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少年はやがて大人になる②

前回

少年はやがて大人になる①|https://note.com/natsugakuru13/n/nc31e6013c6ed

 友達が告白される現場に居合わせてしまい、現実的な「恋愛」を初めて認識したあの日から一週間後、J本人からMと付き合うことにしたと告げられた。
 Rが付き合った時はあまり驚かなかった。付き合う前の様子を見ていて、「そらそうやろな」と思ってたから。

 Jに関してはけっこう意外だった。そんなに喋ったこともない女の子と付き合うと思っていなかったし、告白された時はあまり浮かない顔を浮かべていたから断るのかなぁと思っていた。

 JとMは付き合い出してから、順調に恋人らしく仲良くなっているように見えた。お互いに運動部で結構忙しいなか、バレー部が外周をしてる時は隙を見て手を振ったり、放課後は途中まで一緒に帰ったり、わざと遠回りして周りに茶化されないようにしている姿はとても可愛いかった。

 それからJとは一緒に帰る頻度が減っていった。3クラスしかなかった僕の学校では、僕がいくら口をつぐんでも秘密は出回ってしまう。Jが先帰っといてーと言うと、周りはガキみたいに冷やかした。

 最近までONE PIECEの必殺技を叫びながら走り回っていた少年が、1人の女の子を大切にする姿を見て、自分とはやっぱり違う人間になったんだなぁと思った。告白された日に「わからへん。」と言っていた時のあいつはもういない。





 告白の現場にいた「関係者」として、僕はバレー部に認知されていた。

 ある日の休み時間に、たまたま階段の踊場でMと鉢合わせした。すらっと背が高くてショートカットの友達の彼女。僕は彼女と目が合うとぎょっとして目を反らしてしまった。一週間前の頬を赤らめる姿がフラッシュバックしてしまい変に緊張してしまったからだ。
 Mはそんな僕にお構い無しに「…このこと誰にも言わんといてなぁ~!」と言ってきた。語尾の子音を伸ばす独特の話し方。一度聞くと耳にこびりつくような高い声で僕に釘を刺す。
 僕は「わ、わかってます…!」と何故か敬語で返した。Mは安心したように微笑んで、その場を立ち去った。
 一週間前の様子とはうって変わって、その表情はきらきらと輝いていた。恋が実ると人はこんなに晴れやかになるのか、と思った。

 それからと言うものの、廊下ですれ違ったり、外周でグラウンドの近くを通ったりするたび、Mの姿を見るとぎょっとして、少し背伸びをしてしまう自分がいた。





 RとJに彼女ができてから、サッカー部とバレー部の交流が確実に増えた。主に外で活動するサッカー部と、室内のバレー部。部活中に接することはほとんどない。
 それでも思春期真っ盛りの男子中学生たちは、休憩中にわざわざ体育館の方のウォータークーラーに行って無理やり接触を試みようとしていた。その逆もしかりでバレー部がグラウンド側のウォータークーラーに来ることもあった。

 思春期真っ盛りのサッカー部の男子もバレー部の女子も色めき立ってることが僕にでもわかった。
 むしろサッカー部と付き合うことがある種のステータスなのでは?と思うぐらい、バレー部の方から積極的に接してくるようになった。

 僕は人気者の一員になれたようで嬉しかった。「サッカー部補正」で女の子と喋る機会が増えたのだ。男子テニス部とか野球部のやつらを見下すぐらい調子に乗っていた。

 それからというもの、バレー部がグラウンドの近くを通るたびにカッコつけて練習するようになった。中学生男子とはそういう生き物だ。女の子が近くにいるとカッコつけたくなる。僕はしっかりバレー部を意識してしまっていたと思う。この頃から恋愛に興味が湧いてきたことを覚えている。





 Mと会う度に緊張していた僕は、だんだんぎょっとせず話せるようになった。そんなMと廊下ですれ違う度、挨拶だけでなく何かと質問をしてくるようになった。

「血液型なに?」
『AB型!』
「えー!そんなんやぁ!意外!ありがとーバイバイ!」
といった具合に。

 他には「誕生日いつなん?」とか、「好きなタイプはどんなん?」とか。初めは質問の意図がよくわからなかったけど、話しかけてくれることが僕は嬉しかった。

 しかしMは単に僕に話しかけてくれていたわけではなかった。Mは他のバレー部の子とサッカー部をくっつけようとしているようだった。だから僕のことをいろいろ探りを入れていたのだ。彼女なりのマーケティングみたいなものだった。

