「テロの原因を究明して報道せよ、それが再発防止になる」が詭弁である理由
『テロの「原因を究明して報道」せよ、それが再発防止になる』
これは詭弁です。
その理由を書いていきます。
テロの動機・目的はテロリズムの定義上、特定が必要
「テロリズム」とは何なのか。
平成二十八年法律第九号は、現在では「重要施設の周辺地域の上空における小型無人機等の飛行の禁止に関する法律」となっており、上掲答弁書で「第六条第一項」となっているのは現在は「第八条第一項」となっています。
つまり、「何らかの主義主張に基づき」とあるため、それを特定しなければテロリスト・テロリズムであるという事を確定できないという関係にあります。
したがって、テロの動機・目的につき、一定程度その事実を公表しそれが報道されること自体は、テロリズムの定義上必要なことであり、また、それだけをもって問題視するような話ではないと言えます。
問題は、「それ以上のこと」が行われた場合です。
「テロの原因を究明して報道せよ、それが再発防止になる」について
「テロの原因を究明して報道しる!それが再発防止策!」について。
動機や目的について一定の把握をする以上に「原因を究明」となると、話はだいぶ変わってきます。
「原因を究明」って、いったいどこまでやるのでしょうか?
たとえば「動機」はその者がテロ行為をしようと思ったきっかけ、「目的」は、テロ行為によって何らかの主義主張を実現することです。それが判明した以上、何をするべきだというのでしょうか?
まず思い浮かぶのがテロリンQの「人物像」を探って「生い立ち」を遡るという行為。よく週刊誌やテレビ局のワイドショーがやってるやつです。
しかし、それが判明したところでテロの動機・目的とそれとの因果関係を決定づけることなどできない。本人ですら自覚していないような経験の連続から、第三者が勝手に推測する以上の意味は無い。質の低いプロファイリングエンタメで終わるだけです。
もう一つがテロリンQの「背景事情」を深堀りすること。
一般の事件であれば親や職場付き合い、異性関係などがフォーカスされる。
が、「テロリズム」ということはその定義上、必然的に主義主張が関係してくる。この際にもっぱら個人的な恨みに基づいていることはほとんどなく、実際は何らかの政治的社会的目的を伴った或いはそれに仮託して行われるでしょう(或いは本当の目的を隠すだろう)。
つまり、テロリンQ本人ではなく、外部の社会環境などの要素を捉え、それがどうテロQに影響したか?という視点から考え、書き連ねることになる。
原因を社会の側に求め、解明済みの事実すら「更なる研究が必要だ」
もうお判りでしょう。【テロの原因を究明して報道】が批判されてるのは、それ自体が最初から原因を社会の側に求めてる態度だから。
「テロの原因を究明せよ、それが再発防止になる」というのが詭弁なのはこういうところ。
それをやると、絶対に「テロ犯が悪い」で終わらせようとする気がないのがミエミエなので。「テロはもちろん許されない、しかし…」という論法の世界になる。
※「テロ」ではない殺人目的などの場合も、たぶんにそのような傾向がある。
さっそくこういうのが。
しかも、既に解明され公になっていることですら「なぜそうなったのか理解できない!更なる研究が必要だ!」とガンギマリして延々と社会リソースを毀損していく。
これ、現在進行形で現実に行なわれていますからね。
ここで取り上げた動画で青木理が言っていることを聞いたら良いでしょう。
29分27秒あたりから
こんなもの「反共産主義の利害が一致してるから」でファイナルアンサー。
それ以上の細かい事情、時系列の並びから岸が国際勝共連合の発起人に名を連ねるまでの背景などをあーだこーだ言いたいなら勝手にやればよい。
「徹底追及」と銘打ってる日本共産党のしんぶん赤旗ですら、以下のような事情程度しか把握していない。それでも、やはり「勝共運動」というのが公約数だというのは変わらない。
そもそもこれ、安倍元総理が射殺されるに至ったこととどう関係があるのかわかりませんよね?「再発防止」もなにも無い所に行きついている。
少し前なら「モリカケ問題」などと言われた、単なる言いがかりに過ぎない話が延々と国会で為され、法案等の審議時間が削られ、政府の対応リソースが割かれ、メディアが大々的に報道して国民の知る権利を阻害していた例がありますよね。
2021年9月でも未だに「モリカケの再調査」を求める記者が居ました。
自分らの望む話が出て来なければ永遠に「原因究明」をするというのが活動家界隈の常套手段だというのは歴史的事実でもあり、現在進行形で容易に観測できる一般的事実でもあるということ。それはわが日本国のリソースに対する兵糧攻めの要素がある。
スルメロック氏の言うように、深い所での動機や目的の形成過程の分析などは専門家による慎重な分析が必要であり、知る権利を笠に着て一般大衆レベルに性急に周知すべきような話ではないでしょう。
ただでさえ報道機関や記者等は、一次情報をほぼ持っていません。
持っているのは捜査機関であり、刑事裁判が始まるまでに被告人本人に当たることができるケースなど限られています。
もちろん捜査機関が得る資料は基本的には裁判での証拠化を見据えたものなので、幾分か捨象されていたり黙秘が貫かれた場合も考えれば全資料は網羅できない可能性はある。
メディアによる被告人の縁の地・人への取材によってそれが補完される限りで意味があるのだろうが、それがメインになることはあるのだろうかというと、極めて限定的でしょう。
テロ自体がテロの原因だったら?「不満の原因を取り除けばテロは無くなる」???
