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シーライオニングの元ネタ漫画の和訳

シーライオニング="Sealioning"というネットスラングがあります。

その元ネタ漫画が2020年の7月、日本において広がりました。

和訳された画像もUPされたりしてるのですが、原典の提示がちゃんとなされていなかったり、漫画の意味内容とか作者の意図とかをすっ飛ばした「畢竟独自」の理解が「ネット論客」の方々によって横行してるので、ここでちゃんと元の漫画の出典とその内容を示そうと思います。

シーライオニングの元ネタ漫画

シーライオニング1

シーライオニングの元ネタ漫画は、David Malki !(デイヴィッド・マルキ !)(エクスクラメーションマークも含めて著者名)氏が連載しているWondermark (ワンダーマーク)という単発シリーズにおける"The Terrible Sea Lion"(酷っでぇシーライオン(※ブログ主訳))という題名の回です。

出典:http://wondermark.com/1k62/

2014年9月19日に公式HPとTwitterでUPされています。

作品の権利関係については公式HPに以下書かれています。

All content © 2003-2020 David Malki !
Permission to hotlink and embed is granted, if you link back to the source page.

"The Terrible Sea Lion" 酷っでぇシーライオンの作者デイヴィッドマルキ!の意図

タイトルが"The Terrible Sea Lion"=酷っでぇシーライオンとなっていることから分かるように、作者のデイヴィッド・マルキ氏の意図としては、シーライオンの行為の側に焦点をあて、それについて考えさせることが目的であることが分かります。

この漫画は発表されてから英語圏の各種媒体でシェアされました。主に#GamerGate に関連して言及されていますが、作者がその議論を意図してシーライオンを書いたのかは定かではありません。

漫画の内容自体も議論を醸したことから、マルキ氏自身が漫画の意図を明確化するために説明文を書いています。

The sea lion character is not meant to represent actual sea lions, or any actual animal. It is meant as a metaphorical stand-in for human beings that display certain behaviors. Since behaviors are the result of choice, I would assert that the woman’s objection to sea lions — which, if the metaphor is understood, is read as actually an objection to human beings who exhibit certain behaviors — is not analogous to a prejudice based on race, species, or other immutable characteristics.
参考:http://wondermark.com/2014-errata/

概ね「この漫画におけるシーライオンのキャラクターは、特定の行動を示す人間の比喩的な代役として意図されており、女性の非難も特定の行動を示す人間に対する異議として読まれるものであり、人種、生物種、または他の変更不能な特性に基づく偏見の相似形ではありません」としています。

和訳の前に:シーライオンとアシカ・トド・オタリア

私が和訳する前に、先駆者の方々がいらっしゃるのですが、最も拡散されているのがシーライオンを「アシカ」と訳したものです。

日本人にとって親しみやすい言葉に置き換えたという意図があるのかなと思いますが、実は"Sea Lions"という英名を有するものは、他にトドやオタリアがあり、マルキ氏の漫画の描写からはそのうちのどれであるかは判別が困難です(身体の大きさからはトドが最も適当かもしれない。また、上体を自身で持ち上げていることからはアザラシの身体的特徴には合致しない)。

「シーライオニング」という言葉について論じているわけですので、そこは元の表記のままにしようと思いますが、ネット上ではシーライオンの和訳上の呼称については既に複数バージョンが上がっているのは、そういうことです。

シーライオニングの元ネタ漫画の和訳と解説

シーライオニング翻訳2

訳出の仕方は複数あり得ると思いますが、私自身の手によって、原典の言葉をなるべく汲み取ったものにしてみました。ということで、以下は必然的に訳語の意図の説明であると共に、作品の解釈・論評も含むものになります。

1コマ目について

女性の発言を「シーライオンなんていなくなればいいのに」と訳すところがあるようですが、I couldn't do without Sea lions の前にI don't mind most marine mammals としていることとの対比からは、女性の「お気持ち」の表明であるというニュアンスを出しました。

なので「生理的に無理」という感じの表現にしています。

「シーライオンなんて絶滅するべきだ」というような「存在そのものを否定する発言」としてしまうと、話の焦点が異なってきますし、何より作者が明確化のために書いた説明文と齟齬が出てきてしまいます。

この時点で、「女性の側が議論に応じなければならない」ということにはならないというのが分かるでしょう。そもそも議論してどうにかなるような話題じゃないという大前提を、ここで共有することになります。

2コマ目について

"You've done it"は「あ~あ、やっちゃった」という感じの意味なので、前のコマの女性の発言との繋がりが出るようにしました。

3コマ目について

めちゃくちゃ慇懃無礼に聞いているという感じが伝わればいいと思い、"any negative thing any sea lion has ever done to you"を「お手を煩わせた」としています。

