機関少女は世界平和の夢を見るか? 第ゼロ話

 1

 着流しの少年、浅日夏目(あさにちなつめ)は新東京特別区鷺宮町にある洋風屋敷の玄関前へと到着していた。

 夏目がここまで辿りついた理由としては、今彼が持っている手紙が一因であるといえる。

「……六道さんが手紙を送るなんて聞いたこともない」

 手紙の主は彼の知り合いである六道唯一(りくどうゆいいつ)からのものだった。

 その手紙の内容は次のとおり。

 ――浅日くんへ。

 君の明晰な頭脳を買って、君に折行った相談がしたい。

 ついては僕の家の住所を下部に記しておくので、もし相談に乗ってくれるのであれば、その場所へと来て欲しい。

 便箋にこれしか書かれていなかった。その他にも何か書いてあるのではないか――と夏目は勘ぐったが、その考えはむなしく、その手紙にはそれしか残されていなかった。

「いったい、六道さんは何を僕に相談したいんだろうか」

 そう言って夏目は頭を掻く。考えがまとまらない時の彼の癖だ。

 新東京特別区は『大日本機関化計画(だいにほんからくりかけいかく)』の基本事案として成立し、造られた人工島だ。凡てのシステムを機関だけで成し遂げている、日本初の大規模な機関事業のひとつである。

 日本は文明開化以前から、六道家、丹島家、柊木家らによって機関を用いて様々な技術を開発してきた。それにより人々の生活が豊かになったのも事実であるし、今でも科学者はその未来を夢見て研究を重ねている。

 浅日夏目もその一人で、研究者として活動することを夢見ていた。

 六道唯一という人間を、夏目は一言で示せば『理解できない唯一の、彼の考えの理解者』だ。なぜかといえば、六道唯一という人間は政府が掲げていたあることを成し遂げようとしていたからである。

 ――機械には心が宿らない

 それは科学者ではない、一般市民の通説である。機械に心が宿ることはなく、作業も単調的に行うのが機械の常であるということを、人々は信じて疑わなかった。

 夏目もその一人である。政府の大半の人間も、そんなことは有り得ないと考えていたが、それでも一部の科学者は心を実装しようと躍起になっていたのである。

 心はプログラムで実装出来るものではない――柊木健三郎が学会で提起したものが、そのまま定説とされて現在まで語られている。

 六道唯一はそれを否と一蹴した。

 そんなことは有り得ない。機械は心を手にすることが出来る。機械は人と話し合うことが出来る。

 六道唯一はそう考えて、ずっとその実装に取り組んでいた。

 あるときは人工知能を開発して、それとずっと話し込んでパターンにはまらない人工知能を開発しようと取り組んだり、またあるときは機械に涙を流す機能を実装したり。

 ――たくさんのことを試行したが、しかし心は宿らなかった。

 かわって、夏目は、哭切(こくさい)高校では『神童』と謳われる天才だった。入学試験ではかつてない高得点で入学、その後の試験も学年一位をキープし続けるという実力の持ち主だったが、彼はあまりにも凡てに達観し尽くしている為か、ほとんど感情を前に出さなかった。

