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千文小説 その965:鉢巻

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 なんでかな…。

 どうして、いつも、こんなことに。

 やっぱり、僕は、おかしいんだな。

 ごくありきたりな、誰がどう見ても、正解だよね、という道を取ろうとすると、途端に。

 しーん。

 ちーん。

 硬直。

 冷却。

 文字通り、全心身が、じわじわと、凍りつきます。

 生きながらにして、アイスマン。

 感情の起伏もなくなり、汗もかかず、視線はぼんやり、虚空を見つめて。

 ぶるっふーん。

 むるっふーん。

 とてとてとてとて。ちりんちりん。

 ご機嫌に、なわばりの見回りにいそしむ愛猫の、大きなおしりが、すぐそこを、行ったり来たりしていても、目に入らない。

 …やばくない?

 このままだと、死ぬよ?

 物書きとしても、人としても、最悪のデッドエンドを回避する手立ては、ただ一つ。

 リセット。

 …ゲームに詰まった小学生のような発想ですが、仕方ない。

 人生をリセットする代わりに、目の前の、一台のタブレットに、引導を渡して差し上げないと。

 身勝手じゃない?

 勝手に買って、設定して、放り出すなんて。

 …面目ない。

 完全に、間違えた。

 いや、そもそも、間違えるであろうことは、知っていた。

 知っていて、あえて、買ってしまい、やっぱり、間違っていたね。

 試してみないと、心底、腑に落ちなかったのは、ひとえに、僕の狭量。

 ぼるっふーん。

 どるっふーん。

 とてとてとてとて。ちりんちりん。

 さっきから、何を、ぐちゃぐちゃ言っているの?

 説明しなさい。

 読んでくださる方に、よくわかるように。

 …申し訳ない。

 無印の第五世代のiPadが、古くなったので、無印の第九世代を購入し、データを引き継いで、第五世代をリセットし、クローゼットにしまいました。

 やっぱり、新品は、いいね。

 満足して、心地良く、第九世代を使用していたところ、上述の、生きながらにして死にかける現象が発生し。

 表現者として、致命的な事態に至る前に、慌てて、第九世代をリセットして、箱にしまい、クローゼットへお連れして。

 使用開始後八年目、とっくに引退してもおかしくない第五世代を、連れ帰り、天板の、所定の位置に、お乗せ申し上げたところ。

 あら。

 まあ。

 おほほ。

 うふふ。

 炬燵の上に、一気に、春が来ました。

 機器同士が、ほっとして、共鳴を始め、全五台のデバイスが、それぞれの色に、輝き始めた。

 …お断りしておきますが、無印の第五世代は、再設定は、していない。

 ただ、置いただけで、あらゆる暗氷を、溶かしてしまうとは。

 何がどうなってそうなったのか、さっぱりわからなくて、未だに、再設定に、踏み切れない。

 ぶふーん。

 ぽてっ。

 ほわま、ほわま。

 はいはい、ただ今。

 歩き疲れた愛猫が、座り込み、抱っこをせがむ声に、立ち上がり。

 ぽさぽさの、青緑色の毛皮を抱き取って、あやしつつ、しばし、床を歩きます。

 無生物に、生も死も、ないはずなのに。

 無印の第五世代のiPadは、少し離れたところから眺めても、間違いなく、生きている。

 ゴールドの機肌は、つややかに光り、すぐ隣のMacBookの、スペースグレイのなめらかさに、華やかに寄り添っている。

 …そうなのです。

 MacBook Proと、iPad5は、ものすごく、お似合いのカップル。

 五十数年の付き合いです、くらいの説得力を持つ、有無を言わせない見た目。

 これは、引き離さない方が、良さそうだな…。

 MacBookには、スペースグレイがあるので、歴代踏襲するとして。

 残念ながら、iPadに、ゴールドは、なくなってしまった。

 MacBookがスペースグレイである限り、このiPadは、炬燵の上、仲睦まじいデバイスカップルの片割れとして、たとえ、電源が入らなくなろうとも、末永い鎮座をお願いせざるを得ない。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 無事、爆睡にお入りになられた愛猫を抱えて、炬燵に戻り。

 西武ライオンズのバスタオルで、元気な寝息をおくるみ申し上げ、姿勢を正して、正面の壁、ドーベルマンの肖像と、対峙します。

 MacBookを替えれば、iPadも、替わるのか?

 …かもしれない。

 でも、やってみる勇気は、出そうにない。

 Touch Barの表示も安定し、MacBookは、絶賛、働き盛り。

 買い替えは、自動車の新調くらい、慎重に、計画的にならなければ。

 となると、少なくとも、今後十年くらいは、今代のMacBookは、存続予定。

 iPad、保ちます?

 …いつの間に、長寿レースに、参加を申し込んだんだろう。

 開き直って、面白がって、完走を目指すしかない。

 再設定、どうしようかな…。

 もはや、置き物でも、いい気がするけれど。

 できるなら、中身も外身も、ゴールしたい。

 はちまきを締めて、いざ、使用の再開です。それでは、また。

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