千文小説 その939:忍恥
こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。
…もう、いいかな。
いいよね。
ぬふふーん。
ごりごり。
ぐりぐり。
リセットして、クローゼットにしまった、先代の、無印の第九世代の、iPad。
まだ新しいこともあり、何度か、炬燵に戻してみたのですが。
どうしても、再設定に至らない。
ぼんやり眺めて、またしまってしまう。
先代のMacBook Airの上に、iPadを乗せて、見上げて、ため息をつき。
足元にまとわりつく、どころではなく、脚を折らんばかりにどついてくる、でっちりむっちりの愛猫に引きずられるように、悄然と、炬燵へ帰ります。
どうやら、もう二度と、先代は、帰らない。
初代にして三代目、八年選手、無印の第五世代を、当面、大事にしていくより、他にない。
しかし、間の悪いことに、と言おうか、ジャストタイミングで、と言おうか。
この夏、新型のiPadが、発売になるらしい。
現行モデルの中からは、どうしても、これぞ、という機体を選べなかったが、ラインナップが刷新されるなら、あるいは。
また、買うの?
つい二ヶ月前に、先代を、買ったばかりなのに?
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
膝の上、あっという間に寝落ちした愛猫を、西武ライオンズのバスタオルでくるんで、抱き直し。
正面の壁、ドーベルマンの肖像を見やって、また、ため息。
…ですよね。
そんなお金は、さらにない。
というか、気力がない。
体力も、珍しく、ものもらいをこじらせたりして、低下気味。
無理をおしてまで新調するほど、今代が、弱っているわけでもない。
でもね…。
なんとなく、この状況、かりそめ、という感じ。
とりあえず、古い機体で代用しているだけ、みたいな、一時しのぎ、もしくは、逃げ。
真の解決は、どこにある?
それは、さらなる資金を投入しないと、得られないものなの?
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
おそらく、僕にぴったりなiPadは、Airなのです。
MacBook ProとiPhone Proにも、適合だし、価格や機能、ともに、合格。
なのに。
…タイミングが、合わないんだよな。
向こうが、新発売だと、こちらが、資金不足。
こちらが、買う気満々だと、向こうが、旧式。
iPhoneやMacBookのように、すんなりと、出会えない。
人間に置き換えれば、わかりやすいですが、こういう、うまくいくはずなのに、すれ違う、というのは。
はっきり言って、ご縁がない。
うまくいくはずなのに、という前提が、そもそも、間違っている。
真の縁とは、気づいたら、そばにいるもの。
無理に寄せなくても、自然に、寄ってしまう。
磁力のようなもので、対象を選択することは、基本的に、できない。
なんでこんな、素晴らしい人と/最悪な奴と、出会ってしまったのだろう。
感嘆も悲嘆も甲斐はなく、与えられた中で、できるだけ、快適に過ごせるよう、努力するしかない。
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
iPadの、Pro・Air・miniは、買わない。
となると、もはや、必然的に、残るは、無印。
どうしても、今すぐ、新台が欲しいなら、第十世代を。
それほどでもなければ、クローゼットの、第九世代を。
何もかも、どうでもよければ、このまま、第五世代を。
…ご縁とは、実に、残酷。
何度、リセットしても、無印のiPadは、いつの間にか、またいる。
もう少し、グレードを、上げたかったんだけどな。
上がりません。
僕が、僕である限り。
いや、僕が、物書きである限り。
僕のiPadは、無印です。
まずは、そのことを、きっちり、認める。
そのうえで。
どうする?
第九世代、再設定する?
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
天井を仰いで、またうつむき。
天板の上、静かに横たわる、ゴールドのタブレットを見つめます。
例えば、ProやAirやminiが、次代として、来るとしたら。
iPhone7のように、第五世代は、永久続投できる。
しかし、どこまで行っても、次代は、無印だとしたら。
二台、同じモデルを並べておく必要は、どこにもない。
これは、MacBookにも言えることで、シリーズを固定するなら、先代は、リセット。
iPhoneだけは、微妙なところで、やはり、予備機として、先代は、残しておきたい。
しかし、パソコンに、予備機は要らない。
MacBookとiPadが並び立つなら、なおさら。
先代を残したいなら、シリーズを変える。
でも、変わらないんでしょう?
じゃあ、第五世代とは、これっきりだよね?
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
…いつだって、抜け道はある。
完全にリニューアルした、第十世代以降となら、第五世代は、併用可能。
恥を忍んで、買い直すかどうか。
もう少し、考えてみます。それでは、また。
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