見出し画像

少年はやがて大人になる①

いつの間にか周りに置いてかれているのではないかと感じる時がある。とりわけ恋愛の面でそれを感じることが多くて、何度も他人を羨んでは自分と比べて虚しくなる。

今回は僕が中学生の時にまで遡り、甘かったような酸っぱかったような苦かったような日々を思い返してみて、「置いてかれたなー」という感触をちゃんと自覚した時の話。





小学生から中学生に上がってしばらくたった秋頃、僕はサッカー部に所属しており、毎日放課後には部活がある生活に徐々に慣れつつあった。

運動部、とりわけサッカー部に入ると無条件でスクールカーストの頂点に属することができるとよく言われる。それはうちの中学でも同様で、サッカー部のメンバーを知らない人は学年にいなかったし、顔が良いメンツが揃ってたのもあって彼らの側にいるだけで自分もモテてるような錯覚を覚えた。

そんなサッカー部でも中心的な人物が2人いた。どちらも小学校のサッカークラブから一緒の気の知れた友達で、どちらもいわゆる人気者であった。小学校の時から人気者ではあったが、中学に入ると急にその魅力に拍車がかかり始めた。

そのうちの一人、仮に「J」とする。
Jはお互いに家が近くてしょっちゅう遊ぶ仲だった。
母親同士が小中高の同級生で、息子も中学まで同じサッカー部となれば、Jと出会ったのは運命とも言える。彼はONE PIECEが大好きで、ルフィを具現化したようなわんぱく少年。サッカーでは足がとりわけ速いわけではないが無尽蔵のスタミナを持っており、最後まで汗だくになりながら走りきる姿に、体力が無い僕は何度も憧れた。

そんな少年のようなJは中学に上がると学年の中心的な人物になった。言うまでもなくJは女子にモテた。

中学に入ると、それまでドラマや漫画の中の話だと思っていた「恋愛」が急に現実的になってくる。「両思い」から「恋人」という記号を手に入れようと、いたいけな少年少女はそれぞれのドラマの主人公になるべく行動を起こすようになる。メールを交わしたり、一緒に帰ったり、イオンモールでデートしたり。
誰に言われるまでもなく、中学校から付き合うということが解禁になったなぁと当時の僕は感じていた。でも僕にとってはどこか他人事で、「恋愛」にはさほど興味がなく、中学生になっても小学校からの友達とサッカーができるだけで毎日がたのしかった。

そんな呑気な少年をよそに、少年少女はどんどん大人びていくわけで、たいていはカッコいい人・かわいい子と付き合いたいと考えるようになる。

同じサッカー部のもう一人、仮にRとする。彼は小学校の時から金髪ロン毛のチャラついたスタイルで、家族全員美形一家に育ったサラブレッドイケメンだ。
Jよりも女子と話すことが多く、お兄ちゃんが三年生にいたこともあって学年だけでなく先輩にも顔が広い。チャラ男と揶揄されることが多いが、決める所は決めるカッコいい男だ。

そんな彼がある時からバレーボール部の女子とよく話すようになる。彼女は次期エース候補とされており、勝ち気でハスキー声のいかにも"バレー女子"という子だった。
彼らは次第に仲良くなっていき、廊下でいちゃいちゃするなど、学年でもかなり目立つようになった。どちらもサッカー部とバレーボール部のカースト上位同士の恋愛となれば隠し通すことは至難の業だった。あの2人ってもう付き合ってるの?と噂されるようになったが、僕は2人がどうなっていようとあまり興味が無かった。





そんなある日の放課後。部活が終わって日が暮れようとしていた時だった。家が近いJと、あと同じ方面の何人かといつも一緒に帰っていたのだが、この日だけは反対の方面のRも混じってきた。Rの行動に少し違和感を感じたが、途中まで気にせず一緒に帰る。するとRが小声で「話がある」とJのことを呼び止めた。他の面々には聞こえてなかったようなので皆そのまま家路を進むが、僕だけはその声を拾ってしまった。

Rの声を拾ってしまった僕は、「どうしたん?なになに?」と興味を示す。Rはばつが悪い表情を浮かべつつ聞こえてしまったなら仕方ないと思ったのか、Jと僕に事情を説明してくれた。

