千文小説 その1048:初めまして
こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。
MacBook Proで書いていく、と決めたこと。
iPadはもう買わない、と決めたこと。
iPhone12 miniは戻らない、と納得したこと。
決意とあきらめが混じり合い、胸の中、化学反応を起こして。
ぽん。
ちょこん。
小さな、白い、中古のiPhoneが、現れました。
iPhone12 miniです。
にちにちにちにち。にちにちにちにち。
おかしくない?
iPhone12 miniは戻らない、って言ってなかった?
書き間違い?
それとも、さっそく、心変わり?
そうではない。
三年前の、ちょうど、今日。
回線会社の実店舗で出会って、テニスが趣味の店員さんに(ブースの自己紹介に、書いてありました)お手伝いをしていただいて、初期設定をした、新品。
この数ヶ月、どうしても、取り戻したくて、不毛な努力を重ねてきた、あの機体は、確かに、いなくなってしまった。
ええ?
じゃあ、同じ型の、中古を買ったの?
そうではない。
魂と物体が分離した、と言うと、正解に近い。
にちにちにちにち。にちにちにちにち。
人間を含む有機物は、内部からの意志と、物理的な身体を、分けて考えることはできない。
意志が尽きれば、身体も動かなくなる。
身体が致命的に損傷すれば、意志も殉じる。
分割不可能なシステムを搭載した存在を、生物と呼ぶのなら、iPhoneは、完全に、無生物。
中身が、空っぽになっても、筐体は、使用可能。
…とはいえ、物書きにとっては、事情は、若干、複雑。
生きた文章、すなわち、魂と外郭が一致して、読み手に何らかの感慨を与える作品を書くためには、使用する機械も、同様に、中身と機体が、分離することなく、経年しなくてはならない。
具体的には、初めて設定されてから、一度もリセットされていないデバイスが、理想の愛機。
僕で言うと、iPhone7、iPhone14 Pro、MacBook Pro。
彼らとならば、まるで非才の僕にも、それなりに、それらしい作品が書ける。
にちにちにちにち。にちにちにちにち。
では、書けない機体は、ただの金属塊、なのか?
ポルコ・ロッソのように、自虐で言うなら、まだしも。
自分とは別物の物体に対して、高みから物申す態度で決めつけるのは、僭越が過ぎる。
書く書かないは、あくまでも、僕の勝手であり、デバイスたちの生命には、何の関係もない。
とっくに廃版の、第六世代のiPod touchも、数限りないリセットと再設定を繰り返した、無印の第五世代と第九世代のiPadたちも、バッテリーという観点からは、間違いなく、生きている。
いわんや、まだ三歳の、iPhone12 miniをや。
以前の持ち主、すなわち、かつての僕が、きれいに使ったおかげで、ボディーは真っ白、画面保護シートもつるつる。
充電すれば、きっと、息を吹き返す。
しかし。
…中身、どうしよう。
今代のiPhone14 Proには、何の問題もないので、SIMカードを移し替え、データと設定を直接転送して、次代のiPhoneに祀り上げる、という選択肢は、皆無。
また、ずっともめていた、以前のiPhone12 miniではないので、その頃の記憶をたどって、こんな感じかな、と再設定するのも、アウト。
かつての僕から、中古のiPhoneを、一台、託された。
ごめんね。
手間かけるね。
お世話、よろしくね。
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
おやつのするめをかじり終え、満腹で、寝落ちした愛猫を、西武ライオンズのバスタオルでくるんで、抱き直し。
食べ残しのイカを口に、天井を仰ぎます。
基本的に、デジタルデバイスは、新品派。
中古品を購入したことは、未だかつてない。
信じられないが、去年買った、iPod touchでさえ、新品です。
…同じ中古でも、iPadやMacBookであれば、SIMカードがない分、まだ、楽なのだけれど。
iPhoneを、SIMなしで、ゼロから設定するのは、ほとんど、意味がない。
SIMカードを抜いた元現役、なら、iPhone7のように、どうぞどうぞ、お好きなペースで、年をお取りください、と言えますが。
中古のSIMなしiPhone、か…。
ますます、難易度が、上がってきた。
炬燵の上の電子機器集団、カメラレオンが、ようやく、一段落したな、とほっとしたのも、つかの間だったな。
既存のバックアップから、復元するか。
全く独自の設定を、特例として、施すか。
そもそも、あなたのお名前は、何でしょう?
ぴーぷす、ぴーぷす。
ぽわ。ぽわ。
iPhone Blanc、と申します。
よろしくね。
…よろしくお願いします。
上村元、でございます。
いくつになっても、初めまして、は、緊張するものです。それでは、また。
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