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「正解」への見解

3月になり、この曲を聞く機会も増えた。

RADWINPSの「正解」という曲のサビ

"あぁ 答えがある問いばかりを 教わってきたよ そのせいだろうか
 僕たちが知りたかったのは いつも正解など大人も知らない"

私の職業は今のところ、「教師」をやっている。かれこれ十数年。
この「正解」の歌詞を聞いて
自分たちの仕事とは…何なのだろう
と思う教師は少なくないだろうな。先日、先輩とそういう話になった。

文部科学省から出される学習指導要領には、歌詞にあるような
仲直りの仕方も
大好きなあの子の心の振り向かせ方も
具体的に指導するようには明記されていない。(はず)

そして自分も学生時代に教師という身近な大人に
そういう事を聞いた事や、相談した事もなかった。


私がもう10年以上前に高校で勤務していた時には
生徒とそういう生き方の話を少なからずしてきたつもりだし、したいと思って働いていた。教科の特性もあるのかもしれない。
もともと人の思考を聞くのが好きなタイプでもある。
当時は私も若かったし、生徒の問いに対し、答えに困ったり、幼稚な助言したりしていたと思う。
高校で採用1年目の時、クラスの女の子が廊下で私に
「お腹や頭が痛いと休めるのに、なんで失恋したら休めないのかな」と
涙目で聞いてきたことがあった。
何て言葉を返したのか覚えていないけれど
彼女が失恋で落ち込みながら、午後の授業へ向かって行ったのを覚えている。
そう。こういうときの自分の癒し方、立ち直り方、知りたかったよね。
ひとりで気が済むまで泣く、友達とカラオケ行って思いっきり歌う、甘い物を好きなだけ食べる…とか。
今だったら、彼女に何て言ってあげられるかな。
多分、状況にもよるけど
きっと何も言えなくて、自分の机からティッシュ1箱と私のパワーフードのブラックサンダーを何個かそっと渡してあげるかもしれない。

”あぁ 答えがある問いばかりを教わってきた私達教師は
 今、子どもたちの答えのない問いにどう応えているのか”
と考えていた今日この頃です。

”答えのある問いばかり”が見直され
学校現場でも
総合的な学習の時間(今は総合的な探求の時間?)や
アクティブラーニングなどカッコよい横文字が登場してきた
思考・判断とかも評価基準になる。
難しく考えると、どんどんややこしくなるけど

そもそも
人間同士のコミュニケーションや信頼関係の話だったりするよね。
教師も人間
コミュニケーションが得意な人もいるし、苦手な人もいる。
それを前提でいてほしい。

学習指導している以上〇〇じゃなきゃいけない、〇〇が正解という場合もたくさんある。むしろ、そっちの方が多くないと崩壊する。

でも、私は○○だと思うけど、みんな(あなた)ならどう考える?と
日々の生活のトピックを
時々、話して、聞いて、納得したり、悩んだりする機会を少しでも多くしたいと思うのです。
すぐにスマホを取り出す前に、ちょっと自分で考える機会を自分で設ける生徒が増えて欲しいと考えて止まないおばさん教師です。書きながら自分にも言い聞かせておこう。

なんでも自分で経験して失敗して、自問自答して、良い、悪いではなく
自分の「正解」を自分で見つけるしかないのですね。
とは分かっていても、現在の私が知りたい答えは
急激に増えた体重の落とし方です。(私にあうヤツ‼)

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