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 彼女パートナーがおすすめしてくれたゲーム実況動画が、かなりつまんなかった。その実況者さんは彼女パートナーにとってとても大事なひとだ(グッズとかも買ってる)。だが申し訳ないが、かなりつまんなかった。
 ほとんどゲームやりながら、絶叫で相づち打ってるだけだった。ゲーム実況界でも有名らしいが、かなりつまんなかった。
 むしろつまんなさが大事なのだろうとも思う。おもしろいって情報過多ってことでもあるから。

 「ゲーム実況という表現全般にそもそも飽きてんのかな?」と思って、卯月コウの実況を観た。めちゃくちゃおもしろかった。
 だって彼は話芸の達人だもの。甲高い声色から、こねくりまわすヘリクツのしょうもなさも含めて、とにかくすべてが完成されている。

 わたしはきっと「雑談」が好きではない。「漫談」が好きだ。


 「漫談」で調べたら出てきた。
 マジでおもしろい。

 よくもわるくもわたしは作品至上主義者で、「芸」として完成されたものがすきだ。ゲーム実況はおそらく「芸未満」の領域に留まっているからこそ、観客と距離が近くて居心地がよいのだろうと思う。理屈ではわかるけれど、でも申し訳ないが、あの実況者を自発的に見るのはもう厳しいだろう。


 「この実況動画観たよ、楽しそうにプレイしてたね」といおうかな。自分に嘘はつかないけど、否定もしないニュアンスのことば。


 「声からすごい楽しそうにゲームやってるのがわかる」とLINEを送った、自分自身にびっくりした。

ゲーム実況は芸として未洗練で「つまらない」ものでよい。「楽しそうにしている状況」それじたいを楽しむコンテンツである。

 楽しそうなひとを見るのは楽しいのだ。

 ごくあたりまえのことになぜ気づかなかったのか。
 作品至上主義ってよくないな。
 話が達者じゃなくても、特技がなくても、笑顔がきれいだから魅力的な人間というのはいる。

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