見出し画像

千文小説 その727:三つ子の

 こんにちは、上村元です。よろしくお願いします。

 常田さんって…。

 …着ぐるみ?

 にちにちにちにち。にちにちにちにち。

 膝の上、重低音で、するめをかじる愛猫ともども、日々、お世話になっているバンドが、メンズケアブランドとタイアップした、新曲を発表し。

 CMに、キャプテンである、それはイケメンのギタリストが、登場しているのですが。

 …なんで、服着たまま、お風呂、入っちゃってるのかな?

 しかも、全身ずぶ濡れなのに、全く、色っぽくないのは、なぜ?

 僕が、異性愛者の男だから?

 いやいや。

 色気のポイント、その一、ボディラインの露出。

 濡れた服が、肌に貼り付く感触というのは、見ている人を、非常に、そそる。

 むき出しのすっぽんぽんより、すけすけの布がくっついている方が、いやらしいのです。

 そして、着ている人にとっては、非常に、不快。

 着衣泳、という授業が、小学校の頃にあり、一度だけ、服を着たまま、水に入ったことがありますが。

 …重いんですよ。

 濡れた服というのは、たとえ、薄着でも、妙にずっしりくる。

 自然に、顔が、歪みます。

 色気のポイント、そのニ、行為を連想させる表情。

 ボディラインをあらわに、眉をひそめている、ずぶ濡れの女の人がいたら。

 …ごくり。

 男としては、かなりの、デンジャラス・シーン。

 狂います。

 少なくとも、脳内は、妄想で爆発です。

 たとえ、よくあるグラビア写真の構図だとしても、どうしても、反応してしまう。

 にちにちにちにち。にちにちにちにち。

 ずぶ濡れなのに、一切露出しないボディラインで、歪みのかけらもない視線で、風呂の中、服を着たまま、こちらを見ている男。

 …美醜を通り越して、もはや、怖い。

 湯船につかっても透けない、ということは、かなりの枚数を、着用しているはず。

 重くない?

 革靴も、履いてるでしょ?

 あり得ない。

 着ぐるみバイトでも、してた?

 …連想が、直に、かぶりものに行ってしまうのは、他でもない。

 僕は、King Gnuのファンであると同時に、梨の妖精、ふなっしーのファンです。

 本家本元、着ぐるみアクター。

 ふなっしーが、温泉に入っている動画を、数日前、たまたま、観たのです。

 着ぐるみなので、表情は、変わりません。

 もちろん、ボディラインが、透けたりもしない。

 …同じじゃん。

 常田さん、着ぐるみじゃん。

 そこかよ…。

 ずいぶんかけ離れた、何の接点もないもののファンだな、と、自分を評していたのに。

 まさかの共通点、発覚。

 それも、なんとも、アバンギャルドな形で。

 にちにちにちにち。にちにちにちにち。

 もちろん、けなしているのではない。

 何を隠そう、僕は、筋金入りの、着ぐるみ好き。

 幼い頃、元祖着ぐるみ、ガチャピンとムックに、それはそれは、夢中で。

 あまりの入れ込みぶりに、見かねた母が、ポンキッキ・クラブ、なるものに、会員登録をして。

 ウエムラゲン、と刻印された、三十年以上前の有効期限の入った会員証を、二枚、今もまだ、大事に持っているくらいの、徹底ぶり。

 …待てよ。

 これまで、母が、やたらに、ふなっしーのグッズを送って来るな、とは思っていたが。

 もしかして、買ってくれていた?

 母の親友のご主人が、キャラクターグッズ会社にお勤めのご縁だけでなく。

 あの子は、こういうのが好きなのよね。

 四十歳にもなって、困ったものだわ。

 ため息混じりに、色々と、自腹で、見繕ってくれていたのか?

 …お母さん、ありがとう。

 おかげで、立派な、着ぐるみオタクに育ちました。

 人型の巨人、ならぬ、イケメン型の着ぐるみまで、探し出して、ファンになってしまうくらいに。

 文才を伸ばしてもらった、とかではないのが、悲しいね…。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 着ぐるみの本義は、本体の隠匿ではない。

 ふなっしー氏が、よくおっしゃる通り、中の人などいない。

 本来、ぐちゃぐちゃのとりどりである人格の、限定された、わかりやすい提示。

 いわゆる、自己のキャラ化、それが、着ぐるみ。

 俺の、この部分だけを、見て欲しい。

 残りは、捨てた。

 詮索しても、無駄である。

 ふなっしーも、常田さんも、見た目で、そう伝えている。

 捨てられるの?

 あんな面や、こんな面もある自分を、ざくざく切って、部分にしちゃっていいの?

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 …普通は、しません。

 呪われるからです。

 他ならぬ、自分の亡霊に、つきまとわれたくなかったら、しない方が、賢明。

 それくらい、人格のカットは、覚悟が要る。

 それをおしてまで、やりたいことを貫く彼らを、僕は、尊敬します。

 ぴーぷす、ぴーぷす。

 ぽわ。ぽわ。

 寝落ちした愛猫を抱き直し、食べ残しのするめをくわえて。

 三つ子の魂に忠実に、これからも、応援です。それでは、また。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?