 そんなときだった。夏目が六道唯一と出会ったのは。

 六道唯一とは高校一年生の春、アパートを求めて探していた夏目の元にやってきたアパートの大家、連石下枝(れんこくしずえ)が教えてくれた部屋に住んでいた男だった。

 即ち、彼とはルームメイトだった。

「六道さんはいったいどうして呼んだのか」

 再び。

 彼はそれを言った。

 何を考えているのかは解らなかった。

「……」

 そして、彼は。

 その屋敷に入ろうとして、扉を開けた。

 ――はずだったが、先に中から扉が開けられて咄嗟に彼は手を戻した。

「なんだ、六道さん居たのか。居るならさっさと出てきて――」

 と、そこまで言って、彼は思考を停止した。

 出てきたのは、よれよれの白衣を着た科学者六道唯一ではない。

 赤いドレスを着た少女だった。その赤いドレスにはところどころにアクセントして黒いパーツがある。

「――――あ」

 夏目はそれを見て、一瞬思考が停止した。

「どうなさいましたか?」

 思考が停止していた夏目を、その可愛らしげな声が呼び戻した。

 六道唯一の娘……にしては年齢が合わない。妻といってもだ。ならば、姉妹の何れか? 夏目は思考を張り巡らせたが、

「ああ、あなたが思っている以上の存在ですよ。私は」

 本人に否定されてしまっては、夏目もそれ以上考えることができない。

「……君は、それでは、いったい何者なんだ?」

「私の名前は『機関少女(からくりガール)試作号(プロトタイプ)・四ツ葉寧(よつばねい)』といいます。以後、お見知りおきを」

 そう言って、彼女はクスリと微笑んだ。

 後に、浅日夏目は語る。

 その出会いはあまりにも扇情的だった、と。

 ◇◇◇

 屋敷に入って、夏目は客室に招かれた。客室にはソファが向かい合うように二脚、そしてその間にテーブルが置かれていた。それ以外はあちらこちらに発条(ぜんまい)仕掛けの様々な何かが置かれていた。失敗作なのかまったく動かないものもあれば、無事に動いているものもある。しかし、後者に関してはボールを二点間で行き帰りさせているだけという、それはいったい使い物になるのかまったくわからないものばかりであった。

「紅茶です。……ミルクにします、レモンにします?」

「それじゃ、ミルクで」

 少々のやり取りを交えて、彼の元にソーサーに乗ったティーカップ、それにミルクの容器が到着した。湯気が出て、とてもいい香りだ。

「飲んでも?」

「ええ」

 寧が座るのを見て、夏目はそれに合わせるように紅茶を一口すすった。

 それを口に含んだと同時に口の中に紅茶の香りが広がった。紅茶には何かの果実を使っているのか、爽やかな香りも一部含まれている。

「……この紅茶は?」

「林檎を擂(す)り潰したものを紅茶に入れることで、香りを引き立てています」

「ふうん」

 そう言って夏目は再び紅茶を一口すすった。

 そうして、二人の間に暫しの空白が生まれた。

「……あの」

 その空白を埋めようとしたのは、寧だった。

 寧はティーカップをソーサーの上に置いて、話を始めた。

「私は六道唯一博士に造られた、機関少女の一人です」

「そこだ」

 夏目が気になった最初のポイントはそこだった。

「機関少女とはなんだ?」

「機関少女とは、身体の凡ての機能を機関(からくり)のみで実現した、人間ではない存在です。普通ならば私の数え方は『人』ではなく『体』なのでしょうが……私の生みの親である六道唯一博士は、私を人間として扱ってくれました」

「だから、自分も人間として振舞う……ね」

 夏目はそう言って、ティーカップをソーサーの上に置いた。

 外を眺めるとそこには庭園が広がっていた。庭園はどちらかといえば和風であり、松や梅が咲いていた。

「……あの庭園は」

「凡て私が手入れしています。綺麗でしょう?」

「いや、そんなことより……六道さんは?」

 夏目は訊ねる。

 それを聞いて、寧は小さく頭を下げた。

「博士は私を遺してどこかへ旅立ってしまいました……」

 その声は朧気だった。そして夏目は六道がどこへ行ってしまったのかを理解した。

 それを確認することはせず、彼女と同じく俯いた。

「……あなたはとても優しいのですね。一緒に悲しんでくれる……慰めてくれる……」

「当然の事だろう」

 寧に言われて夏目は少し憤りを感じたが、それは表に出す程のものでもなかった。

「……話を戻しましょう」

 寧は穏やかな声で切り出した。

「……話?」

「そう。大事な話です。私と、あなたに関する」

 そう言うとなにか重大な誤解をしてしまいそうだが、と夏目は言いそうになったが、既のところで口を噤んだ。

 寧はそんな夏目の反応を他所目に、ティーカップの脇にあったあるものを夏目に差し出した。

「これは?」

 夏目は手にとって、眺める。

「これは……」

 寧が何かを口にしようとした――その時だった。

 寧の身体に銃弾が命中した。

 それを見て、夏目は一瞬思考を停止させた。

 その銃弾が命中し、寧がガクリと項垂れたのを確認するように、ドアというドアから無数の人間が押しかけてきた。

 いや、それは正確には人間ではない。素早く緻密な行動をしているが、それは機関によって造られた人形だった。

 機関人形。

 江戸時代に開発されたその技術は、今や軍事転用され、戦争に用いられる。軍人の代替品として重宝し、「死なない人間」である機関人形はもはや消耗品のように生産されているのだ。

