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名文today_97/『生きるための哲学』

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だが、いま苦悩し、死ぬか生きるかの問題に直面している人にとって、論理的に無意味なので、何を言っても仕方がないというのではすまされない。目の前の命が危機に瀕しているのに、沈黙しているわけにはいかない。「死ぬな」「生きろ」と肩をつかんで揺さぶる方が、何も言えない高尚な哲学などより、よほど助けになるかもしれない。答えの出ない問題であろうと、自分なりの答えを信じて、ぶつかっていくしかない。その切なる信念と行動は、人間の本性に基づくものであり、そこにこそ、本来の哲学があると言えるだろう。
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正確さや整合性にこだわって沈黙することは、間違いを犯さないという点では安全策かもしれないが、現実の人生においては臆病すぎる。責任逃れにすら見える。一片の言葉に、些細な考え方に、救いと光明を見出そうとする人間の営み、それに曖昧であろうとも答えようとする必死の努力にこそ、人間の人間たる真実があるように思う。答えの出ない問いを問うこと、そして、無意味さの中にも、なにがしかの意味を汲み取ろうとすることは、人間のやむなき衝動であり、生きるために不可欠な魂のわざなのである。
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本書で述べる哲学は、図書館で埃をかぶっているような、いわゆる哲学ではない。そうした伝統的な枠組みにとらわれず、生きるという試練の根底にあって、人を支えようとするチャレンジを広く含むものである。それを語る言葉も、いわゆる哲学的な言語にはこだわらない。もっと生々しい一人の人間の叫びの方に、生きるための哲学が語られていることもあるし、言葉にはならない生きざまの中に、生きるための哲学が姿を現していることもあるだろう。
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岡田尊司/生きるための哲学/2016/河出文庫

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