「原因を取り除けば現象=テロは無くなる」などという詭弁があります。
原因となる何らかの不満は生きていれば誰にでも生じるので無限に発生する。よって取り除きようがない、でファイナルアンサー。
「根源的な原因」として何か一つの物事のみが存在している、というのは極めて異例の状況であり、煎じ詰めれば実際には多数の諸事情が複雑に絡み合い云々…と言う他ない、というのがほとんどでしょう。
そして、往々にして【テロがテロの原因(の一端)】となることがある。これは世界各国で発生しているテロであったり、歴史上のテロ事案の前の時系列を観察していればそのような事態の存在は肯定できるでしょう。
「事件報道によって模倣犯が生まれた」というのもありふれた事例です。
これは法的な因果関係は無いと判断されるが、少なくとも「あ、俺もやろっかな」という心理的な最後の一押しをする効果を(報道に落ち度が無かったとしても)担ってしまったという例でしょう。
で、爆弾犯について言えば、そういった可能性が示唆されています。
もちろん、現時点ではテロの動機形成に被選挙権年齢・供託金の違憲訴訟が影響したのかは不明。
ただ、少なくとも「統一教会とズブズブ!組織票で当選!」「国葬儀は違憲違法、閣議決定で強行!」という理解については、マスメディアによる誤った見解の流布が原因(の一端)で形成されたと言う他ないでしょう。
もしも、そのような見解をベースにして現政権を評価し、不満を溜めていた結果の爆弾テロだということになれば、それは「テロの原因を究明したらメディアが原因でした」ということになるでしょうし、そのようなメディアの報道状況を生んだのはまさに昨年7月のテロ犯の行状によってでしょう。
都合の良い言論状況を生みたいがための「原因究明を」の具体例
「原因究明を」の詭弁の具体例として平野啓一郎氏のツイート群をまとめた秀逸なツイート。
シャルリー・エブドへのテロに関しては暴力を否定し、(犯罪報道に関する)「アナウンス効果(アナウンスメント効果)の抑制」を意識してツイートしていた者が、安倍総理を殺害した者の事件に関してはむしろ積極的に犯人の主張と向き合うように仕向け、今回の事件を受けても「背景を解明しなければならない」などと矛盾した言動を行っているのが分かります。
テロリスト・革命が大好きな左派活動家あがりが多い新聞テレビメディアが政治家への言いがかり・誹謗中傷を称揚
「テロの原因を究明したらメディアが原因」
そんな事が言えるとして、さらにその原因はどこにあるのか?と言うとすれば、こういう記事の存在などが挙げられることになるんじゃないでしょうか?
それとは別個に考えるとしても、少なくともテロリズムに対する容認の土壌を形成することには寄与していると言えるでしょう。
テロリストの重信房子が刑期を全うして出所すると、各メディアはこぞって取り上げました。まるで青春回顧をしているようです。
テロリスト・革命が大好きな左派活動家あがりが多い新聞テレビメディアの心性が滲み出ている。
そして、そんなメディア、或いは出版業界や著述業の人間は、(権力者である)政治家に対する不当な言いがかり・印象操作・誹謗中傷が常に許されると錯覚する者がでてくる土壌を醸成してきました。
(自民党がターゲットになることがほとんどだが最近は維新の議員や首長もターゲットに)
多くはメディアとしての主張という体裁は取らず、コメンテーターや寄稿者に、そのような主張を公然とする者を採用するなどして代弁させるかのような動きをするのが常ですが。
たまに記者等が単独で暴走することはありますが、業界の空気の影響があるでしょう。
メディアを名乗りながら特定主張を垂れ流し誹謗中傷する所がありますが…
「〇〇の原因を究明したらメディアが原因」という事実は徹底的に無視されがち
なお、関東大震災での1000人弱の朝鮮人不法殺害も新聞メディアのせいですが、省みられることはなく、隠蔽されていますよね。
福島に対する風評加害行為も、大手メディアが行ってきました。
「〇〇の原因を究明したらメディアが原因」という事実は徹底的に無視されがち。「行政の無謬性」などと偉そうに言ってられないでしょう。
まとめ:メディアが求めるナラティブ創出の懸念がある「テロの原因究明して報道」
◆テロリズムの定義上、一定の動機・目的の特定は必要
◆「テロの原因を究明して報道」は、不必要。最初から原因を社会の側に求めてる態度なのでテロ犯を免責する方向の言説が出て来る。深堀りは専門機関に
◆報道界隈では解明済みの事実すら「更なる研究が必要だ」となる懸念と実際の例
◆都合の良い言論状況を生みたいがための「原因究明を」の懸念と具体例
◆「テロの原因を究明したらメディアが原因」の可能性とその素地
◆「〇〇の原因を究明したらメディアが原因」という事実は徹底的に無視されがちであるということ
まとめるとこんな感じです。
あとは「テロ犯にまつわる話ばかりになってしまい、他の論ずるべき政策課題やポジティブな話題が埋もれてしまう」という実際上の問題も指摘できますが、ここでは取り敢えず標題にある「詭弁」について述べるにとどめます。
以上:スキ・シェア・サポート・フォローして頂けると嬉しいです。