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武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエイティブリーダシップ特論 第2回 小川悠さん, 2020年5月26日 by コク カイ

昨日は一般社団法人i.club代表、小川悠さんの講義を拝聴した。小川さんはとても陽気な方で、話の内容もかなり共感した。

2012年に東日本大震災の後、被災地域の人々に自分が学んだことを何とか復興の力になりたいという思いで、宮城県の気仙沼市でプロジェクトを考えた。しかし残念なことでどれも現実まで持って行かれず、実行することができなかった。「若者が外に行ってしまう、この町はこの先どうなるか心配だ」という地元の人間の声を聞いた彼は、目から鱗が落ちたように、若者の地域離れの研究を始めた。

そこで彼が見えたは「地元の魅力を理解する機会がなく、地元と繋がる機会もない、かつ地元に対して何をすればいいか分からない」という地元の若者たちの後ろ姿だった。一方豊かな漁獲と卓越した加工技術をもつ魅力溢れる気仙沼に対してこういった悩みを抱えた若者たちの間、自分が学んだイノベーション教育の力で何んかのつながりを作ることが出来ないかと考えた小川さんはi.clubを立ち上げた。

今日まで、i.clubは地域の中学・高校生と一緒に、数々の地域振興のプロジェクトを考案し、実行してきた。このようなイノベーション教育から生まれた様々なプロジェクトを通して、生徒たちが自ら地元の良さを発見し、地元企業と手を組んで自分たちの発想を通して、多くの人々に地元の魅力を伝えることが出来た。彼らがやっていることが地元の未来を作ることそのものだ、と言っても過言ではない。

過疎化、少子化高齢化、人材不足、経済衰退など、地域が抱えた数々の問題を切り開くことが決して簡単ではない。地域問題を取り組むデザイナーたちが単に地域文化のリサーチから得たものをごく一部ひと捻りをして、それを商品化するだけでは、地域振興に長く続ける力にはならなければ、真の問題解決に至ることも出来ない。地域問題の本質は「人」の問題だ、もっと言うと地域から若い血液がどんどん失っていく問題だ、この問題に触れなければ、解決策を導くには程遠い。

私も正確に言うと地元から離れた人間だ。地元にいた頃、毎日同じ空を見ていて、毎日見慣れた光景の中で過ごしていて、そのような生活はどうも耐えられない自分の姿は未だに鮮明に覚えている。しかし私の地元は決して何もない訳ではない、千年以上の歴史を持つ古都、世界八番目の不思議とも言われる遺跡、南北飲食文化の交流の地など数々のタグが付けられる地元からなぜ私は出たくなったのか。日本に来て八年の歳月を経った今から顧みれば、その時の自分はただそれらの良さとのつながりを作る機会がなかったかもしれない。

「つながり」とは何なのか?なぜ以前の自分はそれを作ることが出来なかったのか。私が思う「つながり」というのはモチベーションみたいな内面的なもので、それは外の世界の何かとぶつからなければ生み出さないものだと。日本に来た私は自然に外国人という属性を持ち、ここにいる人々とのあらゆるコミュニケーションは全て異文化間の交流になる。その中から生まれた「私はだれか」という質問を繰り返す思考する間、その回答を導く参考資料として頭の中で地元の風土や文化を自然に思い浮べた。その質問は生まれ育ちの土から離れ、社会文化や地域特徴が顕著なところへ行く人ほどついつい考えてしまう問題だと思う。そしてその問題を答えられるかどうかもまた心理学で言う自己同一性やアイデンティティの確立にも深く関わる。

自己同一性とはアメリカの心理学者エリクソンによる言葉で、「自分は何者なのか」と言う概念をさす。自分は、他の誰でもない、まぎれもなくユニークな自分自身であり、現在の自分が何者であるか、将来何でありたいかを自覚すること。つまり自分を発見することが自己同一性(アイデンティティ)の確立である。この問題と直面する若者たちにとっては、日常生活における価値創造の体験いわゆる自己肯定感を生み出せるようなことを経験するのがとても重要なのだ。

何故ならば、価値創造という行為は自己への理解にも繋がっているのだ。例えば、自分が学んだ知識を活かして周りの人が抱える問題を解決できたら、それは他人にとって価値のあるものを提供することができたと一緒だ、もしそのことで他人に褒めてもらったら、そこで「あ、自分はその人の役に立った」、「自分は価値のある人間なんだ」と自覚するきっかけになるかもしれない。自己肯定感とはつまりそういうものだ。価値創造をすることで他者とつながりを持つようになり、他者の存在を理解するきっかけにもなる、そして他者の存在を理解することで、社会の多様性、人間の複雑性もだんだん見えてくる。そこで色んな他者とぶつけ合って、自己という存在も少しずつ理解できるようになる。最終的にはそのような多様性、複雑性を全て受け入れて、変容できる自己像も明確になる。これも小川さんとi.clubが目指す目標である。

そのため、彼らは最初からこの「価値創造体験」に主眼を置いた。彼らが提供する教育プログラムの一例を流れで説明して行くと、まずは高校生たちにイノベーションの作法を教える、そして地元を舞台に彼らは様々なひと・もの・ことと出会う、その中で見つけた各テーマを巡って、未来を作るアイデアの出すことに挑む、途中で地元の企業や職人たちも彼らに力を貸して、目標の達成までしっかり見守ってあげる。絞り出した自分らの知恵と創造力、そして自分らの努力によって生み出した新しいプロジェクト、それを見た感じた彼らはまさしく自分の手で創った価値を実感していると言えよう。

これも小川さんが語った旗の力だ。旗とは?一見抽象な言い方だが、よくよく考えると実はとても適切な形容だ。誰もが黙々と進む時代に自分だけが旗を揚げるという行為こそ勇気が必要、そしてそのような勇気は決して集団心理に囚われそう者についていないものだ。自分の旗を持つことがすなわち「自分はこれがいい」、「これこそ自分だ」という宣言するようなことだ。そして誰も立ててない場所に旗を立てることも新しい価値創造、つまりイノベーションにも繋がっているのだ。

地域復興からイノベーション教育、そしてイノベーション教育からまた自己発達、自己変容、小川さんが今まで歩んできた道から私は新しい教育の可能性を感じた。地域社会と共に生きる教育がないからこそ、若者たちが自分を探す道で迷ってしまう。地元の新しい可能性を感じないからこそ、人たちはますます外へ出て行ってしまう。地域と密着したイノベーション教育はこれからの時代にどのような力を与えるのだろうか、私は楽しみにしている。

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