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組合理事・仲本さんとの戦い

私が住んでいるマンションには管理組合がある。
以前、この組合の理事長を一年間務めていた。
立候補したわけではなく、誰もやる人がいなかったので引き受けたのだ。
そこで出会った理事会メンバーの一人、仲本さんとの一年に渡る戦いの記録を残しておく。
あ、別にそんな壮大な話じゃないです。


空虚な理事選

このマンションの管理組合は、輪番制で数年に一度、必ず理事が回ってくる。
毎年10戸ほどの部屋番号が指定されるので、選出された部屋の世帯主は一年間理事として活動しなければならない。

うちにも理事が回ってきたのだが、世帯主の夫は単身赴任中のため出席できなかった。

「事情説明して代わりに出といてね。あ、理事長はめんどくさいから絶対断りなよ」

電話で夫に念を押され、私は代理として理事会に出席した。
説明によると、この第一回の理事会で理事長を決めるという。

「じゃあ、立候補の方いますかー?」

立ち会い人である管理会社の担当者さんが声をかけても、誰一人として手を挙げなかった。
みんな視線をそらし、明後日の方向を見つめている。

こういうことはよくあるそうで、その場合はくじ引きとかジャンケンとか、何らかの方法で決めるらしい。
が。

「運任せっていうのはちょっと…」
「大体今日出席してない人いるじゃない。その人の責任はどうなの?無責任じゃないの?」

何があっても理事長にだけはなりたくない、という思いからか、延々30分にも渡って大の大人達が駄々をこね始めたのだ。

呆れた上に、いい加減お腹が空いた私は「じゃあやりますよ」と手を挙げた。
代理だったのに、何故か私が理事長になってしまった。


仲本さんという人

正式に書面で各戸に配布される前に、「夏木さんの奥さんが理事長になったらしい」という話はマンション中に広まっていた。

私はここの住民の一部のオジサマ方から「オタサーの姫」的な扱いを受けているので、エレベーターやエントランスでよく話しかけられる。

「聞いたよ!理事長になったんだって?応援してるから頑張ってね!」
「何か困ったことがあったらいつでも相談してくださいね」
「大変だと思うし、なんか手伝うよ、何でも言って」

サークルメンバーからの熱い激励を受け、私はこの仕事を全うしようと心に誓った。

どんなに大変な仕事でもやってのけるぞ、と勢い込んでいたのだが、これが実に簡単な仕事だった。

送られてくる書類に目を通し、確認したら捺印して管理会社行きのメールボックスに入れる。
そして月に一度の理事会に出席し、一時間ほど参加して終了。

正直たったこれだけの事を何故あんなに嫌がるのか分からないが、「長」と名のつくものになりたがらない人は多いのだろう。

第一回の理事会ではメンバー同士が挨拶をしたのだが、この中に仲本さんというクセの強いおじさんがいた。

仲本さんは50代後半から60代ぐらいの、小柄で痩せ型のおじさんだ。
いつも仏頂面をしていて、人を見下したような態度を取る。

マンション内ですれ違っても、決して誰とも挨拶はしない。
しかし理事会では水を得た魚のように自分の意見を喋りまくり、代わりに人の意見は全く聞かない、という非常に分かりやすい嫌われ者だった。

理事長になった私は、この仲本さんという人と接するに当たり、作戦を練り始めた。



何事も最初が肝心だよね

第二回の理事会の日。
いきなり仲本さんが仕掛けてきた。

最近ゴミの出し方がなってない。
ゴミ捨て場の扉を開けっ放しにする奴もいる。
犯人を特定したいから監視カメラを見たい。

というようなことを言い始めたのだ。

「ま、理事長さんは了承してくれればいいだけだから。あとは私の方でやるんで。あ、『了承』って『了解』ってことね(笑)」

ほう。
この私に喧嘩を売ろうとは良い度胸だ。
そちらがその気なら私も抜かねば無作法というもの。

「ダメです」

私の一言に仲本さんはキョトンとした。

「ゴミ捨て場に設置されているカメラは防犯カメラです。犯罪を未然に防いだり、実際に犯罪が起きた際に警察に提出するために設置しています。住民を監視し、そのプライベートを暴くために設置しているわけではありません。だから了承はしません」

仲本さんは思い切り私を睨みつけてきた。
私も冷たい目で見返すと、逃げるように目を逸らす。

おいおい。
喧嘩吹っかけてきたんだから、もっと腰据えて向かって来いよ。
「相手間違えました」ってケツ捲って逃げようったってそうは問屋が下ろさねーぞ。

おそらく仲本さんは私をお飾りの理事長にして、自分の都合の良いように理事会を運営しようとしていたのだろう。
だが、目論見が外れたようだ。



論破は何も生み出さない

その後の理事会でも、仲本さんは私に突っかかってきたが、その度に正論で対抗した。
やがて他の理事メンバーも「そうだそうだ!」みたいな感じで加勢し始め、仲本さんは勢いを失っていく。

マズイな。と思った。

一対一の喧嘩なら良いのだが、多勢に無勢は粋じゃない。
大体私は仲本さんを打ちのめしたいわけではないのだ。

あくまでもこの理事会を円滑に運営したいだけ。

そこで私は彼に対して、あえて意見を求めるようになった。

「仲本さんはどう思います?」
「〇〇についてですけど、どっちが良いんでしょうね?」

元々喋るのが好きな仲本さんは、私が聞くと色々と意見を出してくれた。
それに対して一理あると思えば「確かにそうですね」「私も賛成です」と同意し、彼が孤立しないよう周囲にも気を配った。

だが仲本さんが調子に乗ってとんでもないことを言い出せば、即刻「ダメです」と撥ね退ける。

良い部分を認め、悪い部分は指摘する、という人間として当たり前の事を、彼はされたことが無い人生だったのだろうか。

次第に仲本さんは私の意見も聞いてくれるようになり、世間話程度ならしてくれるようになった。



仲本さんから学んだこと

特に大きなトラブルも無く、無事に私は理事長の任期を終えた。

世の中には仲本さんのように、自分の考えを曲げられない大人がたくさんいる。
そうした人を爪弾きにして叩くのは簡単だ。
しかし本人に自分の欠点に気付いてもらい、変わるキッカケを作っても良いのではないか。

森元首相も河村市長も、悪気があったわけでは無いのだろう。
ただ、自分の考えがズレていることを、指摘してくれる人がいなかった。

もう理事会のメンバーから外れたので、仲本さんと顔を合わせることは滅多に無い。
だが、時々エレベーター前で遭遇することがある。

仲本さんは相変わらず仏頂面で、私をシカトしてエレベーターに乗り込む。
だからわざと声をかける。

「仲本さん、お疲れ様です!」

すると彼はバツが悪そうに「あ…、お疲れ様…」と返す。

「今日寒くないですか?」
「日本の四季は全くどこ行ったんだか…。大体温暖化を放っておいた奴らが悪いんだ。気候変動問題にもっと早く取り組んでれば」
「あ、着いちゃったんで降りまーす。おやすみなさーい」
「お、おやすみ…」

今日もうちのマンションは平和です。

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