 彼らは今銃を構えて、客室へと入り込んでいた。

 夏目はその場に取り押さえられ、身動きがとれなくなった。

「なんだ……どうしてお前らが……」

「こいつらに何を言っても無駄ですよ」

 声が聞こえた。

 顔を上げると、そこには寧が浮かんでいた。

 銃弾が命中し、動かなくなった寧は、その場に浮かんでいた。

 予想外だったのか、機関人形の面々は行動を一瞬停止させる。おおかた、そのようなプログラムが成されていないのだろう。

「……あら? もうお終い?」

 寧は優雅に微笑むと、いつの間にか手に持っていたステッキを一回転させる。

「それじゃあ、今度はこちらの番」

 そう言って。

 何かを思い出したように、ステッキを頭上に掲げた。

「あ、そうだった。夏目さん。決して、頭を上に上げないで、その場に這い蹲(うずくま)っていてくださいね?」

 警告は一度きりだった。

 刹那、ステッキが宙に舞った。

 そして、寧の姿は消えた。

 機関人形たちはその姿がどこに消えたのか探したが、

「遅い」

 ――その思考は、寧自身の言葉によって打ち止めされた。

 金属で構成されている機関人形は破壊すれば、必ず何らかの音が鳴ってもおかしくはない。

 しかし、其の時――音は鳴らなかった。

 機関人形の身体は音を立てることなく、静かに歪んでいった。その原因は、寧がステッキで軽く啄いただけだ。どう見ても、それだけにしか見えなかったのに、機関人形の身体はその一点を中心に曲がっていく。

 機関人形の歪みは止まらない。それを楽しげに見つめ、微笑む寧は、狂っているかと思わせるほどだ。

「どうしたの? 私を破壊しに来たのでしょう? もしくは……『ご主人様』を捕まえに来たのでしょう? ですが、そんなことは無駄です。既に私とご主人様は接触してしまったから。既に人類最強の頭脳と、人類が造り上げた最高技術の結晶は出逢ってしまったのですよ……!」

 寧は笑う。

 それだけを見れば、どこにでもいる可憐な乙女なのに。

 彼女が持っているものと、彼女のいる場所を考えるとそれは四ツ葉寧以外に有り得ないことだった。

 だが、寧がそれを言っても無駄だ。彼女と戦っている機関人形は自らで考えようとしない。即ち自律しないのだ。自律しないということは決められたプログラム通りにしか動かないのだから、自分で考えて行動するということもないのだ。

 寧はそれを知っていて、敢えてそういったのだろう。

 自らの実力を鼓舞するため?

 機関少女の恐ろしさを機関人形に知らしめるため?

「……ハハッ」

 いや。

 そのどれも違うだろう。

 今の彼女は、純粋に戦闘を楽しんでいた。

 楽しんでいて愉しんでいて樂しんでいた。

 人は昂ると、普段とは違う様子になるのだという。

 それが機関少女――人工的に作り上げられた代物にも適用されるのかは、如何ともし難いところだが、今の彼女は少なくともそうであった。

 狂ってる。

 浅日夏目が、機関少女四ツ葉寧の戦闘を見て浮かんだ第一印象であった。

「さあて……殿方が震えております。怯えております。怯えというのは、時に思考を燻らせます。知っていますか? 怯えた人間に計算をさせると、いつもより二割ほど時間が多くかかるそうですよ。……まあ、機関人形であるあなたには、まったく関係がないでしょうけれど」

