供したお小遣いと言えばいいかな。だからそれを言ってもあなたは強く言えない。そうでしょう? ほらほら、批判があるのなら言ってみるといい。何か間違っていることがあるのなら、私に言えばいい」

「間違ってねえ、間違ってない」

 むしろ正論に過ぎないこと。ほんとう、この座敷童は正論ばかり言ってなんとか俺を説き伏せようとする。ほんとうに困る。そんなことよりも、俺たちの周りで向けられたことについて、話すことがあるというのに。

 さあ、問題提起のお時間だ。

 まずはこの座敷童という人知を超えた人畜無害の存在に向けて、とあるメッセージを投げかけることとしよう。

「なあ、座敷童。……妖怪ってどう思うよ?」

「それをメジャーな妖怪となっている私に聞くかね。まったく、あなたの考えは全然解らないよ? もう少し時間の使い方をきちんとしたほうがいい。これは長年生きてきた私からの助言だ。どうだい? とても身になる話だろう」

「ああ、そうだな。実際問題、とても役立つ話で助かっているよ。でも気になるんだ。妖怪という存在はどうして生まれて、どうやって生きているのか。お前のような座敷童はただ寄生するだけで十分かもしれないけれど」

「それはひどい言い回しではないかしら? ……まあ、事実であることには変わりないかもね。あ、ゴールした」

 スマフォゲー特有の金をかけているのかどうか曖昧な打ち込みのファンファーレを聞いて、座敷童はようやくスマートフォンを俺に返却した。スマフォの背面が熱い。これほどになるまでプレイしやがって。こちらの気持ちにもなってほしいものだ、まったく。充電だってもう五十パーセントを切っている。充電したいところだが、ここから家まではかなりの距離があることを考えると、これからスマフォを使うことは節約したほうがよさそうだった。

 さて、これからは二つ目の問い。

 俺は踵を返し、座敷童に問いかける。

「なあ、お前――ほんとうに由利なのか? 俺の妹の、立花由利なのか?」

 その言葉に座敷童は笑みを浮かべる。

 風が強く吹いてきた。俺たちが座っているベンチの脇にある落葉樹は風のせいで葉が散り散り落ちていく。俺と座敷童はそんなことを気にすることなんてしなかった。ただそのまま見つめていた。

 ベンチの後ろにある古い木造家屋――この辺ではそう珍しくない駄菓子屋の軒先につけられた風鈴がちりん、と鳴る。あれほど強い風だというのに、それくらいしか風鈴はならなかった。風流、ってやつかもしれないがこのタイミングでは風流なんてむしろ間違いだった。

 そして、座敷童はようやく口を開いた。

「――そうだよ、お兄ちゃん」

 ああ、あの時の無垢の笑顔。

 この笑顔は紛れもなく、俺の妹――立花由利だった。

 どうして、こんなことになってしまったのか。

 どうして、俺たちはこんな場所に居るのか。

 ……まあ、それはただ駄菓子屋にお菓子を買いに来ただけなのだが、前者については一言で語りつくせるものでもない。

 だから、これは物語。

 俺と座敷童――俺と妹の物語。

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