 僕はそんなにバカじゃない。テストも学年で20位以内だしそれぐらいわかる。それぐらいわかるけど、最近よく話しかけてくれると思ったらそういうことかぁと少し残念に思った。そういうことなら先に言っておいて欲しい。優しくされたらめちゃくちゃチョロいから。僕は完全にバレー部、もといMのことを意識してしまっていた。

 ある日、サッカー部とバレー部のカップルがもう1組誕生した。その男の方はなんと僕の双子の兄だ。僕の双子の兄も同じサッカー部だった。これでなんと3組め。やはりMが裏でそそのかしていたようだ。
 これにはさすがに他の部活の人からも噂される。「サッカー部とバレー部は付き合いがち。」みたいな感じで。

 小学校からの友達と、兄弟までもがバレー部と付き合っている。こうなると僕も恋愛に興味を持たずにはいられない。僕も部活後に一緒に彼女と帰りたいし隠れて手を繋ぎたいしイオンモールで映画デートをしけこみたい。僕にも何かあるんじゃないかとソワソワし始めた。

 この頃からMからの質問の数が増えただけでなく、何故か僕のことを褒めてくるようになった。

「柔道着の着方カッコいいなぁ~シュッとしてるわぁ。」
「あんた髪の毛いい匂いやな~。うちこの匂い好きやわぁ。」

何のつもりなんや!?君にはJがいるやないか!知っとんねん、君の計画はお見通しや。でも匂いが好きやわぁとか言われたら意識してしまうやろ!

 意図がわからないMの言動に一喜一憂してしまう。

 無論、次の日からリンスを2倍の量に増やしたし、念入りに身体を洗うようになった。柔道の授業もめちゃくちゃ真面目に取り組んだおかげで身体能力が向上して逆立ちができるようになった。僕にできることはそれぐらいしかなかった。

 Mが他の子をそそのかしているのは知っている。でもMと話してる瞬間は高確率で僕の耳が真っ赤になっていた。
 友達の彼女ということはわかりつつも、"憧れ"に近い感情をMに抱いていたのかもしれない。


 ある日のお昼の放送で、RADWIMPSの『ジェニファー山田さん』という歌が流れた。この中の一節で『コ●ドームは自分のために』という部分が大音量で校内に流れて物議を醸した。誰の仕業かわからなかったが、血気盛んな男子はこの話題で大いに盛り上がった。廊下に出て他のクラスの男子と「放送聴いた?コ●ドームやってぎゃははは!」と、低レベルな下ネタで笑いあっていた。

 するとそこにMがやって来て、「そういうこと興味あるんやなぁ。ちょっと意外やったわ。」と言ってきた。どうやら僕がコ●ドームというワードに反応したかどうかをわざわざ確認しに来たらしい。

 僕はわりと品行方正な態度で学生生活を送っていたので、彼女からすると意外だったようだ。僕だって立派な男子中学生だからそれぐらいの知識はあるし、そういうしょうもない話題で盛り上がることはある。
 ただ、Mがちょっと引いた感じで言ったので焦った僕は「ちゃうやん!これぐらい男やったら知ってるやろ!」と強がって必死に弁明した。

 Mは隣にいた女子に話しかける。「やって!下ネタもいけるなんて意外やったよなぁ~!」隣にいたMより身長が小さい女子はうなづいて同意する。

 この隣にいた女の子が、Mが僕とくっつけようとしていた子だった。それはなんとなくわかった。次はこの子と自分か、と根拠も無く察した。

この子を仮にKとする。





 Kはバレー部の中では一番小柄だった。面白いことが好きで、ちょっと大阪のおばちゃんっぽい子だった。

 Kも自分に興味を持ってくれてるっぽいし、僕もサッカー部とバレー部の「流れ」のせいか少し浮かれてて、これはとうとう自分の出番やなあと思い始めた。
 しかし当時携帯電話を持っていなかった僕は、メールで距離を縮めるなんてことができなかったので、廊下ですれ違ったり、体育館近くのウォータークーラーで挨拶したりするぐらいで一向に仲を深められなかった。