 寧は機関人形に囲まれているにもかかわらず、彼らに囲まれているその空間を一周するように歩いた。

 そのあいだ、機関人形たちは動けなかった。動かなかったのではない。動くことが出来なかったのだ。

「……まあ、いいですわ」

 寧は痺れを切らしたのかもしれない。

 ステッキでトン、と床を叩くと彼女は小さく息を吐いた。

 その刹那――勝負は決していた。

 機関人形たちが凡て倒れていて、それが山のように積み上がっていた。

 その様子こそ、まるでガレキの山とも呼べる。

 その山の天辺で、ステッキを片手に持った寧が、笑っていた。

 その光景を見て夏目は、ただただ恐怖を感じた。

「六道さん……あんた、なんてもんを作ったんだよ……」

 夏目はここで一瞬ここに来たことを後悔した。

 だが、それ以上に。

 機関少女である彼女を、もっと知りたいと思った。

 だから夏目は自らそのガレキの山を登っていく。突然動き出さないかどうか心配だったが、あいにくそう高い山ではないので、すぐに登りきることが出来た。

 天辺に立つ寧の横に立った夏目を見て、寧は目を丸くしていた。

「どうかしましたの?」

 寧は訊ねた。

 それに対して、夏目は彼女の方を向いた。

「いいや……。ただ面白いと思っただけだ」

「奇遇ですわね、実は私もそうだと思っているのですよ。でも、あなた以上にそう思っていると確信はしていますが」

「そいつは手厳しいな」

 そう言うと、ふたりは堪えきれずに笑い出した。

 誰もいない静かな屋敷に二人きり。

 機関人形の山の頂上に二人きりで、彼らは笑いあった。

 ◇◇◇

「あれが『機関少女』か。なんということだ。まだ小童じゃあないか」

 機関人形に備え付けられていたカメラからの映像を、会議室で数名の人間が鑑賞していた。

「『機関少女』は我々の悲願だった。このように通信技術が日進月歩のごとく進歩しようとも、これと比べると月と鼈(すっぽん)だよ」

「機関少女は、彼の手に渡ってしまいましたな」

「いいや。我々にはまだ居るだろう。機関少女はまだ少ないが……我々の手駒となる『アイツ』が居るではないか」

 そうだ、そうだと声が上がる。

 それを静かにしようと、一人の人間が大きく咳払いをした。

「……解った。ならば君たちの意見を採用しよう。我々は今から標的(ターゲット)の近くにスパイを潜り込ませる。同意を」

 それに誰もが拍手で応じた。

 新東京特別区哭切(こくさい)高校。

 二年A組の最後列の窓際の席に、浅日夏目は座っていた。

 哭切高校は着流しであるならば制服でなくても登校を認めている。そのため学生の大半が着流しで登校している。涼しいし、何しろ過ごしやすい。

 それに比べて女性は洋服が多い。ワイシャツを着て袖を捲くっていたりするのがほとんどだ。

 新東京特別区は太平洋上に浮かぶ人工島であり、東京と比べれば若干暖かい。だからこそ冬でも東京よりかは薄い服装でもいいのだろう。

 さて、夏目は大体全員が来るくらいのタイミングまでずっと外を眺めているのだが、その夏目を眺めている男が一人。夏目とよく似た着流しを着、ベレー帽を被っていた。

「……いつまで密着している」

「そりゃあ、スクープが出てくるまでですよ。僕は新聞記者ですから!」

「正確には『新聞部』の記者だろう」

 夏目は敢えて憤りを隠さなかった。

 そうしていればいつかは離れていくだろうと思っていたからだ。

 ……だが、それから一月近く経った今でも彼に執着されている。だからもう夏目は彼のことをあまり気にしないことにしたのだ。

 男の名前は柊木宗(ひいらぎしゅう)。哭切高校三年生であり、新聞部に所属している。

 彼のあだ名である『神童』というのは、この柊木宗に命名されたのではないか、というほどの密着ぶりである。実際は違って、中学時代の新聞部により囃し立てられただけである。

「……まぁいい。そんなことより三年生というものはこういうことをしている場合ではないと思うんだが」

「だからこそ取材しているんです!」

 取材というより、ストーキングに近い。

 哭切高校は部活動での推薦が非常に大きいウェイトを占めている。たとえば、新聞部なら『校内が一定期間注目した記事』を執筆した記者を新東京特別区内にある三つの新聞社への斡旋が行われる。ほかの部活動でもそのような推薦があり得る。よって、哭切

