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日記かもしれない(春の話)

少し前に異動になって、銀行によく行くようになった。最近、銀行の人にも顔を覚えてもらい始めた。職場と職場の周りに私が存在し始めている。本人はまだ慣れなくておろおろしているというのに。
異動前の職場のことを思い出す。備品を買うのに近くのコンビニを使っていた。同じ曜日の同じ時間に行くと、だいたいいつも同じ店員さんがいる。眠そうに「しゃせー」と「あざーす」を繰り返すコンビニ店員の見本のような人だけど、いつの間にか私の顔を覚えてくれたようで、「領収書ください」というと会社名を言わなくても宛名に社名を入れてくれるようになった。
最後に行ったとき、いつものようにサラッと書きはじめたのに、最後の一字、漢字が思い出せなくなったようで手が止まった。とても簡単な字だ。「あれっ、ど忘れしました」と言う。知っている。いつもは書けていること、私は知っている。「書きましょうか」と言うと、思い出したようで正しく書いてくれた。(今まで)ありがとうございました、と思う。

銀行のお姉さんが「こんにちわ、いつもありがとうございます」と、ちょっとなまりのあるイントネーションで挨拶をしてくれる。もうコンビニの店員は私を忘れただろうと思う。最後の一字が思い出せなかったことも、忘れてしまっただろうと思う。あのコンビニから、私は完全に消えただろうと思う。

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