懐風館高校の頭髪指導訴訟の顛末と髪染め禁止ルールの是非について

この訴訟の判決文から「原告は生まれつき茶色?」について書いています。

結論から言うと「非常に疑わしい」ということなんですが、この事案は報道では学校側が極悪で不合理であるかのように報じられ、SNSでもそのような印象の下に怒りのツイートが多かったので、こっちでは上掲記事で取り上げた認定事実よりも広く、周辺事情も含めて、より詳細に書いていきます。

「生来的に金髪の外国人留学生でも規則では黒染め」という原告訴状の主張

時系列的にこの話が広まったのは、原告の訴状において学校教師の発言として「生来的に金髪の外国人留学生でも規則では黒染め」というものがあった、という主張があり、それが確定事実であるかのように受け止められていたからです。

「黒染め強要で不登校」生まれつき茶髪の女子高生が提訴 2017年10月27日11時33分 朝日新聞

Twitterで上記文言で検索してみると「怒り」の声が多数見つかります。

では、判決ではこの発言も認定されたのでしょうか?

なお、タイトルによっては頭髪指導に対して賠償が認められたかのように書く媒体もありました。

頭髪指導訴訟の判決文

まずこの訴訟の構造ですが、原告代理人は直接には憲法違反を主張していないのですよね。憲法上の権利の侵害を学校側の違法の基礎として主張しているだけで。

この辺りは同じく頭髪と言っても「男子は丸刈り・長髪禁止」という校則について、原告に対してなんらかの処分があったとは認められないため違法ではないとした熊本地方裁判所 昭和60年11月13日判決 昭和58(行ウ)3等での原告側の主張構成とは異なります。

裁判所が整理した本件の争点は以下になっています。

争点1:本件校則及び本件指導方針の違法性の有無
争点2:本件高校における,本件校則に基づく原告に対する頭髪指導につき,国家賠償法上の違法又は学校契約上の債務不履行の有無
争点3:本件高校における,原告が登校をしなくなって以降の措置につき,国家賠償法上の違法又は学校契約上の債務不履行の有無

争点1と2は学校に裁量があり、裁量の逸脱は認められないとされました。

争点3は、頭髪指導とは関係なしに、原告が3学年に進級した際にクラス内に席が存在しなかったなどの事情から違法だとして33万円の賠償+遅延損害金が認められています。

なお、原告は留年せずに卒業しています。

争点1に関して原告代理人の主張構成は以下となっていました。

学校の生徒に対する頭髪規制や黒染め指導が正当化されるのは,①染髪等を禁止する校則の存在,②当該校則が真に教育目的により制定されていること,③生徒が校則違反をした事実,④当該校則違反をした生徒に対する頭髪指導が教育目的によるものであること,⑤当該生徒指導の内容・方法が教育目的との関連性を有しており,かつ当該手段を採らなければならない必要性,相当性が認められる場合に限られる。

つまり、原告代理人側の主張であっても、「地毛の色以外は禁止する」校則の存在自体は是認しています

そのような校則が作られた目的が真に教育目的であれば、後は具体的な指導の中身が問題となるとしています。

本件について「そもそも頭髪を規制する校則なんて…」と考える事自体は正当ですが(後述するように賛同はしないが)、それは原告側ですら主張していなかったことになります。

さて、ここでの問題は、報道を受けてSNS等で騒がれている、原告に対する頭髪指導に関する「争点2」の具体的な認定内容です。

「地毛の色に染めよ」とした指導を適法とした根拠

裁判所は、「地毛の色に染めよ」とした学校側の指導について、合理的判断に基づいて行われたとして適法としました。

では、どのような「合理的判断」だったのでしょうか?

ネット上では生徒側を支持する思いから判決文を斜め読みして「教師らの証言で決められた」「裁判所も判断を誤ることがあるし…」といった感想がありますが…

はっきり言って、【言い逃れの余地が無いほどに、原告の主張は信用ならない】ということが明らかです。

学校側の主張が正当と判断される根拠は複数の事情で支えられています。

①校則は生徒心得として「頭髪は清潔な印象を与えるよう心がけること。ジェル等の使用やツーブロック等特異な髪型やパーマ・染髪・脱色・エクステは禁止する。また、アイロンやドライヤー等による変色も禁止する。カチューシャ、ヘアバンド等も禁止する。」とあり、指導方針として校則違反の場合には地毛の色に染め戻すこととされている
②複数の教諭が頭髪検査の際に,原告の頭髪の色は根元部分が黒色であったことを直接見て確認している
③この認識は、原告・被告提出の証拠によれば,平成28年5月あるいは平成29年11月,12月に原告の頭髪を撮影した写真によっても,原告の頭頂部の毛髪の生え際付近の色が,その先の部分と比較すると黒色に近いと認められることとも整合する
④原告は頭髪指導によって頭皮障害等の健康被害が生じていると主張するも、それに関する医師の診断書など(原告の地毛の色に関する医師による鑑定なども)が提出された事実が判決文上、一切伺えない。