 即ち、完全なる実力社会である。実力のある人間は引く手あまただが、ない人間は……言わずもがなだ。

 そして彼、柊木宗はそういう記者を目指しているために、入学時に凡ての話題をかっさらっていった浅日夏目にフォーカスを当てているのだ。

「……だって君は『神童』じゃあないですか。神童と呼ばれた君が何を起こすのか、案外楽しみな人が多いんですよ」

「そんな馬鹿な……」

 夏目は呟くと、教室にひとりの人間が入ってきた。

 長身の男だ。同じように着流しを着ているが、その上に黒い羽織を着ている。まだ若いにもかかわらず、その羽織を着ているということは、その人間が誰であるかは、学生にすぐ分かるようになっているのだ。

「はい、おはようございます」

 教壇に立って、男は頭を下げる。それを見てクラスメイトの面々も頭を下げた。

 ちらりと横目をやると宗の姿が見えなくなっていた。いつの間にか自分の教室へと戻っていたらしい。足が速い男だ。

「今日は皆さんに転校生を紹介します。どうぞ」

 そう言うと、教室の扉が開いた。

 そしてそこから、ひとりの少女が入ってきた。

 赤い瞳の少女だった。茶色い髪はウェーブがかっていて、どことなく日本人らしくない。

 そして、その少女を夏目は知っていた。

 男の隣に立つと、男は言った。

「四ツ葉寧さんだ。鷺宮高校から転校してきたということだ。家族の方はどちらも忙しいとのことで、家に近いこちらへ転校することとしたということだ。皆、仲良くするように」

 夏目の頭の中は、もうとっくに真っ白になっていた。

 どうして彼女がこの学校に、このクラスに?

 何か目的でもあるというのか?

 そんな彼の考えをよそに、寧は夏目の方を見て頭を下げた。

「これから、よろしくお願いします!」

 教室は、拍手で包まれた。

「これはいったい、どういうことだ」

 昼休み。廊下にて遭遇した夏目は寧に声をかけた。

「どうなさいました?」

 しかし当の本人はニコニコしながら答えている。この機関少女、まったく悪気が無い。

 夏目は溜息を吐いて、話を続ける。

「どうしてお前がここに居るんだ?」

「私はあなた……ご主人に従っているのです。ご主人は狙われている。そして、もともと私も狙われていました。博士が開発した、最強かつ原初となる機関少女である、この私を」

「随分と自信があるのだな……。まあ、それはいい。そんなことよりも、どうしてここにいるのかについて聞きたい。先ほど、僕を主人と言ったな? だったら主人命令だ、帰れ」

「何故ですか。差し支えなければ理由をお聞かせ願いたいのですが」

「差支えがあるので答えない。それでいいか」

「そうですか」

 あまりにも淡白な答えを告げて、寧は立ち去ろうとした。

 夏目の目が眩むほど、眩い光が発せられたのはその時だった。

 それを見て夏目はすぐに察した。――不味い、と。

「いやあ、スキャンダルですよ! まさか転校生が神童・浅日夏目と手を組んでいるなんて!」

 手を組んでいる、って何だか疑問を浮かべそうな言い回しである。

 カメラを持った柊木宗は、ニコニコとした笑顔でそう言った。

 夏目は顔を抑えながら、考える。

 寧は何かあったのか解らなかった。首を傾げ、考え事をしているようだった。

 ――そして、数瞬の間が空いて、寧は手を上げる。

「排除します」

「ちょ、ちょっと待てよ!」

 その手を急いで下げる夏目。

 寧は首を傾げて、夏目を見る。

「どうして止めるのですか、彼は殺さねばなりません」

「殺す、殺さないという問題では無くて! そんなことをするのは人間ではないということだよ!」

「そう、なのですか?」

 きょとんとした表情で訊ねる寧。

 溜息を吐く夏目は、柊木宗の方を見た。

 柊木宗はおびえたような目を見せていた。

「……解ったか。僕はあまり言いたくないが、彼女がここまで言うようならば仕方ない。僕は言いたくないのだよ? 僕は言いたくないのだけれど……、彼女が黙っていない。一応、確認しておこう。君、その記事をどうするつもり?」