どうやらRがいい感じになっていたバレー部の女子に部活が終わった後、校門を出てすぐの路地で待っててもらうように言われたようだ。そしてなぜJも呼び止められたかというと、もう1人のバレー部の女子がJのことを気になっているようで、Jにも話したいことがあるらしい。

要するにダブル告白である。

ここで聞き耳をたてて興味を持ってしまったが最後、まさか他人の告白の現場に巻き込まれるとは思っていなかった。しかも小学校から知る2人の。そのうえダブル告白。

しばらくすると耳まで真っ赤に染めた2人の女子がもじもじしながら現れた。どちらも男子より早めに来る成長期とバレーボールをやってることも相まってすらっと背が高くて脚が長い。系統は違うがどちらも色白で目がくりっとした美人。当時150cmぐらいだった僕よりも断然背が高くて、同い年とは思えないぐらい大人びて見えた。

だだひとついえることは僕はこの場において全く関係のない部外者ということだ。JとRと小学校からの付き合いで同じサッカー部に入っていることが唯一の頼み。しかしバレー部の女子たちにとって僕は余計な存在以外の何者でもない。他のクラスの子なので話したことすらない。

この場に居心地の悪さを感じ始めたとき、付き添いのバレー部の女子がもう1人、そして柔道部の男が1人後から現れた。柔道部の男は小学校が一緒なので僕はもちろんJもRも知っている。後から来たその2人は事情を知ってるようで、告白せんとする2人を見守りに来たらしい。とはいえさすがにこの場に全く関係のない僕は普通に帰ろうと決意する。先に行った他の皆はまだそんなに遠くに行ってないはず。ちょっと走ったら追い付くだろうという計算のもと、帰るなら今や、と思い「ほな、先帰ってるわ!」とJに言って足を動かした。

しかし、Jは僕のエナメルバックに腕を引っ掛けて呼び止めた。「ちょっと待っとって。」

なぜ、Jが僕のことを呼び止めたのかは未だにわからない。同じ方面に帰る人がいなくて寂しかったのか、あるいはこの状況に理解が追いつかなくて僕に留まってほしかったのか。どちらにせよ大して予定も無かったし、少女漫画でもなかなか拝めないダブル告白の現場を少し見てみたいと思った僕はあまり深く考えずにJの引き留めに応じることにした。



そこから当事者たち4人を遠巻きに、僕と柔道部の男と付き添いのバレー部の女子という異色の面々で見守ることした。僕はちゃんとこの場で起きていることを整理したくて、付き添いのバレー部女子にいろいろ質問した。その子は他のクラスなので話すのはそこが初めてだった。この子も背は高いが、告白せんとする2人に比べたら華は無い感じだった。ただ性格がさばさばしていてちょっと毒舌、いかにも相談役にぴったしといった具合の女子だったので、この子が付き添いを頼まれたのは納得だった。

その子に今日がいかに重要な日なのかを説明してもらった。Rの方は、もう既定路線というかほぼどちらかか告白しさえすればカップルが成立するような段階だった。ただ、お互いにあと一歩が踏み出せない状況。そんなじれったさに我慢できずに女子から勝負を仕掛けたという感じ。

しかしJの方はそれと比べればまだ関係性ができていない。Jとその子は違うクラスなのであまり話す機会も無く、まだ女の子側の片想いの段階。それほど話したことがないJに惚れた理由は「部活をやってる姿がカッコ良かったから」というけっこうべたなものだった。

Jに惚れた方の女子、仮にMとする。こちらはショートカットに萌え袖カーディガン、膝丈ぎりぎりのスカートという誰でも好きになってしまう要素を詰め込んだ、あざとい系女子だ。やはりすらっと背が高くてスタイルがよく、顔立ちは池田エライザにちょっと似てるかもしれない。

事情を聞いた後は「へ~~告白か~~好きなんや~へ~」とニタニタ笑っていた気がする。ただ心のなかでは「告白って実際にあるんや……RとJスゲー…!」と思っていた。

付き合ったらどうなんねやろ~、とか、ほんまにうまく行くんかな~とか、そもそも中学生って付き合っていいんやっけ?とか、ていうか僕はなんでここにおるんやろってふと我に帰ったり、なんで柔道部のお前が全部事情を把握してるんや?と隣にいるガタイのいい男に疑問を抱いたり、やっぱりこの場にいる自分の場違い感にもどかしくなったり、いろんな感情がそこで芽生えた。小学生の時には備わって無かった感情だ。

寂しい?羨ましい?妬ましい?嬉しい?