①について、校則や指導方針からわかるように、「黒にしろ」という指定は無いわけです。そのため、「金髪の留学生でも黒に染めろ」というルールではそもそもありません。

②③について、単に証言のみならず証言が写真という客観証拠によって裏付けられています。具体的な色は、色彩表の4番ないし5番程度という証言がありました。

証言をする者は多数いるのですが、時期によって原告の髪の色が「別紙色彩表の8番に7番及び9番の色が混ざったもの」であったり、「オレンジがかった茶色(別紙色彩表の11番ないし12番程度のもの)」など、原告の色が安定していないことが信用性あるものとして認定されています。

そして、次項の話にもつながりますが、原告が地毛の色について積極的に立証しようとしていない気がします。
④について、頭皮障害等を主張しながら医師の診断書が提出された気配が無いのは非常に不可解です。

裁判所は以下判断しています。

頭髪指導の回数や態様からしても,原告に頭皮障害が生じるような態様
や程度のものであったと認めるに足りないし,実際に原告に頭皮障害が
生じていたことを裏付ける的確な証拠はない。

「地毛の色」が具体的に何かを明らかにしない原告

そのほか、間接的な事実から原告側の主張の信用性に疑義が生じるものがあります。

⑤原告は本訴において現時点での地毛の色を明らかにしていない
⑥原告は「幼少期の写真」と「本訴提起を決意した後の写真」を証拠提出したが、後者は染髪する余地があることから信用ならないとされ、小学校や中学校時の写真などを証拠提出している気配が判決文上はみられない
⑦中学校でも原告に対して染髪したことについての指導が行われていたが、中学校からの申し送り事項に「原告の地毛は茶色」などという旨は無い

⑤について、本判決は色彩表を要所要所で参照しながら、どのような色であったのかを具体的に認定しています。しかし、原告の主張は「地毛の色が茶色」というだけです。「茶色」と言っても、グラデーションがあるにもかかわらず、たとえば色彩表のうちどの程度の色だったのか、という点について原告側が主張していた気配がありません

⑥について、「幼少期の写真」について裁判所は評価を加えていませんが、一般的に幼少期と成長後では髪の色や太さに若干の変化があります。特に幼児はメラニン色素が十分ではないので、(標準的な日本人の場合)比較的茶色であることが多いというのが一般的事実ですし、髪の数が少ない幼児期は、見た目上も薄茶色に見えがちということがあります。

ですから、「幼少期」と言ってもどの時期かはわかりませんが、たとえば幼稚園年代以前のものであり、その色が標準的な幼児のものと変わりないのであれば、証拠として意味をなさないといえるでしょう。

この点、原告が他に小学校や中学校時の写真などを証拠提出している気配が判決文上からは読み取れないので理解に苦しみますし、提訴時~提訴後の時点において、放っていれば勝手に生えてくる地毛の色について定期的に写真を撮るなどして立証している気配が判決文上は見受けられないことも奇妙に映ります。

なお、原告は二学期の始業式の日にピアスをつけて登校したので、それに対する指導も行われていたと認定されています。この事情は原告が頭髪指導に従う姿勢を見せなかったことで4日おきに頭髪指導が行われたことの適法性判断の事情として書かれています。が、ピアスを付けることと頭髪を染色等することというのは同じ傾向の行動であるため、やはり染髪していたのではないかという疑念を強める事情でもあるでしょう。

⑦について、高校のみならず中学校でも頭髪指導が行われていたのですが、その際に原告から「地毛が茶色」のような申し立てがあった事実は無く、中学校側からも申し送り事項としてその旨の記載はありませんでした。

控訴審で追加された事情

控訴審では以下の事情も追加されました。
⑧「中学3年時の体育大会の応援合戦に際しては、生徒の中から控訴人の髪の色を元の色に戻してほしいとの声が上がったなどの具体的なエピソードも挙げられている」
⑨平成28年9月8日に原告が撮影した写真について、高裁では「画像加工が容易なアプリによって作成されたものである」と補正されている(※この部分は「原判決46頁13行目」とあるが、公開されているHP上では「45頁19行目」であり、他の部分もズレがある)

⑧について、「元の色」が何を指すか判然としないが、被告提出の証拠から認定されたことや文脈からして「黒色あるいはそれに近い色である地毛の色」と思われます。

⑨について、実際に加工が為されたとは認定されていませんが、この写真だけ写影の信用性評価を別異にすべき別のカメラ機能が用いられていたことが強調されています。

標準的な携帯電話のカメラアプリ以外にも最初から「盛る」ことができるアプリが大量にあるので、そういうものなんでしょうか?