「ええと……捨てます。カメラも、フィルムを捨てます」

「一応確認しておきたいから、目の前でしてくれるかな」

「ええっ? ……でも、それ以外にも大事なデータが……」

「解った。ならば、このときの写真だけでいい。それだけでいいから削除するんだ」

「……本当ですか?」

「僕が冗談を言うとでも?」

 柊木宗はしぶしぶ、カメラのフィルムを引っ張った。

 これで凡て解決。そう思った彼は、先に歩き出した。寧が先に歩くと何を仕出かすか解らないからである。

 そして充分に距離を取ったところで、寧も歩き出す。

 二人の姿を悔しそうに眺めていた柊木宗だったが――、彼らが立ち去るのを見てにやり笑みを浮かべた。

 その時だった。

「サア――始めよう。物語を。戦いを!」

 柊木宗はカメラを投げ捨て、マイクを取り出す。普段は新聞記事を書くときの情報を集めるために使うものだ。

 だが、今は違う。

「現れよ、ドウル!」

 刹那、学校を取り囲むように――たくさんの機関人形が立っていた。

  ◇◇◇

「ついに始まりましたな。……暴走ともいえましょうが」

「仕方あるまい。あとは彼に凡て任せることとしよう。これで四ツ葉寧を『破壊』することが出来れば構わないが……。出来ないのであれば、彼も失敗だと言える」

「それだけで解決するのですか?」

 訊ねる『老師』に頷く『才女』。

 彼らは『組織』と言われていた。

 機関少女の存在を、忌み嫌っていた。

「機関少女という存在を、どうにかして潰すにはどうすればいいか」

「そのための『彼』でしょう?」

 才女の言葉に頷く老師。

 老師は髭を触りながら、笑みを浮かべた。

「機関少女の実力……試させてもらうよ」

◇◇◇

 機関人形の大群が哭砕高校に襲い掛かる。

 学生、先生、まったく関係のない職員までもがその犠牲になる。

 目の前で、今まで親しかった人間が兇刃に倒れていく。

「……何なんだよ、これ」

 その光景を、夏目はただ見ることしかできなかった。

 襲い掛かる機関人形を排除していく機関少女・四ツ葉寧。

 しかし彼女にも限界はある。所詮は、機関少女。人間ではない。機械だけでつくられた存在。

 彼女の肩が、機関人形の攻撃によって削ぎ落とされる。彼女が着ている制服諸共床に落ちる。

「寧、腕が……」

「問題ありません。たとえ片腕が、両腕が削ぎ落とされようとも攻撃することが出来ます。このような状況であなたを見捨てることが出来ましょうか」

 正確に言えば彼女の左腕、それは神経だけならば接続されている。しかしながらそれ以外はくっ付いていない。人間で言うところの骨と肉が削ぎ落とされたという形になっている。

