見出し画像

プレー開始前の”コソコソ”動くやつ・・シフト・モーションについて

 アメリカン・フットボールのルールの話になったときによく聞かれること。「プレーがはじまる前に選手がコソコソ動くことがあるけど、あれ、なんなん?」というものがある。そう、これは私も、最初は疑問だった。実際、大学でアメリカン・フットボール部に入部したてのころ、先輩に質問したことを覚えている。

シフトとモーション

 まず、この“コソコソ”には大きくわけて2種類ある。「シフト」と「モーション」。この2つを説明する前に、まず、アメリカン・フットボールでオフェンスがプレー開始するときの基本的な順番をおさらいすると、次のようになる。
①各選手が自分のポジションにセットする。
②最低1秒間、静止する。
③プレー開始。

 「シフト」というのは上記①の前、つまりセットが定まる前に動くこと。①までは、どの選手でもいくらでも動いてよいというルールなので、複数の選手があっち行ったりこっち行ったり、という動きも可能となる。
 これに対し「モーション」とは、②の静止時間内に、“一人だけ”動いてもよい、というルールがあり、その一人の動きのことをいう。

 例えていうなら、(少し無理やり感があるが・・・)カジノのルーレットゲーム。ルーレットでは、ボールが投げられる(スピニングアップというらしい)前はあっちこっちと賭ける場所を何度でも変えることができるが、ボールが投げられた後は、ディーラーの「ここまで!」という掛け声(正式には「ノーモアベット!」というらしい)まで、あと一回変えられるかどうか、というところだろう。
 このボールが投げられる前の、あっちこっちと賭けを変えるのに似た動きが「シフト」、投げられた後の“最後の変更”の動きが「モーション」といったところか。

実際に動画で

 あまりシフトやモーションをフィーチャーした動画は多くはないが、例えば、シフトだと次の動画なんかがわかりやすい。

 モーションについては、前回のスーパーボウルよりハイライトを借用。20秒あたりからのバッカニアーズのオフェンスがモーション多用。

なぜこんなことをするの?

 では、なぜあのようなことをするのか?が疑問であろう。簡単に、かつ乱暴に言ってしまえば、シフトやモーションについては、

「NFLのプロのレベルでは高度すぎるのであまり気にしないほうがよい、逆に、日本の中級レベルの大学程度だとハッタリと思ってもさしつかえない」

 となる。正直な話、私自身もクウォーターバック(QB)としてプレーしていた現役時代、このモーションやシフトを指示したことはあるが、完全に“見せかけ”、もっといえば、“カッコつけ”“ハッタリ”だった。おそらく現在でも、日本のレベルでは9割方似たようなものだと思う。
 一方、Xリーグ(日本の最高峰のリーグ)レベル以上では、これらを意図的に使っていると思われる。NFLまでいけば、間違いなく高度な戦略のうえで活用しているはずだ。

高度な使い方

 さきほど、「あまり気にする必要はない」とは言ったが、NFLとかが使う高度な使い方についてもお話することにする。シフト・モーションを意図的に使うための目的はふたつ、ディフェンスをかく乱させることと、ディフェンスを読むことである。
 アメリカン・フットボールのオフェンスでは、次にどんなプレーをして各選手がどう動くか、というアサイメントが決まっている。それと同様、ディフェンスでも、「プレーが始まった瞬間こう動く」とか「こうきたらこう動く」といったアサイメントが決まっている場合が多い。
 ディフェンスの選手は、セットしたとき、オフェンスを観察し、あらかじめ決められたアサイメントに従い自分がどう動くべきかを頭の中で整理する。その時、正面にいるオフェンスの選手が反対方向へ動いていってしまったら、どうだろう。さきほど整理した頭の中を整理しなおさなければならない。そこに混乱が生まれる可能性があり、その混乱を狙う、というのがシフト、モーションの一つの目的である。

 逆にいえば、アサイメントがしっかりしておらず、いきあたりばったりでディフェンスするようなチームにはこの混乱も生じず、シフト、モーションは意味をなさない、ということになる。

もっと高度な使い方

 さらに高度な使い方がある。それは、QBがディフェンスのアサイメントについて探りを入れることである。ディフェンス・チームがパスに備える場合のアサイメントとして、ゾーンで守る(自分の守るエリアが決まっている)か、マン・ツー・マンで守る(自分の守る相手選手が決まっている)か、というのがあり、あらかじめ決められていることがほとんどである。ただ、パッと見、ゾーンなのかマン・ツー・マンなのか、はオフェンス側から見てわからないことが多い。
 そこでたとえば、モーションしたワイド・レシーバーにディフェンス・バックがついて移動していけば、エリアではなく選手をカバーするマン・ツー・マンのアサイメント、ということがわかる。それがわかれば、決めてあったパスコースのどこが空きやすいかをあらかじめ予測することができたり、開始直前にプレーを変えたりすることができる(ちなみに、そういった判断をするのがQBの役割であり、また、プレーを変えることを“オーディブル”というが、これは別の機会に説明することにする)。
 しかしながら、このわずか1,2秒の間にディフェンスを読み、即座に戦略をたてなおし、それを選手全員に伝え実行する、などという離れ業は、よほど熟練したQBと訓練されたオフェンスチームでないとなしえない技だろう。

 さらにいえば、NFLくらいのレベルであればもっと緻密に様々な情報をシフト・モーションによって探ることもあるのかもしれない。ディフェンスの目線を追ってその選手の心の中を読む、とか・・・そこまでいくと、もう心理学者とかスパイの域だし、そういった技術はチームの最高機密として、外部には情報が洩れないように最高レベルのセキュリティがかかった情報であろう。海をわたった単なるいちアメリカン・フットボール・ファンの私などが知る由もない話だ。

もう一つの使い方

 最後に、これは余談でいいと思うが、モーションをいわゆる“助走”として用いることもある。まあ、これもれっきとした作戦だが、上述したような戦略的な意味合いとは少し違うので、余談としておく。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?