第2話「分岐点」

中学に入学してから1ヶ月が経ち、5月に入った。1年生にとって何より楽しみなことの一つである、部活動の仮入部期間が始まった。いわゆる部活の「お試し期間」で、やりたい部での活動を体験することができる。

その日、私に思いがけないことが起こった。放課後、教室でとある2人の女の子が私に声をかけてくれたのである。

「自己紹介の時、吹奏楽部希望って言ってたよね?よかったら一緒に見学にいかない?」

何気ない一言だったが、私はその一言が嬉しくて嬉しくてたまらなかった。だって、小学校では誰とも話さなかったから。人と何気ない会話をすることがなかったから。グループワーク以外で誰かから話しかけられたのは、本当に久しぶりのことだったのである。

放課後、私はその2人と吹奏楽部を見学しに音楽室へ行った。そこには、煌びやかな楽器をそれぞれ持った先輩たちが、たくさん座っていた。小学校のブラスバンド部とは比べ物にならないほど、本格的なブラスバンドに、私は驚きとワクワクを胸に抱いた。

吹奏楽部の仮入部期間は、楽器体験を行なった。木管楽器、金管楽器、打楽器。全員が全ての楽器を体験して、最終的に自分の担当楽器を決めるのだ。私は小学校でスネアドラムを叩いていたので、管楽器に密かな憧れがあった。特にやってみたかったのはフルートだ。銀色の美しいフォルムの横笛から奏でられる透き通った音色が、私は小学校時代から大好きだった。ではなぜ小学校ではフルートではなかったかというと、フルートを吹いている人たちはみんな女の子らしい可愛い人たちばかりで、自分の容姿に自信がない私には似つかわしくない楽器だと怖気付いたからである。こんな私には、バンドの一番下のリズム担当が似つかわしい。そう思ったのが、スネアドラムを希望した理由だった。しかし今となっては、それが私の強みの一つであるリズム感という才能を開花させるきっかけになったので、後悔はしていない。

さて、いよいよフルートを体験する時間がやってきた。最初はマウスピースで音を出すところから始まる。フルートはリードを振動させるクラリネットや、唇を振動させる金管楽器と違って、自分の息を振動させる楽器なので、息の量がチューバという一番大きな金管楽器と同じくらい必要なのである。だから、マウスピースで音を出すだけでも、できるできないの個人差が非常に大きい。

いざやってみると、残念なことに私はできない方の人間だった。半ば無理矢理マウスピースで音を出すステップを飛ばし、胴体を装着して音を出してみるも、楽器を横に構えるのに腕が痛いわ、肺活量の少なさに音が出ないわで、吹くのがかなり困難だった。

結論。私はフルートには向いていない。

それに気づいたのは少しショックな出来事だった。

次に体験したのは、こんな楽器だった。
黒光りの縦長のボディから奏でられるのは、何とも形容しがたい、美しい音色。あえて形容するならば、「かっこかわいい音色」。フルートのようにかわいらしい音色でも、トランペットのようにハキハキした音色でもない。リードの振動に、ほんのりと空気の流れる音がかぶさって響く音色。それは、クラリネットだった。

フルートと違ってそこまで息の量を必要とするわけではないが、リードを下唇で振動させる奏法なので、フルートとはかなり音の出し方が異なる。
だが、こちらはマウスピースで音を出すのに、すぐにコツをつかむことができた。胴体を装着して音を出すステップも、高音の出し方に難しさを覚えたものの、中音、低音に関しては難なくクリアすることができた。クラリネットは、割と楽しいと思った。

次に体験したのは、この楽器だ。
金色に輝く縦長のボディが見るものを圧倒し、リードの振動がその大半を占める、木管楽器でありながらもハキハキとした音色。木管楽器なのにかっこいい音色をしているのが、自分にとってはかなり惹かれるところであった。それは、サクソフォンだった。

サクソフォンにはいくつか種類があり、私の中学の吹奏楽部には、アルトサックス、テナーサックス、バリトンサックスの3種類があった。その全てを体験したのだが、私が一番惹かれたのはテナーサックスだった。この頃から、私は中音域、低音域の楽器に惹かれるらしいということを感じ始めていた。

金管楽器、打楽器も、もちろん体験したのだが、ここで語ることができるほどの思い出は、残念ながらなかった。というのも、当時の私が体験してはっきり分かったことなのだが、どうやら私は金管楽器には向いていなかったらしい。打楽器についても、小学校ですでに経験済みだったので、そこまで強く惹かれるということはなかった。一つ思い出すことがあるとすれば、ドラムを初めて体験した時に、持ち前のリズム感もあってか、8ビートを刻むステップまで驚くほど早く進むことができたということだけである。

そして全ての体験が終わり、それぞれの希望を聞きながら、顧問の先生が判断したその人に一番合う楽器のチョイスも参考にし、新入部員だけでの話し合いによって、最終的に担当楽器が決定される。

ここから先は次の話で語るとしよう。

ここまでを振り返ってみて思うのは、吹奏楽部への入部が、私の中学生活、もっといえば私の人生において大きな分岐点となったことだろう。中学の時に吹奏楽部に入っていなければ、私は今でも音楽を続けられるほど、音楽の楽しさに気づくことができていなかったはずだ。

それほど、この吹奏楽部で過ごした3年間は私にとって重要な存在であり、ここで培った経験が今の私の音楽愛の基盤となっているのである。

当時の私にとっては、それに気づくのはまだまだ先の話だった。

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