それでも止まらない「原告の地毛は茶色なのにヒドイ」の感想

ここまで裁判所がどのように「原告の地毛は茶色」という主張に対して判断したのか具体的に見ることで、少なくとも原告側の主張は信用するに足らないことを示してきました。

しかし、本件の地裁判決の公開から相当期間が経過し、最高裁判決が出た後でも、報道にある記述では未だに「原告の地毛は茶色なのにヒドイ」という認識を持つ人が多数出現してしまう状況になっています。

「頭髪指導は違法ではない」判決が確定 最高裁が上告退ける 2022年6月17日 17時57分 NHK
5年前、大阪 羽曳野市の府立懐風館高校に通っていた女性は「髪の色が生まれつき茶色いのに、学校から黒く染めるように強要され不登校になった」と主張して、大阪府に賠償を求める訴えを起こしました。
1審の大阪地方裁判所は「髪の染色や脱色を禁止する校則は、正当な教育目的で定められ、学校の裁量の範囲内だ。違反した場合に元の色に戻させる頭髪指導も違法とは言えない」と判断しました。

上記NHK記事では、生徒の主張「髪が茶色いのに強要された」に対して、「校則は裁量の範囲内で違反した場合の指導も違法ではない」としか書かれておらず、記述がまったく対応していません。

報道がこのようになるのも理解できないわけではありません。ここで書いたようなことを書けば、「原告が●をついているのだ!」というような非難が大々的に生じることが予想されますから。

ただ、既に原告は卒業し、成人しているわけですし、この話は最高裁裁判官の国民審査にまで影響する事柄ですから、正確な事実認識を促すように報道がなされるべきでしょう。

最高裁の菅野博之裁判長と最高裁判所裁判官の国民審査

厳密にいえば、裁判所は「原告の地毛が黒色である」ことや「原告は嘘をついている」とは言っていません。

あくまで原告の「地毛は茶色」と言う主張が信用に足らず、むしろ学校側の主張の方が信用に足り、学校側の指導は適法であった、という争点判断だけを書いています。

グラデーションがあり多少の変化もある特定人の「地毛の色」を特定するという記述の仕方にはなっていないのは、ある意味理解できますし、本件では原告の立証が不十分ですから、そこは無視してよいと思いますし、「地毛は黒色」と言ってもそこまで的外れではなく、重箱の隅をつくような話だと思います。

ネットでは、最高裁の菅野博之裁判長を、「最高裁判所裁判官の国民審査でバツをつけろ!」と煽動する者がいます。しかも、『地毛が茶色なのに黒染めを強要することを適法とした!』『「生来的に金髪の外国人留学生でも規則では黒染め」という発言を適法とした!』という認識によってです。

これは二重におかしい。

①「地毛が茶色」も「生来的~黒染め」の発言の事実も認定されていない
②最高裁は事実審ではなく、地裁と高裁とで一貫して学校側の指導が適法とされている

繰り返しますが、原告代理人すら憲法違反を主張していないので、最高裁は門前払いするしかないでしょう。

「生来的に金髪の外国人留学生でも規則では黒染め」の発言はあったのか

原告の訴状に記載されていた「生来的に金髪の外国人留学生でも規則では黒染め」との教師の発言について、判決文では認定されておらず、検討された形跡もありません。真偽不明です。

ただ、実際の規則や指導方針は既述のように、決して地毛が金髪の子に対して黒染めを強要するものではなかったわけですから(「地毛の色」にするよう求めているだけ)、本件においてはあまり重要ではない事実でしょう。

もちろん、よく理解していない教員がそのような発言をしたことがあったのかもしれませんが、仮にそうだとしても、それは「教員の指導が、根元が黒いことを確認した上で行われたと主張され、それが頭髪検査の際の写真と整合的」などの事情が認定されている状況では、原告生徒とはほぼ無関係な内容。

学校の指導が適法か、を考慮する事情の一つとしては意味がありますが、本件で他に認定されている事実からは、捨象しても大差ないと思われます。

不登校になった原因は?

その他、本件では原告が「不登校になった原因が違法な頭髪指導にある」とも主張され慰謝料請求の根拠にしていましたが、それも認定されませんでした。

裁判所は「頭髪指導を契機として不登校となり」という書き方をしていますが、直接的な「原因」として頭髪指導を捉えたものとは異なりますし、それ以前に発生した「精神的に不安定」「過呼吸」の原因が頭髪指導と認めることはできない、と認定されています。

もとより頭髪指導(それを求める態様も含む)が適法ですから、あまり関係の無い話です。

原告が不登校になったのは、頭髪指導に従わない状態が継続したための措置としての「別室指導」を受け入れるのか、頭髪指導に従うかの判断を促した平成28年9月8日の次の日からなので、「別室指導」の警告がインパクトを与えていたのだということは伺えます。

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