北海道新聞記者の建造物侵入と外務省秘密漏洩事件の枠組みと取材行為

北海道新聞記者の建造物侵入の争点は違法性阻却の成否に収斂するだろう。

②の枠組みはいわゆる西山事件=外務省秘密漏洩事件と呼ばれる事件の最高裁決定における判示を基にしていると思われます。

最高裁判所決定 昭和53年5月31日 昭和51(あ)1581 刑集 第32巻3号457頁

外務省秘密漏洩事件の枠組みと取材行為

 ところで、報道機関の国政に関する報道は、民主主義社会において、国民が国政に関与するにつき、重要な判断の資料を提供し、いわゆる国民の知る権利に奉仕するものであるから、報道の自由は、憲法二一条が保障する表現の自由のうちでも特に重要なものであり、また、このような報道が正しい内容をもつためには、報道のための取材の自由もまた、憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値するものといわなければならない(最高裁昭和四四年(し)第六八号同年一一月二六日大法廷決定・刑集二三巻一一号一四九〇頁)。そして、報道機関の国政に関する取材行為は、国家秘密の探知という点で公務員の守秘義務と対立拮抗するものであり、時としては誘導・唆誘的性質を伴うものであるから、報道機関が取材の目的で公務員に対し秘密を漏示するようにそそのかしたからといつて、そのことだけで、直ちに当該行為の違法性が推定されるものと解するのは相当ではなく、報道機関が公務員に対し根気強く執拗に説得ないし要請を続けることは、それが真に報道の目的からでたものであり、その手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものである限りは、実質的に違法性を欠き正当な業務行為というべきである。しかしながら、報道機関といえども、取材に関し他人の権利・自由を不当に侵害することのできる特権を有するものでないことはいうまでもなく、取材の手段・方法が贈賄、脅迫、強要等の一般の刑罰法令に触れる行為を伴う場合は勿論、その手段・方法が一般の刑罰法令に触れないものであつても、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙する等法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合にも、正当な取材活動の範囲を逸脱し違法性を帯びるものといわなければならない。

「そそのかし」は、国家公務員法上、刑罰として規定されている行為です。

報道機関の国政に関する取材行為について以下の枠組みを提示しています。

1:「そそのかし」という構成要件的行為が広い意味での取材行為としてなされた場合、それだけでは違法性推定されない
2:「そそのかし」という構成要件的行為の具体的な態様=手段・方法が刑罰法令に触れる場合には違法性阻却されない
3:「そそのかし」が刑罰法令に触れないものであっても、秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合には違法性阻却されない

「そそのかし」の具体的態様

国家機密を漏洩させるよう「そそのかす」行為は、いろんなパターンがあり得る。最高裁の判示にもあるように、贈賄、脅迫、強要の手段が一例。

他方で、そういった刑罰法令に触れない場合でも、肉体関係を持つなどして相手の情に訴えて情報をゲロさせるなど。

外務省秘密漏洩事件では、後者の事案であり、取材対象者の個人としての人格の尊厳を著しく蹂躙するとして違法性阻却されないと判断されました。

では、北海道新聞記者の建造物侵入行為は、この枠組みが適用されるのか?

北海道新聞記者の建造物侵入行為は最終的な情報を得る手段ではない

私見ですが、北海道新聞記者の旭川医大の建造物侵入行為には、外務省秘密漏洩事件の枠組みは適用されないのではないかと思います。

なぜか。

外務省秘密漏洩事件は、「そそのかし」行為それ自体が取材として情報を得る効果のある行為です。

しかし、北海道新聞記者の建造物侵入行為は、それ自体では何ら情報を得る効果がありません。

情報を得る効果のある行為であるから、「そそのかし」行為に報道の自由の尊重が強く作用したのであって、そうではない行為にはこの枠組みは使えないのではないかと思うのです。

もちろん、今回の場合も報道の自由がまったく違法性阻却のために勘案されないということではないと思いますが。

取材の場面の全てにおいて外務省秘密漏洩事件の枠組みが適用されるとなると、たとえば勝手に新聞社の社屋に「取材」目的(真にその目的があるとする)で侵入しても許される場合が限りなく広くなりますよね。

それはあまりにもおかしいと思うのです。

とはいえ、この枠組みに沿った場合にどうなるかは検討しました。

2つの考え方

枠組みを再掲

1:「そそのかし」という構成要件的行為が広い意味での取材行為としてなされた場合、それだけでは違法性推定されない
2:「そそのかし」という構成要件的行為の具体的な態様=手段・方法が刑罰法令に触れる場合には違法性阻却されない
3:「そそのかし」が刑罰法令に触れないものであっても、秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のものである場合には違法性阻却されない

A:仮にこの枠組みにならうとして、本件の場合、建造物侵入が広い目で見た【取材行為】として「そそのかし」側に振り分けられるのか

B:それとも建造物侵入は【取材の具体的手段】たる「一般の刑罰法令に触れる行為」側or「刑罰法規に触れないが社会通念上是認できない態様」側に振り分けられるのか

どちらなのだろうか?

「そそのかし」は、その具体的態様に幅があることは既述の通り。

「建造物侵入」もたとえば…

1:だだっ広い敷地内のオープンな場所から入り込む
2:守衛を騙して入る
3:高い塀をよじ登って侵入する

こういったように、具体的態様に違いが出てくる。

Aの場合、オープンな場所からふわっと敷地内・建物内に入る行為が「法秩序全体の精神に照らし社会観念上是認することのできない態様のもの」と言えるか。

この枠組みの場合、犯罪成立論者の側が基本的にかなり弱いと思うが、感染症法上の努力義務規定からはそう言える余地もあるのではないかと思う。また、国政に関する話ではないから、最高裁の事案のように報道の自由が重く考慮されることにはならないことも、違法性阻却を否定する可能性が開かれていると思われる。

Bの場合、具体的手段・方法が建造物侵入罪該当行為なので、違法性は阻却されないことになる。しかし…判例では「そそのかし」が既に構成要件該当行為であるのに対し、今回の場合、それに対応する行為が無いので、この考え方をして良いものか。

建造物侵入をしたその先の行為として想定されるのは、会議室の会話内容を「盗聴」する行為くらいしか無いだろうけど、「そば耳を立てる」程度では犯罪行為ではない。

こうした仮定的な場面を想定すること自体、考え方に無理があろう。

手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものか否か

究極的には、「真に報道の目的からでたものであり、手段・方法が法秩序全体の精神に照らし相当なものとして社会観念上是認されるものか否か」という総合的な判断をすることになると思われる。
(※同様の判示があるものとして最高裁判所決定昭和53年3月23日「行為の具体的状況その他諸般の事情を考慮して、それが法秩序全体の見地から許容されるべきもの」)

外務省秘密漏洩事件の枠組みを採用しない場合には、違法性阻却されない可能性が高く、採用する場合には違法性阻却される可能性は高いが、阻却されない可能性も残されているのではないか、といった感じで予測を立てています。

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