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プレー開始前に何か言っているやつ・・・オーディブルについて

 アメリカン・フットボールで、クウォーターバック(QB)がプレー開始前に何やら叫んでいる(「ハット、ハット」とかの号令ではなく、なんか命令しているような動作)のを見たことがあるだろう。あれ、なんなん?と思う方もいらっしゃると思う。今日はそれについてのお話。

スクイズバントのとき・・・

 野球で(特に高校野球に多いか)よく見るシーン。

 3塁にランナーがいてノーアウトかワンアウト、投手が投げる瞬間に、打者がスクイズバントの構えをする、それを瞬時に見てとった投手が大きく外すボールを投げる、打者はその球に届かず、飛び出したランナーが3塁と本塁の間に挟まれる、で、多くの場合アウトになってしまう・・・。

 この場合、投手の判断で投球を変えたことを、捕手と、せいぜい三塁手がわかっていれば、プレーは滞りなく進んでいくだろう。

瞬時にプレーを変更する 

 アメリカン・フットボールにも、このように、瞬時にプレーを変えることがある。ただ野球と違うのは、このプレーの変更を、フィールドに出ている選手全員が理解する必要があることだ。

 アメリカン・フットボールの一つ一つのプレーには、オフェンスはまず間違いなく、ディフェンスもほとんどの場合、かならず選手一人ひとりの役割(アサイメント:どんなプレーをするか、そのために誰がどう動くか)が決められている。たとえば、下記の図を参照してもらいたい。

アサイメント

 ここにある〇とか▽は選手を表していて、そこから出ている線が動きを表している。
 上の場合だと、ランニングバック(グレーの色つきの〇)がオレンジの線のコースを走るから、そこに道を通すためにこういう動きでディフェンスをブロックしよう、というものである。
 この図を見てわかるように、一つ一つのオフェンス・フォーメーションは、ディフェンスの選手の配置を仮定してつくられている。ディフェンスの配置がこの仮定から大きく変わってしまうと、あらかじめ決めたアサイメントが役に立たない場合がある。

そこでオーディブル

 QBは、このディフェンスの配置の相違を見てプレーが失敗すると読んだ場合、即座にプレーを変え、それをその場で全員に伝える。しかし、再度作戦会議をしている時間はないので(審判のプレー開始の笛からプレー開始までの時間制限があるため)、掛け声で伝えたり時には指のサインで伝えたりする。

 これがオーディブルだ。

 と、こう言ってしまうのは簡単だが、なかなかそんなうまくはいかない。
 まず、ディフェンスがそんな明らかに大きく配置換えをすることは稀、といってもよいだろう。セットする位置を少し横にずらす、前にずらす、などといった微妙な変化がほとんどだ。
 そういったわずかなずれや、相手の雰囲気などを察してディフェンスを読む、という高度な観察力がQBには必要になる。

 さらに、プレーを変える、ということは選手11人の動き方が変わる、上に例にあげたアサイメントがリセットされ、新たなアサイメントが発動される、ということだ。11人全員が、QBの発動したオーディブルを理解し、自分がどう動くか、を瞬時に判断する必要があるわけだ。

企業でもオーディブル

 これ、企業などの組織で行うビジネスにあてはめることができる。ビジネスは通常、必ず何らかのプランに基づいて行われるものである。
 しかし、このプランが常にピタッとハマるわけではない、時には顧客、時には競合会社の状況を判断し、プランを途中で変更することが成功へのカギとなる場合も多い。重要なのは、この変更とその意図を、組織の全員が同様に理解しているかどうか、である。

 たとえば“A”という情報を発表しようとしたら、どうも競合B社がそれを利用してしまう動きが直前にわかった。急遽、情報“A”は未発表にすることにしたが、一人その意味を理解しないメンバーが情報”A”を漏らしてしまった・・・結果はどうなるか、明白だ。

オーディブルって難しい

 私の現役時代、オーディブルを練習したことはあったが、試合で使ったことは一度もなかった。
 日本の、私がプレーした程度のアマチュアレベルでは、

・まず、QBがディフェンスを読む、ということがうまくできない
・プレーを変えても、11人全員の意識を瞬時にあわせることは難しい。
・一人でも判断を誤れば、プレーが大失敗に終わるリスクがある。それならば、変えないほうがリスクは少ない。

 という理由で、オーディブルというのはそれほど使われていないのではないだろうか。
 しかし、NFLとなれば話は別だ。NFLのQBならディフェンスを読むことは必要不可欠な技術だし、他の選手もプロともなれば瞬時の対応はできるように鍛錬されているはずである。特に、ベテランQBなどは、体力をこの読みで補っている場合が多い。

トム・ブレイディ

 2021年のスーパーボウルで勝利し、MVPとなったQBトム・ブレイディという選手がいる。

 彼は、7度目のスーパーボウル制覇、という偉業を成し遂げた、史上最高の勝てるQBなのだが、なんと現在43歳。三浦カズ選手が50歳過ぎてもJリーグの現役選手を続けていることもすごいが、平均選手寿命3年強という驚くべき短命のNFL(それほど激しい、ということ)においてこの年齢まで続けるだけでなく、スーパーボウルを制覇してしまう、というのは人間技ではない。

 彼の良さこそが、プレーの読み、つまりはオーディブルの能力である。彼の場合、QBとしての基本的身体能力はおそらくNFLの中で平均レベルであろう。年齢からくる体力の衰えもあろうが、走力などは最下位レベルかもしれない。しかし、彼が繰り出すプレーはことごとく成功する。それは、彼がディフェンスを読む能力が並外れていて、どんなプレーが成功するか、常にわかってプレーしているからだ。

 その能力は、観戦している側からはわからない。結果成功した、ということであって、なぜ成功したのか、は彼の頭の中に秘密があるからだ。びっくりするようなセンセーショナルなプレーをするわけではないが、淡々とプレーを成功に導く。これが、彼の最大の特徴であろう。じゃんけんで相手が何を出すかわかっていたら絶対に勝てる。彼の場合、そんな感覚でプレーをしているのかもしれない。

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