どの言葉も僕の感情を表すにはたぶん合っていて、あいにくそのどれも当時の僕には子ども過ぎて言語化ができなかった。脳が、胃が、自分の感情を処理しきれてない。
ちゃんと消化しきれずにおなかのなかに溜め込んだものの中から、「あぁ、置いてかれたなぁ。」と、自分と2人との距離を認識する言葉だけが吐き出せた。


人を好きになると付き合いたいと思うようになるんだなって、保健体育で学ぶより先にこの場で理解したと思う。

女の子に告白される小学校からの友達。それを見つめる見物人Bの僕。2人がとても遠くに行ってしまったように感じた。





待てど暮らせど肝心の告白がいつまで経っても始まらない。もう日が暮れて、辺りはすっかり暗くなってきた。僕はドキドキしながらその瞬間を待っていたが、けっこう長い間待たされたと思う。

街灯が無い路地だったので、4人の姿がよく見えなくなった。どうなってるんかなぁーと付き添いの子と柔道部の男と話しながら待っていると、4人がこちらに向かってきた。女子が揃って前めに歩いて、後をRとJがぞろぞろと付いてきた。

告白を終えたであろう女子2人は、付き添いの女の子を見るや否や抱きついていた。ひとまず安心したのだろう。そんな2人を包み込めるこの付き添いの子は口は悪いけどやっぱりいい子なんだなと思った。
Rは特に何もなくいつも通り。暗かったのでよく見えなかったが、Jだけはなんだか浮かない表情をしていた気がする。

結局その場では結果がわからなかった。その時は部活で疲れていたのか、あるいは僕の共感力が足りなかったのか、状況に理解が追いつかないままこの場は解散となった。とりあえずJと帰ることにした。

隣で歩く少年は、ついさっき女の子から告白されたと思われる。僕の目にはいつもふざけ合っていた彼とは違う人間に見えた。僕は何を話していいのかわからず話題に困った。いつもならワンピースの技の名前を叫びながらダッシュで帰っていたのに。でも、結局どうなったのか知りたい。
ほんまに告白されたん?それになんて返したん?これからどうするん?とストレートに聞いたと思う。

Jはただ「わからへん。」と答えた。告白はされたが、その場ではよく感情の整理できなかったのだろう。いったん保留にしてもらったようだ。彼も泥まみれになりながら球を蹴るサッカー少年だ。女の子に告白されたぐらいで住む世界が変わらないのだと少し安心した。J自身もまだまだ子どもだったのである。その場はメアドを交換して終わったらしい。
Rに関してはその場で成立したと聞いた。そこに別に驚きはなかった。けっこう簡単に男女はくっつくんだなと思ったし、Jのようになかなかすぐ判断はできないパターンもあるんやな、と一丁前に思った。

しかし、「わからへん。」と言ったJにかける言葉を僕は持ち合わせていなかった。「そうなんや。いったん保留か。」とオウム返ししかできなかった。そのままJとは別れて、僕はその日に起こったことを思い出しながら自分の家に向かった。

Jと別れてからというものの、顔を赤らめるMの姿が頭から離れなかった。顔ってあんなに赤くなるんや!人間ってふしぎだ!女の子ってふしぎだ!って馬鹿みたいに思った。「恋する乙女」の表情と僕ははじめましてだったのだ。あいにくそれは友達に向けられたものだったが、僕は大人になったいまでもその光景が忘れられない。Mの場合はうまくいくかどうか未知数だったはず。勇気をふり絞りつつも友達に付いてきて貰わないといけなかったそのじれったさはとても可愛いと思った。
Mとはこれまで関わったことがなかったが、この一件を機にちょくちょく関わるようになる。





一週間後、結局JとMは付き合うことになった。

僕はその場を見届けた「関係者」の1人として、バレー部に存在を認知され、バレー部とサッカー部の恋愛沙汰に巻き込まれていく。

それではまた続きで。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?