 機関人形が寧の目に刀を突き刺す。左目は使い物にならなくなったが、それを利用して機関人形の右手を手繰り寄せる。

 機関人形に感情は存在しない。たとえ痛みを感じても、たとえ驚いても、その感情を示すことは無い。

 常に無表情である機関人形は、不気味だ。

 対して機関少女・四ツ葉寧は笑っていた。

 目を刺されているにもかかわらず。

 左腕がほぼ動かないにもかかわらず。

 彼女は笑っていた。

「何で……笑っていられるんだ……?」

「それは、愚問です。機関少女、いいえ、私はそもそもあなたを守るために生まれた存在です」

 機関人形の首を引き千切る寧。

 だが、日常的な会話をしているように彼女は話を続ける。

「だから、これは嬉しいという感情です。あなたを守ることが出来ている。あなたを守るためにこの力を使えている! それがとても、素晴らしいのですよ」

 残虐なことが目の前で繰り広げられているにも関わらず、彼女は笑っていた。

 左目には刀身が突き刺さっており、血のようなものも流れている。

「血も……流れているぞ?」

「ああ、これは問題ありません。血のように見せかけただけのものです。実際はただのオイルです。使用には何ら問題ありません」

 しかしその流れているオイルは、どこか涙のようにも見えた。

 泣いているようにも、見えた。

「これで、最後です……!」

 寧は、最後の機関人形を捕まえると――それを上下に引き裂いた。

 終わったのを確認して、寧は溜息を吐いた。

 夏目も安堵したような笑みを浮かべて、彼女を見つめていた。

「……一先ずですが、終わりました。一安心です。まさか、学校に機関人形の大群が襲い掛かるとは」

 廊下には、死体が散乱していた。それは先生であったり、学生であったり……人間の性別も種別も問わず、たくさんの死体が無造作に放置されていた。

 おそらく、生き残ったのは彼らだけなのだろう。

「良かった……本当によかった……」

「ええ。これだけで助かりました……」

 二人が、安堵の表情を浮かべた、

 その時だった。

 ――ザシュ

 彼女の心臓を、刀身が貫いた。

 それを見てすぐに彼の表情は――絶望に染まる。

 血を――オイルを口からこぼしながら、倒れる寧。

「寧、寧――っ!」

 背後に立っていたのは、人間だった。

「まさか……あなたがこれをやったというの……?」

 倒れた彼女の頭の上に、人間は足を乗せる。

 それは寧にも夏目にも見覚えのある人間だった。

「いやあ、まさか機関人形を全滅させるとは思わなかった。だから、僕が出るしかなかった。ほんとうは僕の手を汚さないで機関人形だけで済ませてしまえば何の問題は無かったんだよ?」

「柊木……宗……!」

 そこに立っていたのは、新聞記者・柊木宗だった。

「まあ、どちらにせよ君たちは死ぬことになる。ああ、片割れは『破壊する』と言ったほうがいいかなあ? いずれにせよ、機関少女は我々以外の存在が持ってもらっちゃ困るのだよ」

「我々……?」

 寧が口をはさむ。

 それに苛立ちを募らせたのか、思い切り寧の顔を蹴り上げた。

「機関少女風情が人間の会話に口をはさむんじゃねえよ。解って言っているのか? ああ?」

「……」

 しかし、寧は答えない。

「何だぁ? いかれちまったかあ? 最高だなあ! ヒャハハ!」

「柊木……お前いったい何を……」

「夏目さんも大変ですねえ。このようなものに巻き込まれたせいで死ぬんだから」

「死ぬ?」

「そうですとも」

 柊木宗の隣に立っていたのは、少女だった。――これも機関少女なのだろう、と夏目はすぐに理解する。

「君はこいつに殺される。僕はこの機関少女だったガラクタを回収する。そうして残るのは機関人形が暴れたという形跡のみ。会社もすでに会見を開いているだろう。あれ程の機関人形を暴走させたんだ! 世間の評判はガタ落ち……いいや、それを軍事転用することがで居れば……」

「軍事転用……。これを戦争に使う、ということか?」

「ああ、そうだよ。だって魂も命も無い、機関人形だ。これを使うことによって、人間が戦争に行く必要はなくなる。指揮官だけはどうしても必要となるがね。それにより生み出されるものは何だ? 戦争による略奪行為は人間がやる必要がなくなるというわけだよ。たとえ壊されても無限に生み出すことが可能となれば、無限の人命があることと等しい。そうなれば、我が国は完璧だ」

「……それを、国民が認めるというのか?」

「認める? 随分と呑気なことを言っているんだね? これはもうすでに始まっている。実用化が開始されているのだよ。別に問題ないだろう? 僕たちは安全圏で戦争を見るだけになるのだから。かつての戦争はもう終わった。これからは機関人形、いいや、機関少女を使う時代だ」

