「推し」という概念を廃止した話

「推し」という概念が流行っていますね。TVなどでも聞く場面が増えましたし、今日電車に乗っていたら東急が推し活広告なるものを宣伝していてびっくりしました。コンテンツ市場を越えた範囲で広まっているようです。
考えてみると、一昔前であれば「好きなアイドル」や「好きな声優」、「好きなタレント」のように、応援する対象はそれぞれ適当な肩書で呼ぶことができました。しかし昨今“推される”人というのは、声優がアイドルとしてライブしたり、アイドルがタレントのようにバラエティをやったり、タレントが声優をやったりと、彼ら彼女らの活動は非常に多義的になっています。ともすれば2.5次元俳優やVtuberのように次元の垣根すら超えることすらある幅広い概念を総称するのに、「推し」という言葉と概念はちょうど良かったようにも思えます。

…が、私は先般、「推し」という概念を自分の中で廃止しました。いや、一般的な概念としての「推し」は分かりますし、それを否定するものではありません。ただ自分が誰か対象に対して「推し」と捉えることはやめたということです。それは何故か、自分なりの趣味論を踏まえつつ書き散らしてみたいと思います。

そもそも「推し」ができる経緯、「推しを推すようになる」とはどういうことでしょうか。それはまず対象に対する「好き」や「面白い」や「楽しい」といった感情消費が生じ、それを好ましいと感じてその対象を選好するようになることで、その対象は「推し」になるのです。つまりその対象が好きだから、面白いから、楽しいから→推すという因果関係があり、「推し」というのはその結果なわけです。
…しかし実情として、世の中の人にとっての「推し」は本当にそればかりでしょうか。少なくともかつての私は違いました。私も過去はある対象に「推し」という認識を持っていました。しかし、対象を「推し」だとする認識がいつしか「推し」の絶対視を招くようになっていました。つまり、「推す」という行為が「推しだから推す」という理由無き義務になっていたのです。

「好きだから推す」「面白いから推す」という本来的な構造は健全です。何故なら「好きじゃない活動は別に応援しない」「面白くない企画は別に見ない」といった趣味者の主体的な選択行動ができるからです。ところが、「推しだから推す」となってしまうとそうは行きません。推す理由自体が「推しだから」と因果が逆転してしまっているので、仮に好きじゃない活動であっても、面白くない企画であっても、それが「推し」だから追うようになります。
でも、それはほとんど義務感です。「推しだから」というのは実のところ合理的な理由が存在しない、ただの盲目全肯定です。そんな「推し活」は、本当に楽しいでしょうか。自分のためになっているでしょうか。もっと大げさな言い方をすれば、趣味の本質であるQuality Of Life(人生の高質化)に資しているでしょうか?「推しだから推す」という義務的行動の行き着く先が昨今よく聞く「推し疲れ」であり、あるいは信者や過干渉になる先鋭化だと私には感じられます。

自分の人生は自分が主体的に選択し生きていくことが望ましい、という考えに反対意見を持つ人は少ないでしょう。人生の一部であり生きがいでもある趣味の分野でもそれは同じです。そう考えたとき、「推しだから推す」という義務的行動に自分の主体性や選択の余地は無く、したがって望ましい生き方とは言い難いです。そして自分の場合、そうなってしまった根本の理由は「推し」という概念を趣味対象に定義づけてしまったからでした。
もちろん「好きだから」「面白いから」を理由として定義づけられた「推し」という概念を否定する気は毛頭ありませんし、それが構造的にそのまま義務感に繋がるわけでもありません。ただ私の場合は「推し」という概念を持っていたがために「推しだから推す」という義務的行動を生じ、結果として望ましくない人生の過ごし方をしてしまったため、抜本的解決策として「推し」という概念そのものを廃止したのです。

「推し」という概念を廃止しても、それがそのままかつて「推し」だった対象を好むことをやめるということにはなりません。「推し」という認識をしないだけで、今でも引き続き好きで応援している対象は居ますし、周囲から見れば事実上「推し」ていると見えるとも思います。ただ、自分の中で「推し」という概念を廃止したことで、その対象を応援しているのは「好きだから」「面白いから」といった理由が明確に存在しており、かつそれを意識することで、因果がねじれることのない健全で主体的な趣味活動ができています。
「推し」という概念を廃止しろ、とまでは言いませんが、「推し」が居る趣味者の皆さんは、一度その趣味活動の構造や因果を顧みることで、より望ましい、楽しい人生を送れるようになるかもしれませんよ。


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