 そんなもどかしい時間だけが過ぎようとした矢先、Jから「日曜日デートやから空けといてな。」といきなり意味深な誘いを受けた。

「どういうこと?」
「日曜日オフやろ。やからデート行こうってMが」
「僕が君らのデートに混じるってこと?」
「知らん。とりあえずお前を誘っといてってMに言われてん」
「なんで僕なん…?」
「それは来たらわかるって」
「はぁ…」

JとMのデートに僕も誘われた。掘り下げるとあの告白の現場にいた4人が一緒に遊びに行くみたいだ。そこになぜか僕に召集がかかったのだ。

 Jに言われるがまま僕は伊丹のイオンモールに集まった。
すると4人の他にもう1人女子がいた。Kもその場に呼ばれていたのである。これはいわゆる「トリプルデート」ってやつだった。そんなものが本当にあるのかって感じだが。

僕は全部が全部Mによって仕組まれた会だと察した。彼女がこんなに用意周到だとは思わなかった。
 Kがいたことにびっくりしつつも、制服じゃないKの私服姿を見るのは初めてだったから、少しドキドキした。ちらっとMの方を見ると、手で口を覆いながらニマニマ笑っている。初々しい2人を見て楽しんでいる様子だった。

 付き合っていることを口止めされたあの踊場からこのトリプルデートに至るまでを思い返すと、本当にずるい女だなぁと思った。こんな僕にも話しかけてくれるし、やたら褒めてくるからイイ気になってしまうし。私服でもスタイル良いし脚はめっちゃ長いしなんだかんだ可愛い。でもちゃんとJのことを好きなのだ。
 でも今回僕が集中しないといけないのはKの方なので、この機会に距離を縮めておかないといけないと考えた。

 中学生の男女6人でぞろぞろとイオンモールを歩くのはちょっと恥ずかしい感じがした。僕はKと距離を縮めたいとは思っていたものの、そのやり方が全然わからなかった。デートなんて初めてだったからどう振る舞えばいいのか本当にわからない。

 Mが作り出した「流れ」によってなんとなく次は自分の番かなぁなんて思ってたけれど、Kとはちゃんと話したことがないし、このままノリで付き合ってもいいんやろか?なんかこのままノリで付き合うとかイヤやなぁ。僕はみんなとはちゃうからなぁ。そもそもKは僕のことどう思ってるんやろ。KもMにけしかけられて、たまたまサッカー部で僕が余ってたからこいつでええかみたいな感じなんちゃうの?というか付き合ったら周りに冷やかされるやろなあ。自分が冷やかすのはいいけど冷やかされるのはめちゃくちゃ嫌やなぁ。

…と当時の僕は素直じゃない思考に陥った。そんなめんどくさいことを考えていたら、Mが考えたプランに後ろからついていくだけしかできず、とうとう帰る時間になった。本当に何もできなかった。あんまり何をしたのか覚えていない。ゲーセンでヤンキーに絡まれてRがカッコよく追い払ったことぐらいしか。あ、プリクラ撮ったっけな。グリーンバックの後ろに隠れるというしょうもないことをしたのは覚えている。本当に何やってんだって感じだった。

 結局、Kと一ミリも距離を縮められないまま、イオンモールトリプルデートを終えた。携帯を持ってなかったから、「今日はありがとう!」の一言ですら交わせない。
 あの後バレー部の間ではどんなやり取りがなされていたのかわからないけど、僕の評価はけっしていいものではなかったと思う。学校では勉強は真面目にやってたし、部活では1年生から試合に出ていたからそれなりによく映ったのかもしれないが、プライベートの僕はまだまだ子どもだった。

ひと足先にこころもからだも大人に近づいていく同級生の女子たち。
まだ毛も生えそろっていないガキのままの男子たち。

 自分がいかにガキなのかもわからないまま、シャツが長袖に変わっていった。部活もジャージを着ないと肌寒い季節になり、やがて年が明けた。
 テストが終わると恋に飢えた中学生にとって最大のビッグイベントである「バレンタインデー」がやってくる。

僕はバレンタインデーが大嫌いなのだが、次回はその一因となった話を書こうと思う。

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