「機関少女……この子を使うと?」

「この子? 機関少女には人権は無い。即ち人間と同等に扱う意味など無いということだよ。あくまでこいつは『兵器』だ。兵器に感情を導入する時点でおかしな話だ」

 それを聞いて夏目は隣に居る機関少女を見つめる。彼女は無表情でこちらを眺めていた。

命令を待機している、と言ってもいいだろう。

「……長々と話をするのもここまでだ。『ククリ』、やれ」

 無言で『ククリ』は頷き、一歩ずつ彼の元へ近づく。

「ほんとうに、僕を殺すのか?」

 柊木宗に訊ねる夏目。

 柊木宗は笑って、言葉を吐き捨てた。

「愚問だね」

「そうか」

 そして、持っていた刀を夏目に振り下ろした――。

 ――目を瞑っていたが、彼に何も衝撃は無かった。

 恐る恐る目を開けると、誰かが彼の視界をふさいでいた。

 そこに居たのは、寧だった。

「寧! 無事だったのか?」

 寧は『ククリ』の刀を押さえつけていた。

 しかし、一番驚いていたのは紛れもない、柊木宗だった。

「な、何で! 何で心臓を貫いたのに、動いているんだよ!」

「残念でした。こういうこともあろうかと、心臓の位置は普通の人間と違うんですよ。名前は忘れてしまいましたが……こんなことをしていたらしいですね」

 そこで夏目はあることを思い出していた。

 六道唯一から聞かされた、内臓の位置が凡て反転しているという人間の話を。

「あれって、この伏線だったのか……」

 彼は一人で納得する。

「おい、『ククリ』! そんな手負いの機関少女なんてどうにかなるだろう!! さっさと倒してしまえ!!」

「そう言われていますが、不可能と判断。力が強すぎる。このままでは圧倒的エネルギー不足と判断」

「あなた、弱すぎますね? いったいだれがこれを作ったのだか……問い詰めたいくらいですよ?」

「出力、出力最大だああああ!」

「はい、ここまでっと」

 寧は『ククリ』の右腕をへし折った。

 そして引き千切った。

「エラー発生。エラー発生……」

「エラーなんてどうでもいい! いいから応戦しろ!」

「さてと、その隙に!」

 もう一本の腕も破壊させる。

「このままでは……!」

 汗をだらだら流しながら、柊木宗は言った。

「はい。これ以上やるのは弱い者いじめな気がしますね」

 唐突に。

 寧は攻撃をやめた。

「どうしたんだよ、寧。まだ敵は……」

「だって、ご主人様は私に言いましたよ。『あまり力を使うな』って」

「それは言ったかもしれないが……今は緊急事態だろ」

「に、逃げるぞ……!」

 そして、柊木宗と『ククリ』は走り去って行った。

 エピローグ。

 というよりもただの後日談。

 その後どうなったかと言えば、彼は逃げ出した。厄介なことになりたくなかったからである。足跡を消して、どうにかして立ち去った。

 柊木宗も行方不明になっているので、そろって行方不明になることだろう――そう思っていたが、彼が思っている以上にあっさりと『浅日夏目は今日学校に行っていなかった』ということで決定されてしまった。

「これっていったいどういうことなのだろうなあ……」

 コートを羽織っている寧と、夏目は歩いていた。寧を修理するための材料を取りに行くためだ。場所は六道唯一の屋敷にある地下室。そこに行けば材料があるから――という寧の言葉に従った形となる。

「……きっと私たちが思っている以上に大きな力が働いているのかもしれませんね」

「例えば?」

「国とか?」

「そいつは冗談として受け取っておくよ」

 とても冗談とは言えないような会話があった気がしたが――彼はそれを考えないことにした。

 それよりも今は寧を修理しなくてはならない――そう考える夏目であった。

◇◇◇

「柊木宗、いや、『若人』」

「これは失敗でしょう。幾らなんでも」

 老師と才女が話をしている。

 内容はもちろん、若人――柊木宗の対処についてだった。

「とにかく『頂点』の決定を待つしかあるまい」

 結果的に二人がそう結論づけた、その時だった。

「それを待つ必要はない」

 声が聞こえた。

 と、同時に。

 若人の首が――スライドした。

 そして、床に頭が落下した。

 現れた人間は笑みを浮かべ、呟く。

「たった今、処罰は終了した」

 この後、機関少女の攻防戦に巻き込まれることとなる浅日夏目。

 身を投じることを嫌っていたが、寧とともに『組織』との戦いに挑むこととなるが――それはまた、別の話。

 これは、機関少女が世界平和を夢見て、ある一人の少年を主人と敬い、それを実現させようと奮闘する、その前日譚である。

終わり

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初出:2015年5月頒布 伝奇小説アンソロジー「ありえない歴史教科書 日本史D・世界史D」

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