この質問に対して彼女はまったく答えていないのですが、4コマ目以降のシーライオンの言動がまさにこの問いに対する「答え」(ブーメラン)になっているという構成だというのが、全体を振り返ると分かると思います。

4コマ目について

"Go away"が原語です。レストランなのか自宅なのか分かりませんが、とにかくこの件については議論するつもりはないと明確に示し、自分から離れて欲しいと伝えています。

それに対するシーライオンの言葉が「近くに居るから声を荒げる必要はありませんよ」という。「近くに居るなよ」と言われてるのにこの言い草ですから、ハッキリ言ってサイコパスです。

原語は、丁寧な言葉遣いに潜む陰湿な悪意をうまく表現してると思います。

5コマ目について

シーライオンに対する女性の態度を「まったく応答しないのは不誠実だ」と思う人も、ここに至れば誰でもシーライオンの方が異常だと理解する他なくなるでしょう。

だって、相手の自宅の寝室にまで侵入しているのですから。

もちろん、この場面はネット上での議論を想定した比喩的描写なのですが、時間を無視して延々と議論を申し込む行為の非対称性を表しています。

"Are you unable to defend the statements you make"ですが、彼女の方から何か積極的に反論して自分の正しさを証明しないといけないという義務を強制・押し付けている雰囲気を醸し出しました。こういう主張立証責任を作出あるいは逆転させる人間ってネット上の議論ではよく見かけますよね?

"defend"の訳語として「弁明」を当てたのもそういうニュアンスです(「弁解」でもよかったかも)。「証明」としても良かったのですが、原語からはズレていますし、慇懃無礼で暗に嫌らしい物言いをしている感じが出ればなと思ったので。

6コマ目について

男性の発言の訳語にはかなり迷いました。

"you"の名宛人は誰なんでしょう?女性なのか、シーライオンなのか。

女性だとすると、"Told you, dude."=「だから(1コマ目で大声で話すなと)言っただろう」+それとは独立した「シーライオン」になりますが、後者の意味はどうなるのでしょうか?

単に「シーライオン」と発音するのは意味が分かりませんから、「シーライオンに対する呼びかけ」と理解することになりますが、その意味は「シーライオン(きみの意見を聞こう)」くらいにしかならないと思います。

この表現だと、男性は第三者的な振る舞いを崩していない、インターネット上での傍観者の立ち位置として描写されていると考えられるかもしれません。

しかし、それだと直後にシーライオンが「お二人は不誠実だ」と男性も含めて非難していることに反するので、この訳語はとり得ないと思うのです。

"dude"の用法としても、女性に対して使うものというのはイレギュラーな用語法です(調べると、そういう使い方がされることはあるようですが)。

この漫画のタイトルに立ち返ると"The Terrible Sea Lion"であり、また、この漫画が大人気になったことで限定発売されたTシャツには"Go Away Sea Lions"と書かれていますから、シーライオンの行為を非難する構成を明確化する訳出をしても問題ないと判断します。

シーライオニング4

出典:http://wondermark.com/sea-lion-verb/

ということで、6コマ目の男性の発言は"Told you, dude." も "Sea lions"も、シーライオンが名宛人だろうなと。その意味は『女性の「出て行ってくれる?」も「ここは私の家の中よ?」も、シーライオン、お前に言っているんだよ、とぼけてるんじゃないよ』ということになるだろうと。

で、最後のシーライオンの発言"Very well. We shall resume in an hour "

主語が"We"。いつの間にか女性の側が巻き込まれています。

「私たち」という意味ではなく、客観的状況として既定路線であるような場合にも"We shall"が使われるので、そっちの要素が強いかなと。

まるで議論をしているのが既定路線かのように、しかも時間まで指定してシーライオンが誘導している様子が伝わるようにしました。

シーライオニングの定義・意味・用語法

さて、シーライオニングの元になった漫画の理解を示しましたが、「シーライオニング」という言葉が使われている用語法は、当然ですが、この漫画におけるシーライオンの言動と完全に一致しているわけではありません。シーライオンの言動は、その一部を表象しているに過ぎません。

"Sealioning"で検索すると既にwikiも作られていますが、元々が漫画をベースにネットスラング的に広まったもので、アカデミックな定義があるわけでもありません。概ね「悪意のある質問を含むトローリングの一形式」と理解されています。

その内容は、礼儀正しく誠実なふりをして議論をするふりをして、相手に対して情報提供・説明を要求して負担をかけさせ、時間を浪費させ、しかも説明された内容を曲解したりしながら更なる質問を繰り返す、といったものです。

なぜかこの用語法(「定義」と言わない方がいいでしょう)を「畢竟独自」に「単なる質問行為」の次元で理解し、「さぁ、シーライオニングしよう」などと呼び掛けている「ネット論客」が居ますが、原作への敬意が感じられない戯言に過ぎません。

以上

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