見出し画像

千文小説 その997:払拭

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 なるほどな…。

 白いTシャツに、ワンポイントで飾りを付ける理由が、ようやく、わかったよ。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 膝の上、ひっくり返って大爆睡の愛猫に、時折、西武ライオンズのバスタオルを、掛け直して差し上げつつ。

 炬燵の上、すっかり生まれ変わったiPhone12 miniを見やって、しみじみします。

 購入後、もうすぐ三年。

 とっくにSIMカードを抜いてなお、背面の真っ白さに悩まされ、ああでもない、こうでもない。

 奮闘を重ねた挙句、疲れきり、思いあまって、最後の手段。

 なんでもいいから、貼っちゃえ。

 えいっ。

 ぺとっ。

 …素敵。

 その昔、さほど親しくはないが、嫌いでもなかった同僚にいただいたな、という記憶しかない、子供向けと思しき、小さなシール。

 たい焼きの形をしていて、ざらりとした質感で、どことなく、のんきな雰囲気が、捨てがたく、五年以上ずっと、ペンケースに、棲んでいて。

 今こそ、その時。

 miniのりんごマークを、ちょうど覆うサイズ、やけくそで貼り付けるには、もってこい。

 というわけで、貼りました。

 結果は、素晴らしい、の一言。

 たい焼きなので、基本的に、アンシンメトリー。

 胴体としっぽが、有機的にバランスを取って、とにかく、ひたすらに白い背面の圧迫感を、いい感じに、崩している。

 しかも、胴体が、りんごに合うように貼ったため、しっぽの分だけ、絶妙に、背面の中央より、やや右に、重心が移動していて、かくっと、気が抜ける。

 洋服に置き換えると、あまりにも真っ白で、着づらいくらいの新品に、アップリケを付けたら、途端に、親しみが。

 喜んで、着始めるようになるのと同じで、あっという間に、miniは、しょっちゅう、手に取られるようになりました。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 残念ながら、カバーは入手困難、いまひとつ、持ちづらいのは、変わらない。

 シールも古く、端が傷んでいて、あちこちが、めくれ気味になるのは、仕方ない。

 それでも、握った時、たい焼きに、ちょうど、指が当たるので、いくらかは、滑り止めに。

 なぜか、しっぽの先に、あんこがはみ出していて、そこにも、顔があり、眺めていると、なんとも、ほっこり。

 ありがとう、たい焼きくんと、あんこちゃん。

 今後、miniが、メインに復帰する可能性はほぼなく、君たちが剝がれ落ちてしまうほど、がんがんに、酷使されることはないだろう。

 バッテリーの寿命まで、真っ白な海を、仲良く、気ままに、泳いでいてください。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 天板の、所定の位置に、miniを据え、深々と、頭を下げ。

 純白のスマホの対極、漆黒のタブレット端末と、いざ、対峙です。

 一世一代の自暴自棄、名付けて、膝かっくん、は、白には、大変有効。

 だが、黒には、全く効かない。

 適当にシールを貼り付けたところで、黒い機体は、何もかも、地に対する柄として吸い取ってしまい、ワンポイント/ピンポイントの意味をなさない。

 せいぜい、上下黒の背広に、白いワイシャツで、コントラストを作り、ネクタイの色で、葬式なのか結婚式なのか、区別するくらい。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 しかしね、無印の第九世代のiPadのスペースグレイ+ブラックのキーボード付きカバーには、他の色が、全く入れられないんですよ。

 本体は、灰色を名乗っているにもかかわらず、ものすごく濃くて、黒いキーボードと、見事に地続き。

 ベゼルも太く、下手をすると、画面=遺影。

 キーボードの文字は、白いが、トラックパッドがないので、四角いスペースに、きっちりみっちり詰まっていて、棺の花かよ。

 …数ヶ月、使っていて、鬱になりかけました。

 シルバーに替えれば、いいんじゃない?

 いやいや。

 銀の枠が、抜き身のナイフの刃に見えて、ますます、殺伐。

 駄目じゃん。

 合わないんじゃない?

 ですよね…。

 他人事として見れば、アドバイスは一つ。

 やめとけ。

 せめて、キーボード付きカバーを外しな。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 できません。

 キーボードカバーこそ、無印の第九世代のiPadの、アイデンティティー。

 それがないと、購入後八年目にして、未だにばりばりの現役の、無印の第五世代のiPadとの差異が、かすんでしまう。

 MacBook Proとの対比で、Magic Keyboard付きのiPadは、買わないことが決定している。

 キーボードを備えたiPadは、第九世代だけ。

 なんとしてでも、手放すわけにはいかない。

 真っ黒がもたらす、死のイメージを、あくまでも、どこまでも、物体レベルで、払拭するのです。それでは、また。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?